可憐だなんて言わせない!
終章 可憐だなんて言わせない!
放課後の教室。1年D組の居室に残っているのは、もう、俺と数人だった。
「んー………」
ゆっくりと伸びをすると、背中がペキパキ鳴った。今まで俺が何をしていたかと言えば、簡単だ。人の三大欲求の内の1つ、『睡眠欲』を十分に満たしていた所だ。学生として、問題のある態度だと言うのは理解しているが、あんなにつまらない下らない授業を垂れ流されたら、誰でもいい眠りにつけるってもんだ。特に最後の英語の授業は格別だったな。ただでさえつまらない先生の話を、英語で垂れ流されたのだ。もう、それこそ最高の子守唄だった。もうぐっすりだ。のび太君もびっくりの入眠タイムだ。
「おはよう、健介」
「………ふぇ?」
後頭部から声。予想外のタイミングで声をかけられて、間の抜けた声を上げてしまった。貴方にもないだろうか、こう、自分の裏声が出てしまった時の、あの言いようのない恥ずかしさだ。ご他聞に漏れず俺の顔も、その他一般の人々が恐らくそうなるであろうように高揚する。決して、声をかけてきた奴に赤面したわけじゃない。絶対だ。
「よく寝てたよな……その割りに育たないよな、お前」
「うっせ、これから成長期が来るんだよ。これからどんどん伸びるんだよ!」
「自分の身長と夏休みの宿題は無理な計画を立てない方がいいって、どっかの誰かも言ってたぞ?」
何故だろうか、振り向く前から、和真の顔が笑顔なのだと想像出来たのは。分からないけど、声ですぐ和真だと思った。聞きなれた声だったから。だから赤面したとかじゃないからな。分かってるよな?
そして、ここぞとばかりに余計な事を言う和真に精一杯の反撃だったが、それもぴしゃりと言い換えられた。ちくそう。
「ほら、ここ……よだれ」
「ふぇっ!?」
ニコニコしながら、自分の頬の辺りを指差してそう言った和真。俺は慌てて制服の袖で口元を拭う。何だよそれ、憎まれ口の前にそれを言って欲しかった。だって、俺はよだれ顔でその和真の憎まれ口に反論していた事になる。その光景を想像して、俺の顔により一層の血液が送られるのが分かった。間違いなくアホだ。アホの子だ。よだれたらしながら「うっせ」とか、どんだけだよ。
和真が鞄を持って立ち上がる。俺も机から殆どからの鞄を取って、教室を出て歩き出す。何だか自然に一緒に帰るm流れになったが、最近和真と一緒に帰ることが少なかったので、何だか新鮮な感じがした。いや、この数年繰り返してきた習慣の筈だ。あれ? おかしいな。
「お前ってさ、本当にあれだよな?」
「なんだよ、どうぜ馬鹿とかドジとか言うんだろ? 言ってろよ! 否定出来ないからな」
「いや、そこはしとけよ」
「これからそう言おうとしてる奴に言われたくねぇよ」
「あはは……」
そして、歩きながらの下らない話。突然『あれ』とか指示語を出されても、何のことを言っているのか分からないが、この会話の流れで出てくる時は大抵いい意味じゃないと思う。
しかし何だろうか、この探るような距離感は? いつも通りの筈の光景に、俺は見えない壁を感じた気がした。
何だろうか。いつから俺と和真の距離は、こんなに離れてしまったのだろうか?
「いや、あれだよ。馬鹿とかドジとかじゃなくてさ……昔から、ホントお前って……」
「なんだよ?」
俺が感じる和真との距離感。それは俺に和真に対する負い目が在るからだろうと思う。いや、負い目と言うよりは隠し事か。アイドル活動の事を、俺は和真に隠してる。それを知られたくないと思ってる。だから、俺から距離を作ってるんだ。探っているのも、距離を測っているのも俺だけだ。そんなの分かってる。でも、自分でも理由は分からないけど、和真に知られたくないのだ、どうしても。隠し通そうと思ってる。隠し遠さ中いけないって気がするから。
だから、
「本当に、可愛いよな……って」
「っっっっ!?」
その一言に、そんな考えの全てを吹き飛ばされる。
バチンッ!
