女の子を庇ってみた
人工島での初心者殺しは、最悪の場所へと転送した。死神と呼称される、深層でも厄介な奴が僕たちを待ち構えていた。両手に持たれた大鎌と黒いローブが特徴的だった。ローブから時折見えるのは、白い骨……骸骨がローブを着たような死神のイメージそのままである。
「友よ……出し惜しみは無しにしよう。このままでは全滅する」
浅野の馬鹿が、いつもより真剣な表情で僕を見ながらいう。前は花は散る時も美しく、そう言って諦めてたのに、今日は真剣だった。
「あんた、死神が魂を喰らうとかいう迷信を信じてるの?」
「……違う」
木崎さんがアサルトライフルの弾倉を交換しながら、浅野を馬鹿にした感じの顔をした。微妙な間が、浅野が迷信を信じている事を暴露する。
「対アンデット系の弾倉も持っては来たけど、少ないから効果があっても殺し切れないわ。君の切り札っていうのが、自動全回復意外だと、巨人使いになるんだけど……期待できるのかしら?」
木崎さんがアサルトライフルを構えると、僕は逆に近接戦の用意をする。予備のメイスを左手に持って、目の前の敵を睨みつけた。
「微妙ですね。こんな化け物とは戦ってない上に、扱いが難しいんですよ。まぁ、頑張っては見ますけど」
左手の甲に意識を集中すると、そのまま熱くなってくる。
「ハッキリして欲しいけど、流石に相手が相手だものね……そうなると、一之瀬さんが頼りになるわ。連続で魔法を叩きこめるようにしてくれる。私も魔法主体で戦うから、馬鹿はあの化け物を自慢のポーズで引きつけなさい」
「それでは囮ではないか!」
「あんた魔法使えないでしょう!」
「みなさん、来ます!」
一之瀬さんの来ます! という言葉で、全員が行動に出る。浅野がスピードを活かして敵を翻弄すると、そこに木崎さんと一之瀬さんの弾丸と魔法が化け物に襲い掛かる。アンデット用の弾丸は、特殊な加工をしているので、一定の効果が期待できるのだが、相手が悪過ぎて殺す事は出来ない。
一之瀬さんの魔法も、火系の中級魔法を連続で撃ち込んでいるのに敵は形を維持したままだった。
僕は巨人を出現させると、そのまま巨人の目を光らせた。光が敵を捕らえると、ドーム状の部屋の壁まで吹き飛ばす。その頭部と左腕を穴から出した巨人の姿に、吹き飛んだ化け物よりも視線を集めた。浅野以外のメンバーは、目を大きくして驚いていた。
「これが大谷さんの切り札ですか?」
一之瀬さんが、巨人と僕を交互に見ながら質問してきた。だが、答える時間は無かった。
「な、何だよアレ」
「おい、このままだと助かるかもしれねーぞ!」
「あいつも化け物だろ」
後ろからは、エイトギルドの冒険者が助かると希望を持ち、テレビ局の関係者が撮影を続行しようと動き出している。だけど、僕たちの目の前には瓦礫から平然と出てくる化け物の姿が見えた。
「撃ち込み続けなさい!!! 今の攻撃の規模なら、無傷という事は無い筈よ! 全員で撃ち続けるの!」
木崎さんの叫びにも似た命令に、浅野が両手に持った二丁のハンドガンを撃ち込み、一之瀬さんも魔法を準備し始める。僕も巨人に命令して、攻撃を撃ち込もうとした。したのだが……
「おい、照明はもっと戦っている連中を照らせ!」
テレビ局の関係者が不用意に動き、そして暗いダンジョンの中で僕たちを照明が照らした。そのせいで、僕たちは一瞬視力を奪われる。
「何してんのよ、眩しいじゃない!」
木崎さんの言葉に、テレビ局のスタッフたちが慌てて照明の向きを変えた。そしてドーム状の部屋に叫び声が響く。一瞬の隙を、化け物は見逃さなかった。
「ぎゃぁぁぁ!!!」
「血が、血が……」
「お、俺の脚が、俺の脚がぁぁぁ!!!」
攻撃が外れたのか、化け物は照明を持っていたスタッフたちを襲うと、今度は僕たちの後方にいた冒険者たちに狙いを定めた。急いで巨人に攻撃させるも、その攻撃全てを回避する化け物。警戒されて、僕たちの攻撃は避けて他の敵から倒す事にしたようだ。
