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Night end Tonight...

 キーンコーンカーンコーン……

「ふわぁ〜………」

 退屈な授業が、本日も全て終わり、俺はそのチャイムを目覚ましに机から自分の身体をはがすと

大きな欠伸をかみ殺さずにかいた。外を見れば、暑そうな日差しに晒された、緑色の草木。もうすっかり、夏の様だ。そろそろ水泳の授業が始まるそうで、俺はそれをどう切り抜けたものかと思案中だ。

「健介」

「ん?」

 のんびり外を眺めている俺に、和真が声をかけてきた。その声は、少し焦っているような、困っているような、そんな色の声。

「どした?」

「いや、お前は見たかな?って思ってさ」

「見たって、何を?」

 まだ少し寝ぼけていた俺の頭では暗黙の会話は無理のようだ。それにしても眠い。

「いや、昨日の特番だよ」

「特…番……?」

 その言葉で、昨日の家に帰ってから見たテレビを思い返してみる。

 …………

 あれ?

 特番なんてやってたか?いくら思い出しても思い当たらない。

「ドキュメンタリーの番組でさ、アイドルオーディションの番組だったんだけどさ……」

「っっっ!? ゲホゲホッ!」

 そうか、アレの放送は昨日だったか……

「だ、大丈夫か?」

「いや、ちょっとむせただけだ」

「そ、そうか……」

 怪訝そうな顔をする和真。てか、お前の『蚊だ』よりはましだと思うぞ?

「で、見たか?」

「ああ、見た見た。で、でもそれがどうしたんだよ?」

「いや、そのさ……お前……そのオーディション出てないよな?」

「……はぁ?」

「や、そうだよな。いや、アレだ……忘れてくれ」

「なんだよ、気持ち悪いな……」

 内心心臓が飛び出しそうになりながら、必死に誤魔化す。メイクも髪型も、深山さんに言って別人そのものにしてもらった。しかも、普段は一切化粧していないし、似ているとか、面影があっても『そんなに俺に似てるのか?』で誤魔化すことも可能な筈だ。

 だって、あの時の俺は『女』で、今の俺は『男』だ。美少女アイドルオーディションに居た『女の子』と、男子校に生徒として存在する『俺』。同一人物なわけが無いじゃないか……

 そう、言い張ればいい。それでいいはずさ。

「いやさ、その番組のグランプリの娘……」

「ああ、珠洲宮 可憐……だっけ?」

「あ、ああ、そう。その子がさ、お前に似ているような気がしてさ……」

「そうかなぁ? 俺自分で言うのもなんだけど、それなりに可愛い顔をしてるとは思うぞ。でも、あそこまで可愛くねぇよ……『男』だぞ? 俺」

「いや、そうなんだけどさ……そうなんだけど……」

「ん?」

「っっっ!? や、やっぱ、何でもねぇよ!」

「そか? ああ、でも姉ちゃんも言ってたかも、俺その『可憐』に似てるって」

「やっぱそうか……?」

「うん、目鼻のラインが似てるって。俺はそうは思わねぇけど……」

「そっか……」

「時間大丈夫か? 今日も部活だろ?」

「あ、そうだった! じゃ、また店寄るわ!」

「おう! 後でなぁ〜……」

 忙しく鞄に荷物を突っ込むと、最後にもう一度だけ首をひねりながら、和真は部活に行ったのだった。俺は、額に流れた汗を手の甲で拭う。やはり和真は厳しいか? ってか、駄目か? 誤魔化せないか? 色々な考えが頭を巡る。

