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Welcome to My Live tonight!(- on stage)

 第5章 Welcome to My Live tonight!(- on stage)



 さて、皆さんこんにちは。以前よりも騒がしくなった俺の周囲ですが、今回は珍しく、俺が栞に振り回された事件について、話そうと思います。

「えーと……?」

「だからね、明日の面接に一緒に行ってくれないかなって……」

「面接ってさ、普通一人で受けるものじゃないのか?」

「うん、だからね、一緒に行ってくれるだけでいいから……」

「うーん……」

 バイトの帰り、珍しく寄り道しようと言い出したのは栞で、俺も特に予定がなかったので、そのままほいほい付いて来たらこんな話になっていた。さてどうしたものか。

「ね、おねがい!」

「っっっ!?」

 彼女に付き添うのは吝かではないし、なにより、その、

「だめぇ?」

「っっっっっ!?」

 懇願するような仕草が、反則的なくらいに可愛い訳で……

「べ、別に、いいけどさ」

「やったぁっ! 一人じゃ心細かったの、ありがとう!!」

「あ、うん。分かった、分かったからくっ付くの禁止ね」

 思わずOK出しちゃったけど、仕方ないよな。可愛いのは最強だと思うんだ。

うん。

「じゃ、歌おっか!」

「あ、うん。歌って歌って……」

 心のつかえが取れて安心したのか、栞はデンモクを手に、手当たり次第に曲を入力していく。ざっと10曲。ジャンルも歌手も様々だ。これを彼女が全部歌うのだから関心する。

「ざーんーこーくなてんしのてーぜーっ!」

 アニソンから、

「あーめあーめふーれふーれもぉっとふれぇーっ!」

 演歌まで。

 本当にどんな曲でも可愛らしく歌い上げるのだ。しかも、そこらのアイドルよりも上手いというんだから、困ったものである。

「ヒューヒューッ!」

「ありがとう、ありがとう!」

 もう、カラオケボックスは今やアイドル音梨 栞のオンステージである。そして、俺はたった一人のファンだった。

 まさか、これがこの後の前フリだと、俺はこの時気づいていなかったんだ。

 『面接』と『歌』……まさか、まさかまさかこんな展開が待っていようとは……


「思ってもいなかったわ!!」

 眩しい光。響き渡る爆音。見渡す限り、人、人、人……

「ああ、もうやけくそだ。やってやろうじゃないか!!」

俺の手にはマイク。そして、何故か可愛いフリフリの衣装を着て、

「俺の歌を、聴けぇっ!!!!」

 ステージの上で、俺は歌うのだった。




 時は少し遡る。

 AM11:23

 駅前のプロムナードで、俺は栞を待っていた。約束は11時半。少し早く来すぎたが、それでもまだそれほど経過していない。何時から居るかは、敢えて言わない。ちょっと悲しくなるから。

「にしても……『面接』としか聞いてないからなぁ……」

 今日何処に行って、栞がどんな事をするのか俺は全く知らないのだ。だから、昨日は色々考えた。

 まず『面接』という言葉から察するに、その先にあるのは、仕事か学校だ。しかし、友人の付き添いを伴って、学校の面接に行くというのはちょっと聞いた事がないし、意味が分からない。だとすれば、恐らくはバイトか何かの面接だろう。東京にないのに、『東京』を名乗るアミューズメントパークのアルバイトは、オーディションするとか聞いたことあるから、もしかしたら、そっち系のバイトなのかも知れない。

 次に、だ。仮にこれが、バイトの面接だったとして、困った事が一つある。

「そうだよなぁ……あそこ時給安いもんなぁ……」

 そう、バイトの面接を受ける、という事は、『今のバイトを止めるかも知れない』って言う事だ。だとすれば、非常にまずい。何がまずいって、

「止めちゃうのかなぁ……バイト」

「ふぇっ!?」

 とか、なんとか考え事をしていたら、目の前に栞が居た。

「止めちゃうって、何を?」

「あ、えっと……」

 きょとんとして俺を見る栞。個人的には見下ろしたい所だが、現実的には同じ目線だ。いや、正直俺の方が、数センチ負けている気がする。……畜生。

「えと、今日の面接受かっちゃったら、栞は今のバイト止めちゃうのかなぁって……」

「ああ、そういう事か」

 ここは回りくどい事をせずに、正攻法。真正面から正面きって聞いてみた。

「うーん、わかんないなぁ……って、まず受からないだろうけどね。……うん、もし受かっちゃえば、忙しくなるかも知れないし、休みがちになる位なら、止めちゃうかも知れない……重ねて言うけど、受かる訳がないけどね」

「そっか……」

 謙遜してそんな事を言っているようには見えないので、相当に狭き門なのかも知れない。それはそうか。少なくとも、俺を呼ぶ位だもんな……でも、『受かれば辞める可能性もある』と彼女は言った。休みがちになるならいっそ辞める。というのが実に彼女らしいと思ったが、その言葉で俺の答えも固まった。

「なぁ、栞」

「ん?」

 俺は、決意の元に栞に言った。

「俺も受けれないかな? その面接」

「っ!?」

 そうだ、仮に彼女が合格して、あの店に来なくなっても、俺はあの店には未練はない。彼女が新しく始めるバイトを始めればいいのだ。今日彼女が面接を受けるなら丁度いい。

俺も受けて、その門を一緒にくぐればいいだけだ。

「ふっふっふ……実は、鈴原ちゃんならそういうと思って、鈴原ちゃんの分も申し込んでおいたのだ!!」

「おぉっ!?」

 栞は不敵に笑いながら、茶色い大きな封筒を鞄から取り出した。

「ほらほら見て見て! 私も鈴原ちゃんも書類審査は合格だって!!」

「あ、本当だ」

 書類を読むのは面倒だが、『第一次書類審査通過のお知らせ』という、見出しだけは読むことが出来た。

「一緒に頑張ろう、鈴原ちゃん!」

「おうっ! 受かってやろうぜ、栞!!」

 俺達は、そんな雄叫びと共に、息巻いて会場へと急ぐのだった。




 思えば、この時に気づくべきだった。

 書類をもっとしっかり見るべきだった。

 まさか、こんな事になるなんて、一体誰が予想しようか?