「不味い! 弱い連中から潰しにきたわ」
弾の尽きたアサルトライフルを捨てた木崎さんは、そのまま魔法で攻撃を開始する。下級の魔法で敵を足止めしながら、全員に命令を開始した。最早、リーダーは木崎さんだった。
「一之瀬さんは最大級の魔法を用意して、そこの馬鹿も引きつけるのを手伝いなさい! 君はそのまま攻撃を外れてもいいから続けて」
ソフトボールくらいの火球が、化け物に襲い掛かる。その攻撃を避ける事はせずに、ローブで防ぐ化け物は、近づいた浅野にその大きな鎌を振るう。
「当たる物かよ!」
それを避けて、すれ違いざまに剣を一閃する浅野。外見とその動きは、完璧に近いのに、中身が残念なのが勿体無いと思う。そんな浅野は、すれ違った後に舌打ちをした。
「ッ、こいつ! 僕の攻撃を紙一重で避ける」
僕たちの中では、スピードと共にテクニックが高い浅野ですら攻撃が当たらない。その事が僕を焦らせた。
「面で押せば!」
巨人の瞳が眩く光ると、そのまま光が化け物に襲い掛かる。光の柱となった攻撃を、化け物が避けるのだがそのまま追いかけて捕える。僕はそのまま押し切れる! そう思った。
「これなら!」
だけど、そのまま急に意識が途切れそうになる。何とか踏みとどまるが、敵が攻撃から解放された事には変わりない。そして準備が終わった一之瀬さんの最大魔法が、化け物に襲い掛かった。
「みなさん、離れて伏せて下さい!」
その言葉と共に放たれた魔法は、炎の柱が幾つも化け物の辺りで吹き上がる。離れた僕たちですら、熱を感じるその炎の柱。ドーム状の部屋が、隅々まで照らされた。
「す、凄い……これって高等魔法だろ!」
エイトのギルドメンバーが、一之瀬さんの事を明るい表情で見る。僕たちもこれなら……そう思ったのに、一之瀬さんだけが顔を青ざめさせた。
「そんな……」
炎の柱から、ボロボロになりながらも生還した化け物。未だに魔法は発動しているのに、化け物だけがそこから出てきた。
「やっぱり、力が足りなかったのね」
木崎さんの呟きで、全員の顔が明るい物から暗い物へと変わる。
「全員で戦えば勝機はあるわ。このままもう一度……」
木崎さんが全員に喝を入れるも、一之瀬さんは限界だった。なれない状況と、高等魔法で一之瀬さんは足元がフラフラしている。そうしてもつれた足で、一之瀬さんが倒れた。
「来るぞ!」
浅野の声で全員が飛び退くが、一之瀬さんは出遅れる。木崎さんも、回避の反応が早くてカバーに出る事が出来なかった。そして、化け物は弱そうな敵から倒そうとしている。
すぐに巨人の腕を伸ばして一之瀬さんを守ろうとすると、今度は魔物は違う獲物に狙いを定める。
「ヒッ!」
鎌を一閃すると、護衛として来ていた冒険者たちではなく、テレビ局の関係者の首が飛ぶ。それに合わせてその辺りにいた連中も餌食となった。数人が一瞬で死んでしまい、驚くべき光景を目にする。一人を捕えた化け物は、そのまま掴んだ手から相手の生命力を吸いだした。
「ドレイン……厄介ね」
一之瀬さんを抱きかかえた木崎さんが、その光景を見て表情が更に曇った。状況は最悪である。巨人に隠れるように僕たちが集まると、そこにエイトギルドのメンバーまで集まってきた。
「何しに来たのよ? 戦わないなら、囮にでもなりなさいよ」
木崎さんが、エイトのギルドメンバーを見ていう。だが、連中も命がかかっているから高圧的だった。そして、叫んだのは無能アイドル佐竹だった。
「アンタらが倒しなさいよ! あんな化け物に、私たちが勝てる訳が無いじゃない!」
「はぁ? あなたたちは中層の冒険者でしょうが! この場でもっとも装備が充実しているのは、あなたたちじゃない」
木崎さんの言葉に、その場の雰囲気が変わる。無能アイドルが僕たちに銃を向けたのだ。
「そうよ……この場で強いのは私たちなんだから、アンタたちが戦いなさい。これは命令よ!」
「やめろ真奈! ここでこんな争いをするな!」