「はぁ……まさか、なぁ?」

 俺は窓の外を眺めて、ため息をついた。思い出すのは、あの日のオーディションだ。


 特技審査。

 何とかそれを乗り越えた俺達は、再びいつもの作戦会議だ。まぁ、つまりは、

「もうさ、私が思うに鈴原ちゃんのぶっちぎりだと思うんだよ!」

「ふむ、それは私も思っていた。あそこまでコメントをしたのは、君だけだ」

「でもさ、俺が最後だったからって言うのもあるんじゃないか?」

 俺の控え室に集まって、オーディション結果の発表の時間まで雑談をしていたと言う事だが……

「てかさ、審査員席の反応とかだったら、栞の優勝だって十分あるわけじゃん?」

「うーん……そかなぁ?」

「まぁ、栞君の歌も確かに評価は高いだろう。歌唱力審査でもそうだったが、曲種の幅も凄いからな……デビュー後の事を考えれば、歌が上手いにこしたことは無い……鈴原君の説も、可能性としては0ではない」

「だろ?」

「でも、君の優勝の方が、もっと確率的に高そうではあるな」

「えぇ〜?」

 こと、オーディションが一通り終わって、気が付いた事がある。それは、

「はぁ……何で俺、あんな事しちゃったんだろ?」

「あんなの事って?」

「歌唱力審査で、エイに喧嘩売ったりしたじゃん?」

「ああ、でも、アレも面白かったし、あの評価は凄く高いと思うよ?」

 『どうして男の俺が、美少女アイドルオーディション』を受けたのだろうか?『受ける事事態、間違っているじゃないか』と言う事だ。

 ある意味、一番気付いてはいけない事の様な気がするが、冷静になればなるほど、とんでもない事をしたと言う後悔が溢れてきた。しかもだ、

「そうだな、歌唱力審査のあのパフォーマンスは大きい。それに最後の特技審査。順番がラストだったのと、君のその『崩れなかった最強の美少女フェイス』の相乗効果で審査員の頭に君が強烈に印象づいたはずだ。これは大きい」

 深山さんの評価。それは冷静になった俺の分析と一緒だった。

 そう、『出場自体が間違い』の俺が、現状どう見ても『グランプリ候補』なのだ。これは由々しき問題だった。

 完全に、会場の雰囲気に染まって、頭がどうかしていた。そして、もう、今更後に引けないところにいるような気もした。

「凄いよ、鈴原ちゃん! もう、私はどうだって良いや! 私鈴原ちゃんのファン1号になる!」

「いやいやいやいや……まだ優勝した訳でもなければ、審査結果も発表されてないからな!!」

 もしだ、もし、仮にもし、俺がグランプリとか準グランプリとかに入ってしまって、栞が選ばれなかったら……俺は、その権利を蹴るつもりだった。その気持ちは、今でも変わらない。でも、そうすると、俺は、必死に頑張って、それでも駄目だった出場者達のプライドを傷付ける事になるんじゃないだろうか? そして、一緒に頑張って来た深山さんを裏切る事になる。応援してくれたエイも、房木社長のことも……

 気持ちは変わらない。でも、そんなことを出来ないという気持ちも生まれていた。

 そして、もう一つ。もし、二人して合格だった時、俺はどうするんだろう?それこそ、沸いた頭では『一緒にデビュー!』とか思っていたが、実際はどうなんだろう? 房木さんや、深山さんを騙していた事には変わりない。それは赦されるのだろうか?

 偶然と誤解で始まって、暴走と勢いでここまで来てしまった。正直引き返せないところまで来ている。それは自覚がある。でも、どうすればいいか、俺には分からなかった。結局、





 『最終審査が終わりました。出場者の方は、ステージに集まって下さい』


 集合の放送が入るまで、俺はその答えを探していた。


 そして、

「大変お待たせいたしました!! 『第16回φBITオービットレーベル・アイドル発掘オーディション本選』の最終審査の発表をしたいと思います!」

「「「「「「わあぁあああぁぁぁああぁぁぁっ!!」」」」」

 運命の時が来た。

「おら、行くぜ行くぜ行くぜぇっ!! まずは『特別賞』の発表だ! 特別審査員の瑛ちゃん、頼んだぜ!!」

「あはは、司会者スイッチ入ってるし……はい、じゃ、発表します。……コホン……『愛らしい仕草に、笑顔。何より、虹色との声も高い歌声の幅が決めてかな? 25番、音梨 栞ちゃん!!』 本当におめでとう!!!」