「蚊だ」
「『蚊だ』ろ?」
そして、いつものボケ。いつも通りの和真に、何だか色々考えるのは馬鹿らしい事なんじゃないかって思わされる。
「はは……」
「あはは……」
顔を見合わせて、とうとう噴出した。
「「あははははははははっ!!」」
和真のアホなボケが面白かったからでもなく、二人の声が重なったからでもない。別に二人して何も口にしていなかったとしても、多分俺達は笑っていた。俺はそこに和真がいたから笑ったんだと思う。和真も俺がここにいたから笑うんだ。
「あはは……なんだよそれ、男に『可愛い』って喧嘩売ってんのか?」
「はは……いや、そうじゃなくてさ、見た目とかそう言うんじゃなくて……なんていうのかかな?」
「???」
自分の考えていた距離が、いつの間にか縮まっていた。多分そんな距離、最初からなかったんだと思う。俺が勝手に作って、勝手に感じていたんだ。
でも、仕方ないじゃないか。俺達は人間だ。どんなに仲がよくても、同じ人間じゃないから、何を考えてるのかなんて分からないんだ。分からないから不安になる。分からないから遠く感じるんだ。だけど、そんなもの吹き飛ばしてくれるのが和真の笑顔なんだ。和真は俺の笑顔を『魔法の笑顔』なんて言っていたけど、それは違うと思う。そうだ、俺の特技は『笑顔』だなんて言ったけど、『笑顔』はみんなの魔法、みんなの特技なんだ。
気が付けば、校門から遠く離れて、景色は夕闇に包まれ始めていた。ふと見上げた空に一番星を見つけた俺に、和真は恥ずかしい台詞を恥ずかしげもなく呟いた。
「行動と言うか、言動と言うか……お前って言う人間が、可愛いんだと思う」
「はぁっ!?」
そんな事を、自然な笑顔で言ってのける和真は、ある意味本当に凄いと思うけど、男に『可愛い』とかってどうなんだろう? 言われてうれしいか? 嬉しくないだろ、普通。
でも、そんな『可愛い』っていう言葉を、俺は一瞬でも、純粋に嬉しいと思ってしまった事が、何だか、何と言うか、『不覚』だった。
「うん、やっぱり、可愛いと思う」
「言い直すなよ。違うだろ! いや、そこは『バチンッ「蚊だ」』の流れだろ?」
顔が赤くなっているのが分かる。和真のその言葉に俺自身照れている事を自覚している。何だこれは? 何で照れるんだ? 何で照れてるんだ俺は?
これでいいのか?
いや、良くないよな。
良くない兆候だよ。
「和真お前……やっぱり喧嘩売ってるだろ?」
「………ああ、そうかもな」
「てめぇ……」
最大限の怒りを込めて、俺は和真を睨みつけるが、そんなもの何処吹く風打といわんばかりの、ふてぶてしい態度。御手洗さん。ちゃんと息子さんに空気を読むように言って下さい。困ります。こういう天然な台詞は、周囲に危険ですよ。分かってますか?
「ん?」
「『ん?』 じゃねぇよ、馬鹿野郎」
喜んじゃ駄目だ、嬉しいなんて言語道断だ。
なまじ美少女アイドル『KALEN』なんてやってるから、『可愛い』とかって言葉に反応するようになっちまったのかも知れない。これは良くない。よろしくない。
俺は男。俺は男。俺は男。俺は男。俺は男。俺は男。俺は男。俺は男。俺は男。……
俺は必死に自分に自己暗示をかける。いや、自己暗示って言うか、現実の確認?
って、俺は何をこんなに焦っているんだろう? ふとした疑問が沸いたりしたが、やっぱりあれだ、和真だろうが誰だろうが、例え栞だろうとも、俺は『可愛い』なんて言われて喜んでちゃ駄目なんだ。『誰よりも男らしくあろう』と、遠い昔に誰かに誓った気もする。
歌い事も楽しい。正直芸能活動も楽しい。だけど、やっぱり男として、越えてはいけない一線が在ると思う。そこを必死に守らなきゃいけないと思った。
「『可愛い』とか言うな! ぶっ飛ばすぞ!!」
そうだ、秘密を隠し通す為にも、俺は『男らしく』なきゃいけないんだ。『男らしく』いようと思う。
「そうか。でも、お前が男だろうが何だろうが、俺がおかしいのかも知れないけど、『可愛い』と思うんだからしょうがないだろ?」
「しょうがなくない!!」
「しょうがなくなくないっ!!」
「へ、栞!?」
「和真君全然おかしくないよ! 鈴原ちゃんは可愛いっ! 間違いないっ!!」
「間違いだらけだぁっ!!」
何処から沸いて出たのか、栞が急に抱きついてくるわ、
「鈴原さんが可憐で愛らしいと言うのには、私も異論はないんですけど……」
「リアルに可憐で愛らしい人達に言われたくないです!!」
「いい事だと思いますけど?」
「男的には、やっぱり良くないです!!」
後から現れた高町さんが、「ミルクに行けば会えるかなぁと思いまして……」と現在の状況を説明してくれた。そう、もう、珈琲喫茶『ミルク』はすぐそこだったりした。