ギルドのメンバーが、佐竹を押さえようとする。だけど、佐竹の表情は本気そのものだった。しかし、化け物は巨人の腕の隙間に鎌を差し込んできた。止めに入ったその冒険者は、そのまま胸を突かれて血を吐く。
「い、いやぁ、嫌ぁぁぁ!!!」
一之瀬さんが泣き叫ぶと、その場から全員が動き出した。手に持った武器で、化け物に応戦したのだ。
「回復魔法は!」
「こ、こいつが回復薬で……」
「誰か一人くらい、予備がいるのが当然でしょう!」
「……」
その場にいる全員が、回復薬の冒険者が死ぬまで何も出来なかった。薬で助かる傷ではないし、応急処置も意味が無い程に絶望的だった。
「早くこのデカブツで戦いなさいよ!」
佐竹が、死んだ仲間を前にして再び恐怖でおかしくなると、今度は僕に銃を向けてきた。本当にこいつは嫌いだ。そんな時、化け物が変な動きに出る。鎌を振りかぶり、そのまま構えたままの姿勢を維持したのだ。鎌には赤黒い魔力的な何かがまとわりついていた。
「伏せなさい!」
木崎さんの言葉に、全員が伏せると……巨人が吹き飛んだ。そのまま掻き消える巨人と、再び向かい合う化け物。流石と言うべきか、この状況でも冒険者はすぐに動き出して逃げる。だが、一之瀬さんは動けないままだった。
「あ……」
一之瀬さんの前に立つ化け物は、そのまま一之瀬さんめがけて鎌を一閃させる。
「大谷さん!」
「凄く痛い。……痛いんだよ、この野郎ぉぉぉ!!!」
両手に持った二本のメイスを交差して、化け物の鎌を受け止めようとした。したのだが、メイスが滑って鎌は僕に深々と刺さる。腹の辺りに刺さった鎌を見て、僕は頭部でなかった事に安堵した。安堵して、沸々と怒りが込み上げて来る。
鎌によって切り裂かれる筈だったメイスは、自動全回復で切り裂かれつつも再生をしている。微妙な感じで耐えていた。そして、僕の怒りか、それとも命の危機で左手の甲が今まで以上に熱を持つ。
手の甲が光ると、強化スーツのグローブ越しに痣が浮かんでいた。上半身全体が、濃くなっている。そのまま化け物を睨みつけた後、僕は笑い出した。何故だか、こいつには勝てる気がいたのだ。そのまま巨人を呼び出すと、化け物は先程と違って怯えを見せる。
深く刺さった鎌を、引き抜こうとするのだが、僕はそれを許すつもりはない。
「逃げんなよ。今からが本気なんだからさ……」
「お、大谷さん、大谷さんが死んじゃいます!」
その光景を後ろから見ている一之瀬さんが、泣きながら僕に声をかけてきた。かけてはきたが、今の僕には目の前の敵の事で頭が一杯だった。
「黙って見てろ! 今すぐこいつを地獄に送り返してやるから……」
元から地獄にいたとか、そんな事は知らないし興味もない。ただ、こいつを倒さないと終われないのだ。
再び空中に浮かぶ円から出てきた巨人は、今までと違って上半身を円から出している。その巨大さと、威圧感に化け物が恐怖しているように感じた。両腕を広げた巨人が、その腕に光が集まる。バリバリやビリビリと言った感じの音を響かせ、そのまま両手を化け物を潰すようにぶつけ合った。
目の前で、そんな激しい衝突が起きたら僕も危険だ。危険な筈なのに、僕には一切の影響がない。ぶつけ合った手の平同士が開かれると、そこ化け物の姿は無かった。そのまま生き残った全員が、元の低階層にワープする。
◇
「テレビ局の関係者が全員死亡だと!? お前たちは何をしていた。それに……何で一人いないんだ」
ドームに戻ると、テレビ関係者を待っていたエイトギルドの幹部らしき人が佐竹たちに詰め寄っていた。僕たちは僕たちで、警察からの事情聴取を受けている。普段なら、人が死んでも警察が出て来る事は少ない。だが、冒険者でもない一般人が死ぬと面倒らしい。
今も、エイトギルドのやり取りを見ながら、警察官たちが複雑そうな顔で見ている。
「それで、初心者殺しを起動したのは、テレビ局の関係者で間違いないですか?」
一方では、激戦の後でも疲れを感じさせない木崎さんが、事情聴取の受け答えをしていた。