 いや、出来まい。




 会場について、最初に思ったのは、

「あれ? なんか可愛い子ばかりだね?」

「あはは、大丈夫大丈夫。鈴原ちゃんは、全然負けてないよ。すっごく可愛いから!」

「あ、ああ、ありがとう……」

 栞に、いつも通りの見当違いの励ましを受けてゲンナリしたが、それとは別に、この面接会場には、何故か美少女ばかりだった。ま、まぁ、その中でも栞の可愛さは光っていた。うん、シオリガイチバンカワイイヨ。

 言える訳がないけどな。




 控え室に(控え室なんかがあるのに驚きだが)行くと、様々な衣装と化粧道具、それに何故かスタイリストさんまで居るのだった。何だ、これは?

「えーと、君は鈴原さんね。私は今日のあなたのスタイリストを担当する深山 瑠奈よ。よろしくね」

「あ、はい。よろしくお願いします。……あの」

「ん? なにかな?」

 いまいち状況を理解出来ていない俺。このままでは、何だか致命的な失敗をしそうな、いや、すでに致命的な失敗をしてしまっているような、そんな予感に背中を押されて、俺は深山さんに質問をいていた。

「とりあえず、こっちへいらっしゃい。で、ここに座る」

「あ、はい」

「うわぁっ!? ものすっごいいい髪してるじゃない! どうする? どんな感じの髪型にしよっか?」

「あ、えーと、その前にですね……」

「ん?」

 深山さんの笑顔は、何だか知らないけど落ち着いた。でも、落ち着いている場合でもないのだ。

 DomDomDom!!

「お、始まったね……」

「一体、何が始まったんですか!?」

 遠く、多分奥のホールから聞こえてくる大きな音。これは間違いなく、音楽だ。

「何がって……あ、そのリモコンでそこのモニターつけてごらん?」

「え、あ、はぁ……」

 ピッ

 言われるままに、控え室に備え付けられたTVの電源を入れると、

『アタシの歌を、聴けぇっ!!!』

『『『『『おおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉっ!!!』』』』』

「え!? 神越 瑛!?」

 画面に映ったのは、最近オリコンチャートを賑わせている美少女アイドル『神越カミコシ エイ』だった。『少女A』の愛称で、大人気で、確か今期のツアーのコンサートチケットは全会場分即日完売とか……画面から聞こえてくる曲と、壁越しに聞こえてくる曲が完璧に同期している。つまり……

「エイのライブが始まったんですか!?」

「そうだね……あ、もしかしてファンだった? だったら今からでも間に合うから、メイクとか後にして、見に行ってくる?」

「え? えーと……今日って、『面接』ですよね?」

「ん? ああ、そういう言い方も出来るか。そうだね、今日は『オーディション』だね」

 どうも会話がかみ合っていない。が、今はそれ所じゃない。

「なんで、面接の会場で、エイが歌ってるんですか!?」

 そうだ、もう、本当に訳が分からない。意味不明のスパイラルだ。

「ああ、それは彼女がこのオーディションの特別審査員だからさね。最初に余興として歌ってくれる事になったらしいよ」

「特別審査員? 余興? あれ? ちょっと待って下さい……これって、どんなバイトの面接ですか?」

「はぁ!?」

 今までで、最上級の呆れ顔をして、ありえないといった顔で、俺の顔を覗き込む深山さん。

「え、ちょっと待って、まさか、貴女……」

「え? えぇ!?」

 混乱する俺に、止めの一撃は、さっきつけたばかりのモニターからだった。

「『さぁ、第16回φBITオービットレーベル・アイドル発掘オーディション本選が『少女A』こと神越 瑛ちゃんの大ヒット曲『Diamond Star Dust』を開幕のベル代わりに始まりました、Aちゃん、ありがとぅ!!』『どうもー!』」



「何だとぉおおぉぉぉおぉぉぉっ!!!!?」

 もう、全てが予想外。でも、一瞬で理解した。俺の置かれた状況も、この意味不明な控え室の状況も。そして、考えた。俺はどうするべきなのか。と。


「つまり、友達の付き添いのつもりで付いてきたら、その友達が、貴女の分もオーディションに応募していたって……そういうことね?」

「はい……」

 俺は、目の前の書類を見て、頭を抱えるのだった。

 本名:鈴原 ケイト

 芸名:未定

 可愛らしい筆跡は、栞のものだ。前々から、おかしいなとは思っていたんだ。

扱いがというか、何と言うか……

 でも、まさか、出会いの際に和真が言った冗談を、本気にしていたとは……




 ちょっと、回想。

「あ、あの! 御手洗 和真さんですよね!」

「ん? えーと、ごめん。君誰だっけ?」

「あ、は、はじめまして! 私 音梨 栞です!」

「あ、うん。はじめまして」

「………」

「あ、こっちで目ん玉真ん丸くして驚いてるのは、人見知りが激しくて有名な鈴原 ケイト。ちょっと難しい事情を抱えた女の子な」

「って、和真! 俺は男だ!! それに名前は健介だ!!」

「あっはっは……」

 回想終了。




 そして、改めて書類を見る。名前のミスなんてそんなのあまり関係ない。だが、ここはまずい。非常にまずい。

 性別:女

「で、どうするの? ここで辞退してしまう事も出来るけど……」

「………」

 本来なら悩む事はない。即断でお断りする。そんなの当たり前だ。そもそも、性別取り違えられてるし。しかし……

「でも、今回の書類選考を通ったのは凄い事なんだよ? 倍率にして15倍。しかも、今日の本選は最初から録画されてるし、グランプリになれば当然その映像で特番が組まれる。それに、スタートから多くのスカウトが見てるから、ある程度実力があれば、別の事務所からのデビューも可能……このチャンスを逃す手はないと私は思うけどね……それに」

「………?」

「これは私の勘だけど、君はかなりいい線までいくと思うんだ」

 深山さんの勘はどうだか分からないが、俺はまったく別のことを考えていた。これがアイドルオーディションなのは良く分かった。狭き門を通過したという話も理解した。書類を見ると、グランプリと準グランプリ。そして、特別賞を受賞した3人がφBITレーベル、つまり芸能大手プロダクション房木グループからデビュー出来るという。

 問題は、そのデビュー出来る権利が3人にもあるという所だ。一人なら、俺は潔く、いや、丁重にお断りして、エイと栞の歌でも聞きながらニコニコしていただろう。だが、3人だ。栞の可愛さと、歌唱力を考えれば、間違ってデビューしてしまうんじゃないか? いや、デビューするだろ。あんな可愛いんだぞ?