「っっっっっっっっ!!?」

「「「「「「わあぁあああぁぁぁああぁぁぁっ!!」」」」」

 溢れんばかりの歓声の中、栞はただ、口元を両手で覆って、

「ふえっ……」

 泣きながら、笑っていた。

「やったな! 栞!!」 

「うんっ! う”ん”っ!! あ”り”がどう”!!」

 もう、何を言っているのか聞き取れないような状態だったが、会場に響く拍手と歓声の中、栞はステージの中央に移動した。

 純粋に嬉しかった。頑張っていたのを知っていた。歌が大好きで、歌うのが大好きで、その歌で誰かに笑ってもらうのが夢だといっていた。だから、その夢に近づいた彼女に、ただ純粋に嬉しかった。

 だから、と言ったら、言い訳になるが、いつの間にか終わっていた準グランプリについて、俺は何も覚えていない。別に、その部分を作者が描くのが面倒だったわけじゃないぞ?

 ほんとだよ?


 そして、


「栄えある、グランプリは!!」


「ねぇ、鈴原ちゃん。何で、和くんには秘密にするの?」

「そうですよぅ、折角芸能界にデビューが決まったのに……しかも、グランプリですよ? グランプリ」

 俺はバイト先の喫茶店で、栞と高町さんにそんなことをクドクド聞かれていた。そんな物言える訳が無い。あ、ちなみに何故高町さんが『その事』を知っているかと言うと……

「お父様も言っていました。『瑛の時以上の衝撃を受けた。彼女は間違いなくビックスターになれる!』って……」

 どうも、審査員の中に居たらしい。俺には誰だったのかは分からないが……更に言うと、

 『顔を見ればすぐに鈴原さんだと分かりました!』

 だそうだ。

 俺、ばれないか心配になってきた……

 喫茶店内のTVにCMが流れる。

『音楽を……取り込め!』

 携帯音楽ダウンロードコンテンツの宣伝だ。φBITグループのインターネットサービスで、今回のオーディションの映像を使ったCMだそうだ。

『欲しい曲が、見つかる喜びをあなたに!』

 そのコメントと同時に、画面に映るのは……

「あの笑顔の娘が、グランプリだろ?」

「ああ、やばいよな、あの可愛さは……」

「名は体を表すって、この前学校で習ったけどさ、マジでそうじゃね?」

「確かに、『可憐』だよな、この、珠洲宮 可憐って娘!」

「俺、CD予約した!」

「マジで!?」




 店内の客が話している『珠洲宮 可憐』とは、もちろん俺の芸名だ。名付け親は、

「もうさ、鈴原ちゃんの顔を見て、真っ先に思い浮かんだのが『可憐』って名前!」

「栞さん、完璧です! マーヴェラスです!!」

 栞と、

「でも、まさか瑛さんが『鈴原って本名が使いたくないんなら、『珠洲宮』にしたら? アタシの知り合いにそんな苗字の人が居るけど、面白い人だよ?』って、芸名考えてくれるとは思わなかったよね」

「あ、ああ、そうだな」

 瑛だって言うんだから、また、ねぇ?





「あはは、鈴原ちゃん照れてるー!」

「ば、ちょ、違っ!?」

「なんにしても、これからもよろしくね、『可憐』ちゃん!」

「アイドルデュオ『KALEN』、頑張って下さいね、『可憐』さん!!」

「ああ、もう、『可憐』『可憐』言うな!! 俺は、おーとーこーだーぁーーーっ!」

 そう、俺と栞はデビューする事になった。その先を考えるだけで、頭が痛い。本当に、過去の馬鹿な自分に言ってやりたい。『勢いに任せると、後で後悔するぞ』と。


 でも、ほんの少しだけ、その先が楽しみな俺が居たのも事実だった。


 本当に、少しだけ、な。

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