「そうですね。後ろで騒いでいましたから間違いありません」
そんなやり取りとは別に、浅野は木崎さんとは違って凄く嬉しそうにしていた。死神を倒した事が、そんなに嬉しかったのだろうか? 反対に、一之瀬さんは凄く落ち込んでいる。このままだと、一之瀬さんはチームから抜けるかも知れない。
正直、それもいいかと思っている。恐ろしい思いをする冒険者なんか、一之瀬さんには似合っていない。これを機に、冒険者から足を洗ってもいいと思うのだ。
その日は解散となり、僕たちは数日の休みを取る事にした。木崎さんが、休んだ方がいいと判断したのだ。
◇
「か、身体が凄く痛いんだが?」
『ふむ、それは急激な成長時に起こる現象だな。僕自身、身体がいつものキレが無い。これは筋肉痛と言うよりも、成長による身体が……』
長々とした浅野の説明を、電話越しに聞く僕。理由は、ホテルのベッドから起き上がれないくらいに身体が痛いからだ。痛い、物凄く痛い。最初は、自動全回復による後遺症とも思ったが、全身が痛いので浅野に確認を取ってみたのだ。
本当は木崎さんに連絡を取りたかったのだが、木崎さんには忙しいと言われた。
『……つまりはそういう事だ。僕でも苦痛なのだから、友とあの女は地獄だろうね。まぁ、それも経験さ。僕にはそんな経験はないがね。それよりも聞いてくれ友よ。昨日はあの眼鏡女が僕の所に来て……』
こいつ、何で人が苦しんでいるのに自分の話を長々と……そのまま浅野の愚痴を三十分聞いた頃だろうか? 電池が切れた。スマートフォンを充電し、僕はそのままベッドで苦痛に悶える。浅野の動画の事などどうでもいいのに、それを木崎さんに取られた事など僕には関係ない! というか、木崎さんは浅野が好きだったのか? そっちの方が不思議だ。
そうすると、今度は一之瀬さんから着信があった。
「……流石に仲間がいなくなるのはきついな。木崎さんも、一之瀬さんが抜けたらそのままいなくなるだろうし」
独り言を呟きながら、充電中のスマートフォンを取る。そうして一之瀬さんと話をする。僕は、彼女が止める事を告げに来たと思ったんだよね。でもさ、違ったんだよ。
『あ、あのぉ……大谷さんは大丈夫ですか?』
「え? あぁ、身体の事? 今は凄く痛いけど、浅野が言うにはダンジョンで強い魔物と戦うと、急激に成長するからその痛みだって。今は痛いけど大丈夫かな」
『そうですか! 私も身体中痛くて、お父様に相談したらすぐに治療関係の専門家の方が来てくれたんです! 女性の方で、美容エステまでして貰いました』
楽しそうに報告する一之瀬さん。きっと一之瀬パパは、あの凄みのある顔で治療のエキスパートを送り込ませる命令をしたんだろう……少し笑えてくるが、笑うと腹筋が痛い。そのまま今日は何があったとか、僕の事を聞いてくる一之瀬さん。
なんだか様子がおかしいと思った。そして、最後に電話を切る時に言ったのだ。
『木崎さんは数日休むと言っていたので、また数日後に一緒にダンジョンに行きましょうね大谷さん』
「え、あ、あぁ、うん」
『それじゃ、無理しないで下さいね』
そう言って電話を切る一之瀬さん。辞める事は言わなかったから、当分はこの仕事を続けるのだろうか? まぁ、それでもあの一之瀬パパが許すかどうかだろうがな。僕はそのままスマートフォンを置くと、テレビの電源を入れる。
丁度ニュース番組をやっていた。
『日本でも一流ギルドと言われた【エイトギルド】ですが、この度、正式にギルドの総合評価を見直されて、一流から転落しました。総合評価を2ランクもダウンした理由は、護衛対象の全滅以外にも不祥事の発覚と言う……』
「……うわぁ」
頭を下げるエイトギルドの関係者には、佐竹の姿もある。そのままテレビのコメンテイターたちが、エイトギルドの不祥事に怒りを表していた。以前見た時は、佐竹を褒めていた連中なのに、今日は佐竹やエイトギルドを貶していた。
テレビを見ながら、他人事のように声が出てしまった。