 そうすれば、ただでさえ、誤解や和真のせいで遠い彼女との距離が、もっとぐっと広がってしまう。それは、いやだった。

 だから……

「深山さん」

「ん?」

「今の俺のキャラって、見た目どんなイメージですか?」

「んー、清楚で可愛らしい……育ちの良いお嬢様って感じかな? 喋らなければ」

「そうですか……」

 その後、言葉遣いの事などを注意されたが、俺はそんなもの聞いていない。そして、考えた。

 今思えば、俺はどうかしていたんだと思う。

「今のキャラと正反対。俺を良く知る人が、俺って分からない位、キャラのイメージを変える衣装とメイクとヘアメイクをお願いします」

「お、じゃあ?」

「出てやりますよ。このオーディション。で、デビュー権を獲得してやろうじゃないですか!!」

「お、いいね! その意気込み、私好きだよ!!」

 俺がデビュー権をゲットしておけば、もし仮に栞が同じくそれを獲得していても、仲良く一緒にデビュー出来るし、彼女がそれを獲得していないんだったら、その権利を蹴れば良いだけだ。どちらに転んでも、俺は彼女と一緒にいれる。

「そうだなぁ……さっきのビジュアルイメージもあるけど、君の場合性格的なイメージも強いからね。どこか硬い感じがするのは、君が男の子っぽいからかも知れない……ここは、女の子らしさを、可愛らしさを前面に押し出していくよ!」

「任せます! なんでもドンと来い!!です!!!」

「よっしゃ!!」



 重ねて言う。俺は、どうかしていたんだと、思う。

 本当に。

 どうか、してたんだ。

 絶対に。





「うっし、完璧」

「うわぁ……」

 鏡に映った自分の姿に漏れ出た声には、携帯電話のメール表記であれば下向きに下がる矢印が二つほど付く感じだ。

「誇って良いわよ。この殺人的な可愛さは、貴女の元が良かったからだもの」

「は、はぁ……」

「この可愛さはヤバイわ。本当に……はぁ……はぁ……お姉さん、変なスイッチ入っちゃいそう」

「は、ははは……」

 喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか。最早分からなくなって来たが、今は喜ぶべきなのかも知れない。自分の顔が自分の物でないような印象を強く感じる程に、俺の顔は化粧で変わっていた。

化けるという感じを使っている事に、正直今まで疑問を感じていたが、なるほど、確かにこれは変化の域だ。自分の顔に思えないからかも知れないが、冷静に分析している俺が、かなり客観的に判断して、この顔はもの凄い美少女であると判断出来る。うぬぼれ出なく、ナルシストでもないが、このクラスの美少女が目の前に出てくれば、俺が審査員だったら多少歌が下手だとかでもOKを出してしまうようなクラスの顔だ。

 しっかりとしたベースメイクの上に、ほんのりチークがのっていて、マスカラやシャドウのお陰で、普段よりいっそう瞳も大きく見える。

普段それほどいじっていない眉も、少しだけ形を整えてあるし、他にも俺には分からないプロの技術が結集されているのだろう。『別人のように』と頼んだのは俺自身だが、まさかここまで化けるとは……驚嘆である。

「ありがとうございます」

「うん、どういたしまして」

 ここは素直に喜ぼう。俺は、このオーディションを勝ち進むと決めたじゃないか。

だとすれば、今のこの自分はもの凄い武器だ。これを武器に、のし上がってやろうじゃないか。

「これだけ可愛いと、さっき言ったみたいに言葉遣いを意識して直すよりは、素の貴女の方がギャップで受けるかも知れないわね……」

「そうですか?」

「うん」

 深山さんのアドバイス。俺はそれを聞き入れていく。彼女のメイクの腕は完璧だ。それは、鏡に映る『俺自身』が証明している。だから、彼女を俺は全面的に信頼する。全ては勝ち抜く為だ。栞との楽しい日々の為だ。

「衣装はどうする? その顔なら、私はこのフリフリのを勧めるけど?」

「あ、可能なら……」

 衣装の相談。俺は可能な限りの要望を彼女に伝え、彼女のセンスに任せることにする。

 そうして決まった衣装を身に着けると、これまたどうした事か。最早何処からどう見ても、美少女アイドルな俺しか鏡の中には居なかった。


「さて、衣装にメイクはOKね。言われた通り、ちょっとやそっとの汗じゃメイク崩れないようにしたけど……貴女審査の内容分かってる?」

「えっと、……コメント審査、歌唱力審査、特技披露……だったっけ?」

「そう。まぁ、コメント審査は面接形式ね。ただし、普通の面接と違って、当たり前の事言ってると面白みがないから評価されないわ。でも、突拍子もないこと言いすぎても駄目。あくまで自分の等身大の、でも平凡なつまらないものにならないように心がける事。いい?」