「丁度いいから皆さん、ちゃんと聞いて欲しい事があります」
結局集まってしまったいつもの賑やかメンバーだったが、丁度いい。ここは『男らしく』俺の決意を聞かせてやるとしよう。
「ん? なんだよ改まって?」
「いいよいいよ、何でも聞いちゃうよ?」
「交際の申し出なら、随時受け付けていますよ?」
三者三様のリアクション。しかも珍しく高町さんがボケてくれている。高町さんのボケには丁重に「今は真面目に聞いてもらえると嬉しいです」とつっこみを入れたら、「私は大真面目です」なんて更にボケられた。なんと言うか、俺の周りは天然さんが多い気がする。困ったものだ。
と、自分の中で話が脱線しかけている事に気がついて、心持ち方向修正をしておく。全く天然さん達に付き合っているといつまでたっても本題に辿り着けないから困ったものである。
「いいですか、皆さん。それでは俺の決意を聞いて下さい」
俺は「コホン」と咳払い1つ入れてから、自分の断固たる決意を口にした。
「俺はこれから、『誰よりも男らしく生きようと思う』んです。なので、『可愛い』とかは言ってはいけないのです」
「……はぁ」
「……えー、何で? 『可愛い』のいいじゃん?」
「……その宣言がもう既に『可愛い』のですがどうしましょう?」
「そこの『可愛い』お二人さん!! 早速人の忠告を無視しない!!」
さっきと同じ三者三様のリアクション。でも、三人とも『生返事』と言うところは同じだ。人の決意に対して、その反応は少々失礼ではないか?
「全く、話を聞けよお前ら。俺はここに宣言するからな。耳のかっぽじってよく聞きやがれこんちくしょうっ!!」
「お、何だか『男らしい』感じがするな」
「ホント?」
「ああ、途端『可愛らしさ』が滲み出るのは、最早仕方がないのかも知れませんね」
「マジか!?」
「何でもいいけど、鈴原ちゃん。その宣言って何?」
「ああ、自分の間で宣言するつもりが、いつの間にやら天然ズの術中に!?」
もう本当に、気が付くと脱線している。この魔力は侮れない。本当に。
俺はもう一度咳払いして、さっきの台詞を言いなおす。今度は横から入るちゃちゃを完全に無視だ。
「全く、話を聞けよお前ら。俺はここに宣言するからな。耳のかっぽじってよく聞きやがれこんちくしょうっ!!」
「台詞から言い直したぞ!?」
「さっきのやり自体を無かった事にして続けるつもりでしょうか?」
「ああもう、鈴原ちゃん可愛いなぁ……写真撮っとこ」
畜生。自由な奴らだ……負けてたまるか。負けてなるもんか!!
「良いか、良く聞け。そして、心に刻むが良いさ」
俺は三人を小走りで追い抜いて、『ミルク』の入り口の階段上から、三人を見下ろして言い放った。
「もう二度と、『可憐だなんて言わせない!!』からな!!」
パシャパシャと携帯で写真を撮る栞と、両手を祈るように組んで俺を潤んだ瞳で見上げる高町さんと、呆れるように、でも楽しそうに笑う和真。
「そういう行動が駄目なんじゃないか?」
「はい、もうぶっちぎりで『可愛い』です!」
「鈴原ちゃん! いいよ!! 可愛いよーっ!!」
「ああ、もうっ!!」
聞き分けのない三人に、俺の堪忍袋の緒が切れて、
「人の話を聞けよ、お前らは!!」
フライングボディプレスを敢行する俺だったりした。
今に見てろよ。絶対に『格好いい』って言わせてやるんだからな!!
俺はそう天に誓うのだった。
ここまで読んで下さった皆さん、本当にありがとうございました。
そもそも友人の一声から始まり、mixiの日記上にて連載し、最終的には自費での文庫本出版までこぎつけたこの作品です。
多くの人に読んで欲しくて、この度はこの場を借りて発表させていただきました。
いかがでしたでしょうか?
最近は小説家を目指して投稿作品ばかり書いている毎日ですが、久々に直しながらの投稿はとても楽しかったです。
感想などいただけると、ものすごく嬉しいです。
そして、このお話、まだもう少し続きます。
時間の都合上、ここから先は挿絵はないのですが、第二部もここにて公開したいと思います。
よろしければ、そちらも読んでく見て下さい!
明日より連載を開始したいと思います。
よろしくお願いいたします。
http://ncode.syosetu.com/n6957bn/
mixiにて、他にもダラダラお話を書いておりますので、
興味のある方は足を運んでみてください。
あちらは読者参加のリクエストなども随時受け付けておりますので!!
http://mixi.jp/show_profile.pl?id=867682&from=navi