「あ、はい」

「歌唱力審査は何歌うつもり?」

「ああ、それは……(ゴニョゴニョ)」

 深山さんの耳に口を寄せて、誰か聞いている訳でもないのに耳打ちで言う俺。ちょっと頬を赤らめている姿が鏡に映る。正直可愛い。だから気持ち悪い。

「っ!! 貴女、本当に面白いわね!!」

「よく言われます」

「あはははははっ!!」

 それはもう、豪快に笑いつつ、GOサイン。彼女のお墨付きがあれば、心強い事この上なかった。

 それにしても、

「深山さん、詳しいですねこのオーディションに」

「ああ、それは私の知り合いが審査員に混じってるから」

「……良いんですか? それって不正行為とかになりません?」

「ああ、大丈夫大丈夫。私が気に入っただけだし、『私は別に、君を励ますために色々話をしただけ』で、『特に秘密は喋ってない』し」

「……了解です」

 こうもポンポンと、情報をくれるのは大丈夫なのかと思ったが、彼女はそういいながらウインクをして見せたので、俺もそれに合わせる事にする。俺の目的はオーディション合格。その為なら、利用出来る物は、それこそ、なんでも利用する。それが忌み嫌っている自分の見た目でもだ。





 PM 1:30

 館内放送により、参加者が一斉にステージ裏に集められた。そろそろ開始する様である。様々な説明を聞く中、俺は栞の姿を探して周囲をキョロキョロと見回した。

「きゃあああああああっ!! 鈴原ちゃん、可愛すぎ!! かわいい! かわうい! きゃわういぃぃぃぃぃぃっ!!!」

「のわぁっ!? 栞!? 止めろ! 抱きつくな! 衣装がいがむ! 化粧が移る!!」

「あ、ごめん確かにそうだね。私ったら、つい我を忘れて……」

 それでも、腕にまわした手を外そうとしない栞。ああ、畜生。可愛い、近い、かわうい、近い、起伏は乏しいけど、柔らかい……なんか阿呆な考えが渦巻く頭を一旦再起動する。

 よし、大丈夫。栞のこの過度なスキンシップも、あの誤解のせいだとすれば納得だ。変な誤解を俺はしないんだ。だって、期待して違ったらへこむじゃん?

 あ、今はへこんでないよ? ほんとだよ?

「にしても、本当に凄い可愛いよ、鈴原ちゃん」

「いやいや、し、ししし、栞もか、かかかかわいいよ!!」

 かみまくりのどもりまくりの俺、テラキモス。でも、かみまくりながらも言えた俺に、俺的国民栄誉賞を授与したい気分だ。ああ、何か変なこと言ってるな俺。大丈夫です、ちゃんと自覚してます。だからって、俺がキモイのは変わらないのも分かてます。だからそんな目で見ないで!! ……誰も見てないもの知ってるけどさ。

「ありがと。でも、今の鈴原ちゃんに言われるとちょっといやみになっちゃうよ。実際周りの子も殆どが、鈴原ちゃん見てるし……」

「あ、あはは……」

 言われなくても、何と言うかどす黒いオーラの視線を背中に感じているともさ。せいぜい、靴に画鋲とか階段で後ろから押されないように注意します。

「頑張ろうね!」

「お、おう!」

 そうこうしているうちに、オーディションの本選は、始まるのでした。


「26番、 鈴原 ケイト、です!!」

「はい、ありがとう。緊張はしなくていいからね」

「はい!!」

 さぁ、一世一代の戦いだ。全力でやってやろうじゃないか!!


 重ねて言おう。

 俺は、この時、どうかしてた。

 そうとしか思えない。

 思えないんだ。





「では、まずはこのオーディションに参加した理由を教えて下さい」

「はい」

 コメント審査が始まった。俺は深山さんのアドバイスを思い出す。『等身大で、地味過ぎず、派手過ぎず』だったか?だから、

「実は、俺は参加する気が全然なかったんです」

「ほう……なのに、君はここに居る。何故ですか?」

 のっけから、ぶっちゃけ全開だ。男の俺から見たときに、ブリブリのぶりっ子な解答よりも、さばさばしたぶっちゃけトークの方が、印象が良いとの判断だが、果たしてその評価はどうなのか……そんなの俺には分からないので、この際気にしない。ただ、何も考えなしにこんな事を話しているわけじゃない。

「友人が応募していて、それで書類審査が通過したって聞いて……最初は友達がそうなんだろうと思って、応援について来たつもりでした。でも、俺が受かってるって聞いて、このオーディションの倍率が15倍だったとかって噂話も聞いて、考えたたんです」

「考えた?」

「はい。きっかけこそ不真面目な形だけど、俺の変わりに落選した14人がいる。俺がいい加減な気持ちで断ったり、いい加減にオーディションを受ければ、その落選した人達の想いに失礼だなって」

 心からの本心だ。でも、本当の理由は言わない。ってか言えない。

「そうですか……」

「だから、狙います」

「狙うとは?」

「グランプリ!」

 俺が確信を持ってそう言い切った時、審査員席がどよめいた。

「じゃ、あたしから質問。その友達とグランプリを争うことになったとして、君はどうする? その子が応募したって事は、その子も狙ってるんだよね、グランプリ」

 それはどよめきの中で一人落ち着いていた、エイからの質問。

「負けません。友達だから、全力です!」

「そっか。ありがと」

 その後、趣味や学校での話など、色々な質問を時にはシリアスに、時にはギャグを交えて切り抜けて、俺のコメント審査の時間は終わった。

 俺の前の何人かのコメントや、その後のコメントをモニターで見ていたが、最初の質問はみな同じでそれに答えるコメントも、みな似たようなものだった。俺のコメントが正解かどうかなんてそれこそ分からないけど、アレでよかったんだと思う。難しい事を考えてもしょうがない。人と人との会話である面接に、きっと答えなんてないのだから……

 それよりもだ。

「鈴原ちゃんと私と、他2人にだけだったね」

「ん?」

 俺の控え室で俺の横でぴったりくっつくように座ってモニターを覗き込んでいるのは栞だ。そして、今の発言も栞の物だった。

「何が?」

「エイの質問」

「ああ」

 そういえば、言われて見ればそうだった。基本的には真ん中に座っていたおっさんが(後で房木社長本人だったと知るが)質問していたのに、俺たちのときだけ、確かにエイが質問を投げてきた。

「なんでだろうね?」

「さぁ?」

 そんなの、俺にも分からない。分からないが……

「俺と栞とそれ以外の二人、警戒すべきはこの二人かも知れないね」

「ん?」

 質問の受け答えを見ていて、俺が何かを感じたのはこの二人だった。エイも同じ何かを感じたのだとすれば、彼女たちこそ警戒しなければならないという事だろう。

「それは私も同感だな」

「深山さんも?」

「うん、なんて言うか、オーラが違うっていうのかなぁ?」

「うーん?」

 栞と深山さんの会話を横で聞きながら苦笑い。でも、深山さんも彼女達にそれを感じたのなら、やはり本物だ。逆にそれ以外は恐れるに足る存在ではないと思えばいいのかも知れない。

「で、次の歌唱力審査はどうするの?」

「あ、私は大好きな歌をいっぱい歌うつもりです」

「栞は歌がうまいから羨ましいよ」

「鈴原ちゃんだって、無理して男の人の曲とか歌わなければ上手なくせに……」

 無理しているつもりはないのだが……そりゃ確かに、女性ボーカルの曲の方が歌いやすいけどもさ……

「あはは」

「鈴原ちゃんはどうするの?」

「ああ、俺は……」

 俺はまた、誰も聞いていないと分かっているくせに、何でか分からないけど、耳打ちで栞に考えを告げるのだった。

「それ、面白いね! 頑張って!!」

「うん、栞にもそう言って貰えると、頑張れる気がする」

「うんうん!」

 さて、次で最後のコメント審査が終わる。次は歌唱力審査だ。勝負の別れ目は、多分この審査だと思う。

 いや、あくまで俺の推測だけどね。





「18番、松崎 優輝です! 曲は……」

 歌唱力審査が始まった。見たところ、みなそこそこの歌唱力のようだ。正直俺は、俺自身の歌唱力に自信はない。というか、栞が上手すぎて、自分がどれ程のものなのか分からないのだ。だから、俺は演出で勝負だ。これは一種の賭け。でも、この賭けに勝って俺はどうしてもグランプリを取らなくてはならないのだ。俺と栞の明るい未来のために!!


「25番、音梨 栞です! いっぱい歌います!!」

 そして、栞の順番。それはもう、栞のオンステージだった。

「すごっ!」

 普段のカラオケなんかとは比較にならない音響設備で、栞の歌声はもう凄かった。俺の少ない語威力ではとても表現出来ない領域だった。次に歌う人が可愛そうだなぁ……

 って、俺じゃん!!

 全部で4曲を歌った栞は、何だかもう、それだけで満足げな顔をして帰ってきた。

「次、鈴原ちゃんだね、頑張って!」

「お、おう!」

 握るマイクに汗が付く。緊張してるのか? そりゃそうか。こんな大勢の前で、これから歌を歌うんだ、緊張しない筈がない。しかもこれからやろうとしている事を考えれば、なお更だ。

 さて、うまく行くだろうか?

 いや、行かせないとなのだ。

 だから俺は全力で、このステージに臨むのだった。

 やってやる。やってやれない事はないはずだから。


 本当に何度目か分からないが、この時の俺は本当にどうかしてたんだ。

 本当に。

 本当にだ。





「26番 鈴原 ケイト!! 音楽、お願いします!」

 流れ出す音楽と、騒然とする審査員席。その中で、俺とエイの目が、真正面からかち合った。

 しかし、まさかこんな展開が待っていようとは……この会場に来た時には、こんな事になろうとは……

「思ってもいなかったわ!!」

 マイクを一旦切って、呟く様に叫ぶように言った。

 眩しい光。響き渡る爆音。見渡す限り、人、人、人……

「ああ、もうやけくそだ。やってやろうじゃないか!!」

 俺の手にはマイク。しかし、このマイクのスイッチは入っていない。先程切ったのも、このマイクじゃない。俺は、ヘッドセットのイヤホンマイクを付けているから……何故か可愛いフリフリの衣装を着て、

 イヤホンマイクの電源を入れる。そして、

「俺の歌を、聴けぇっ!!!!」

 ステージの上で、俺は叫ぶのだった。




「何故彼女は、ヘッドセットを付けているのに、マイクを持っているのだろう?」

 審査員席の中で、最初に起こった声はそんなものだった。

 『26番』

 コメント審査で一番話題に上がったのが彼女だ。一人称が『俺』である事と、その可憐な容姿とのギャップ。明け透けとした発言と、その瞳に宿る確かな力。何だか分からないが、他の娘には感じない、不思議な魅力を感じた。それは房木さんも同じようだった。

 だから不思議だった。彼女の行動が。

 何故か彼女は、動き難そうな服装なのに、ヘッドセットのイヤホンマイクを付けていた。だというのに、右手にはしっかりとマイクを握っていた。しかし、手に持ったマイクの電源は入っていない様だった。最初、緊張して間違えて持ってきてしまったのか?と審査員席でも話題になったが、ハッキリと告げられた声で、違うだろうと思った。

「26番 鈴原 ケイト!! 音楽、お願いします!」

 そして、

「「「「んなぁっ!?」」」」

 俺以外の、審査員全員が、そのイントロに驚愕した。いや、俺も驚いた。

 『26番』

 その、覚悟と度胸に。




「俺の歌を、聴けぇっ!!!!」

 絶叫と共に、始まった歌は、俺の、いや、『アタシのデビュー曲』の『AKAI AKAI SORA』だったから。

「『この空の果てに、私の居場所があるんだって〜♪』」

 そして、驚くほどクリアな歌声に、再び俺達は驚かされる。

「ほぅ……」

 目の見えない房木さんの声音が変わった。

 それは俺も同じだ。興味もあった。予感もなった。

 でも、正直ここまでだとは思ってなかった。




 そして、

「………?」

 彼女の挑戦的な視線は、確実に俺だけに向けられていた。その視線は、挑戦的というよりはむしろ、挑発的で、

「なるほど、だから、『もう一つ』マイクを……」

 彼女の狙いを、俺は何となく察したのだった。本当に面白い事を考える娘だ。そう思った。

「さて、乗るべきか否か……」

 それは、彼女の実力と演出次第。俺はそう思いながら、彼女の歌を真正面から受け止めるのだった。


「『赤い 赤い 赤い 空、赤い 世界 赤い 空〜♪』」

 自分が今、どんだけとんでもない無謀な事をしているのかは知っている。オーディションという大一番で、審査員に本人がいるのに、彼女の持ち歌を歌っているのだ。上手く行かなければ、それはただ悪趣味な嫌がらせになるだろう。正直、俺は自分の歌に自信はない。だから、賭けに出た。


 正直、負けの見える賭けだったけど……

 そこはアイドル『少女A』の心意気に賭けてみた。

 その賭けとは……





「惜しいなぁ……いい声なのに、この一番大事なサビで音を外してしまうとは……やっぱりあのマイクも緊張して持ってきてしまったんですかな?」

 サビも大サビ。突然メインメロディを歌っていた彼女の声が、メロディを外れて歌い始めた。審査員席にため息が漏れる。緊張して音を外してしまったのだと思っているようだ。

 でも、

「違いますね。これは……待っているんですよ。『相棒』の登場を」

 それは房木さんの笑いの混じった声だった。見えないはずの瞳が、俺を見る。

『どうしますか?』

 そう言われている気がして、俺は、

「『26番』! 何してるの! 早くそれをよこしなさい!!」

 審査員席からステージに向かって言い放っていた。そして、どよめく審査員席から一足跳でステージに上がる。

 ヒュッ!

 パシッ!!

 したり顔で俺にハンドマイクを投げてよこす『26番』。やはりか。このマイクは、最初から俺の、いや『アタシの為の』マイクだったんだ。

「いい度胸ね、『26番』。誰に喧嘩売ったのか、教えてあげる!!」

「望むところだ!!」


 そう、彼女は音を外したんじゃない。ずっとコーラスを歌っていたのだ。『アタシのパート』を用意して、アタシが出てくるのを待っていたのだ。

 こんな『歌唱力審査』聞いた事がない。でも、面白いと思った。乗ってやろうと思った。

 理由は良く分からないけど、どこかアタシと、いや、『俺』と似ているような気がしたからかも知れない……




 賭けには成功した。俺の撒いた餌に、獲物はしっかりと食いついてくれた。さぁ、ここからだ。

 ここまでして、彼女をリングに引き上げておいて、『俺のステージ』が『エイのステージ』になってしまっては意味がない。

 演出は成功だ。だから後は、全力でこのアイドルと戦ってやるだけだ。

 1曲目の最後に差し掛かる。今までの曲はバラード。次は、ガチ上げのアップテンポ。それはエイのライブの定番セトリをそのままトレースした物だ。

 だから、多分彼女にも次の曲は分かってると思う。

「「『赤い 赤い 赤い 空、 想い 共に 遠い 空へ、それは 遠い 記憶の 物語〜♪』」

 曲の終わり。そのタイミングで、俺は『上に着ていた衣装』を剥ぎ取った。

 DomDomDomDom!!

 そこで始まる前奏、

「「アタシの歌を、聴けえぇぇぇっ!!!」」

 俺とエイの絶叫が重なった。そう、曲はエイのミリオンヒット曲、『Diamond Star Dust』。アップテンポのダンスチューン。イヤホンマイクも、厚ぼったいフリルの下のこの動きやすいきわどい衣装も、すべてはこの曲のダンスの為だ。

「「『Diamond Star Dust〜ッ♪』」」

 ここからは勝負だ、だからもうハモらない。完全なユニゾン。しかも、お互いにカメラの前にカットインし合う形で、ダンスをしながら歌っていく。

 それはさながら、ステージ上の決闘。後にエイのベストアルバム『A』に収録される幻のナンバー『Diamond Star Dust(Fight on stage Ver)』だったりするのだが、それはまた別の話。




「「『星空を越えて、今、夢幻のStoryを奏でて行こう〜♪』」」

 器用に俺の前へ位置取りながら、ダンスする『26番』。この為のヘッドセットか……俺もダンスしながら歌うが、やはりマイクに拾われなくなる時が出てくる。自然曲も彼女の声にマッチして、最早今は、この曲は彼女の曲になっていた。今や俺の方がハモろうかと思ってしまうくらいだ。が、

 やっぱり、簡単に負けを認めるのは悔しい。だから、

「『I wont to be a Star light. 私は今、星になる〜っ!!』」

 俺はいきなり転調する。そして、バックバンドにウインク一つ。

「っっっ!?」

 一瞬のうちに歌の主導権を取り戻す。見れば、驚きの顔で、俺を見る『26番』。でも、

「「『I don’t keep your side. いつだって、自由にいたいから!!』」」

 その俺の声にしっかりとハモりながら、

「っ!?」

 『26番』は笑っていた。




 代わる代わる、奪い合う歌の主導権。流石はアイドル、チャレンジャーである俺が勝てる訳がない。そんなの分かってた。マイクのハンデも物ともしない歌唱力。でも、どうしてだろう?押されているのに、俺はこの状況を、多分、いや、絶対に、

「あはは……」

 楽しんでいた。


 どうかしていたと思う。

 でも、それでもいいと、思えたんだ。

 少なくとも、この時は。


挿絵(By みてみん)




「これは……」

 審査員席から零れ落ちたのは、それ位だった。みな、言葉を失っていた。彗星の様に現れた『神越 瑛』というアイドルの人気と実力は本物だった。地方の寂れたレストランの企画から現われた彼女は、プライベートが一切謎というミステリアスさも受けて、一気にトップスターに上り詰めた。しかし、その殆どは、彼女自身の歌唱力とカリスマ性によるものだ。房木社長が入れ込むのも分かる。他のアイドルとは、オーラが違う。格が違う。

 それが『少女A』という少女の評価だった。

 しかし、

「ま、負けていない……!?」

 ステージ慣れしていないぎこちなさ、恐らく歌唱訓練など受けていない、荒削りな発声。それらが気にならない程の、容姿と、可憐な声。あどけなさの残る容姿に、男勝りな強い口調。アンバランス、故にかき立てられる保護欲。

 1人前の少女Aが『完成された歌声』なら、この少女は『未完成な歌声』だ。

 そもそも、これは『26番』の歌唱力審査だ。彼女と瑛を並べて考える事など、コメント審査の時には、きっと誰も考えなかった。しかし今はどうだ、私以外の審査員の殆どが、『悪くはないが『A』にはまだ遠く及ばない』だとか、『流石にエイ相手だと霞みますな』とか言っている。

現役のアイドルと、アイドル候補を比べて、アイドルが負けるなど、ありえない。

故に比べることをしないのが原則だというのに……

 荒削りではあるが、その演出力も大した物だ。彼女に対する評価は、今『アイドル候補』としてではなく、『アイドル』としてなのである。そこに自分を引き上げたのは、他でもない彼女自身だ。

「これは、とんでもない娘が現れたもんだ……」

「「『I don’t keep your side. いつだって、自由にいたいから!!』」」

 時に瑛をたて、時に彼女を出し抜き自分をアピールする。その舵取りの上手さにも脱帽する。恐らく天性。でも、少なくとも私は確信した。『彼女は、イケル』と。

 周囲を見て、彼女を『アイドル候補』として評価しているのは、多分私と房木社長だけの様だが……





「「『Diamond Star Dust〜ッ♪』」」

 ここからはハミングと、インストだけになる。次の曲は、エイがライブのラストによくつかう曲だ。ここで、また俺にアドバンテージ。エイにはイントロが聞こえて初めてどの曲が来るかが分かるが、俺にはもう前もって分かっている。この差は大きい。何故なら……曲が終わる。そして、

「『今、この声が聞こえますか? どうしても届けたい想い、貴方に〜♪』」

「っ!?」

この曲に、イントロは無いのだから……




「『今、この声が聞こえますか? どうしても届けたい想い、貴方に〜♪』」

「っ!?」

 完全に出遅れた。まさかこの曲を選んでくるとは……この娘、最初から俺がステージに出てくる事を想定して曲順まで決めている。

 先程の様に、いきなり転調されるのも難しい。バラードナンバーだし、曲の頭でというのは流石に不自然だ。するとすれば、恐らく二度目のサビだが、そこまではユニゾンかコーラスに回るしかない。

 やられた。完全に……

 って、よく考えれば、俺は彼女と争う必要は全く無いのだ。流石に負けたくは無いので、途中でステージを降りることはしたくない。まぁ、ステージに上がった時点で、ある意味俺の負けなのだが……ここは、コーラスに徹しようか?そんな風に考えていた時。

「……?」

 『26番』と目が合った。そして、ウインクされる。と、その次のパートはサビパート。まさか?

「「『時を越えて、人を越えて、国を越えても、変わらない想いがココにある〜♪』」」

 そのまさか、ココに来て、彼女はまたコーラスに回ったのだ。予想外の行動に、俺も面を食らう。

「『風に乗せて、音に乗せて、歌に乗せても、届かない想いがココにある〜♪』」

「『風に乗って、音に乗って、歌に乗って、今、届いた声がココにある〜♪』」

 そして、ユニゾンの声。でも、微妙に歌詞を変えている。

「『この声が届いていますか? この想いが届いていますか?〜♪』」

「『その声は届いています。 その想いも届いています。〜♪』」

 それは、答え。アンサーソング。

「『どうしても届けたいから、今、私は全てを詩に乗せて、歌い続ける〜♪』」

「『あなたにも届いて欲しいから、私の全てを歌に乗せて、謳い続ける〜♪』」

 いつの間にか、それは綺麗なハーモニーになっていて、

「『歌い続けるLovesong、 想い続けるLoveSongを貴方に〜♪』」

「『祈り続けるその愛に、謳い続けるLovesongを彼方に〜♪』」

 それは既に、『アタシの曲』ではない新しい『Love Song to U』が、そこに生まれてたのだった。





 演奏が終わった。身体を支配するのは、疲労感と達成感。誰かと思い切り歌う事が、こんなにも楽しいとは思わなかった。振り返るとそこにはエイがいる。その顔も、満足そうな顔だった。

「『26番』……えっと鈴原さんだったかな?」

「あ、はい」

「やるねっ! 次はちゃんと『一緒に歌おう』ね!!」

「え?」

 俺が投げ渡したマイクを、同じ様に投げ渡された。その笑顔は、栞一筋の俺でも見惚れる様な魅力的な笑顔だった。

 颯爽と去る後姿は、凛々しくて、本当に一瞬だが、あんな風になりたいなんて思ってしまった。本当に一瞬だよ?

「君、才能あるよ。絶対に」

「え?」

「『アタシ』が言うんだから、間違いないよ! 頑張ってね、特技披露審査」

 振り向かずにそう言われた時、如何してだろうか?

「はい!!」

 凄く嬉しかったりしたのだった。


 一つ分かった事がある。俺は、歌が好きだった。という事だ。

 心の隅に、本当にこのオーディションに合格したら、本気で歌を歌ってみたいと思う気持ちが、起こり始めていた。自分自身、この時はまだ、気づいていなかったけど……





 こうして、俺の歌唱力審査はドタバタしたまま終わってしまった。当初の予定では、印象付けたいという理由でエイを引っ張ってきてみたが、結果として食われてしまったような気がしないでもない。プラスになったのか、マイナスになったのか、今になっては俺には分からない。でも、

『君、才能あるよ、絶対に』

 このエイの言葉が、今俺の耳には残っていた。と言うか、この言葉しか、俺の耳には残っていなかった。


『エイを舞台に引き釣り出してみる』と鈴原ちゃんは言っていた。コーラスパートをこれ見よがしに歌いつつ、挑戦的な視線を瑛さんに投げかけ続ける鈴原ちゃんを、私は最初、冷や冷やしながら見つめていた。作戦通りに事が進み、瑛さんを引き釣り出した時は、思わず歓声を上げそうになった。どういうつもりなのか、全部聞いていた。聞いていたのに……

「「『時を越えて、人を越えて、国を越えても、変わらない想いがココにある〜♪』」」

 二人の声を聞いて、そのハーモニーに身震いした。全身の毛穴が開くような錯覚。

「『風に乗せて、音に乗せて、歌に乗せても、届かない想いがココにある〜♪』」

「『風に乗って、音に乗って、歌に乗って、今、届いた声がココにある〜♪』」

 二人の喧嘩のようなやり取りも、それはそれでゾクゾクしたが、それよりも、

「『この声が届いていますか? この想いが届いていますか?〜♪』」

「『その声は届いています。 その想いも届いています。〜♪』」

 この二人が織り成す美しい響き。想いをぶつけ合いながら、作り上げる音楽ミュージックは、何故か、涙が溢れた。

「『どうしても届けたいから、今、私は全てを詩に乗せて、歌い続ける〜♪』」

「『あなたにも届いて欲しいから、私の全てを歌に乗せて、謳い続ける〜♪』」

 そして、ふと思った。『どうして私は、あそこで一緒に歌っていないんだろう?』と……

「『歌い続けるLovesong、 想い続けるLoveSongを貴方に〜♪』」

「『祈り続けるその愛に、謳い続けるLovesongを彼方に〜♪』」

 それは、羨望。そして、嫉妬にも似た、不思議な感覚だった。自然と握られた手には、汗。負けたくないと思った。同時に、一緒に歌いたいと、強く、強く思った。


 さて、俺の後に二人。エイがコメントをした少女が歌を歌った。一人は、正直残念な感じ。緊張からか、それとも元々歌が苦手なのか分からないが、終始音を外しっぱなしで、聞いていて思わず唸る様な、見事な音の外しっぷりに、逆に拍手を贈りたい程だ。最早、原曲の面影すら感じない。何と言えばいいか……新感覚アレンジ?多分、新しいジャンルを開拓しているのだろうと思う。だが、これは歌唱力審査。大きく減点されてしまっただろう。

 コメント審査時、トークが面白かった。それは本人も意識しているらしく、曲の間に挟むMCはかなり面白おかしくやっていた。そこが評価されるか分からないが、これもある意味才能だと思う。そんな所だ。

 もう一人は、たまげた。いや、凄いの一言だ。歌唱力は栞並み。MCは前述の少女並み。聞けば、彼女は様々なライブハウスで精力的に活動をしているらしく、ギャラリーの中には彼女のファンも大勢いるようだった。曲も3曲中2曲がオリジナル曲。歌も歌いなれた感じだった。

 こうして見てみると、栞の歌はあくまで超絶上手い素人で、彼女がプロの歌い手だと言う感じだ。……まぁ、それを言うなら、さっき俺の横で歌を熱唱していたエイなんて、それ以上に歌も歌い方も上手かったが……とにかく、素人目に見ても、この『西條 雪那』なる少女が、この歌唱力審査の首位である事が明らかだった。

 と、言うのが、歌唱力審査を終えた、俺の感想だった。





「うーん、この西條さんは強敵だなぁ……」

「そっかな? 私はダントツで鈴原ちゃんだと思うけど?」

「いいって、お世辞は」

「いやいや、お世辞でなくてぇ……」

 良く考えれば、俺達二人もしっかりライバルの筈だが、何だろう、この緊張感の無さは。またも俺の控え室で、俺にくっついて画面を覗く栞は、やはりくっつき過ぎだった。しかし、それを指摘すると……

「いいじゃんいいじゃん♪」

 とか言って、余計にくっついてくるので、もう指摘するのは止めた。俺だって分かってる、100%からかわれてる。そんなの分かってる。分かってるんだ。だから、言わないでくれ。悲しくなるから……




「うん、それについては私も栞君に賛成だな。西條さんは全体的にまとまってはいたが、それだけだ」

「なんか綺麗に纏まっちゃってて、何だか面白くは無かったですよね」

「うん。確かに歌唱力はダントツだが、それは歌唱訓練で誰でもいくらでも補える……魅せる才能と言う点で考えれば、鈴原君のパフォーマンスが圧倒的だったと思うがね?」

「ですよねー」

「「ねーっ!」」

「『ねー』って……」

 俺達二人の会話に割り込んで的確っぽい解説を入れてくるのは、もうすっかりおなじみのメンバーになった深山さんだった。今も画面を見る俺の後ろで、俺の髪をいじっている。なんて言うか、この人も含めて、この部屋の中はのんびりムードで充満していた。そして、先程の意見。評価してくれるのは嬉しいが、贔屓目に見てくれている感が拭えないのと、冷静になると、全然嬉しくないことに気が付いて、それはもう複雑極まりない気持ちでいっぱいだった。今評価されているのは、女としての俺だ。今はそれで良いが、それてあんまり嬉しい事ではない。てか、切ない。俺は男だ!! 今はそれを、声を大にして言えないけどさ……

「そういえば、君達には何か特技はあるの?」

「「ふぇ?」」

「おいおい……」

 不意打ちだが、やはり的確な深山さんの言葉に、俺と栞の声が綺麗に重なった。そういえば、俺に特技と言える特技はあっただろうか?


 …………

 ……

 …

 ない、かなぁ?

 うん、ないな。

「私、歌が得意なこと以外はないなぁ……」

「俺も、これと言って思いつかない……」

 それはもう完璧に考えていなかった。そもそも、特技披露って、何やればいいんだよ?

 漠然としてて、全然分からないぞ??? 特技って、手品とか? 隠し芸的な何かか???

「はあぁぁぁ……駄目じゃん。この子ら、早くどうにかしないと……」

 すっとぼけたことを言っている俺達よりも、深山さんが頭を抱えていた。

 しかし、深山さんじゃないが、参った。






 どうしよう?

 どうしたものか???


 結局何も思い浮かばないまま、控え室を後にする俺と栞。注目を集める為、ステージ上に再びエイを召喚しようかとも考えたが、100%無理だと言う事で諦める。二度も同じ挑発に乗ってくれるものとは思えない。それに……

『やるねっ! 次はちゃんと『一緒に歌おう』ね!!』

 そう、エイに言われたのだ。それなのに、安易に舞台上で一緒になんて無理だ。

 しかし、本当に何も思いつかない。

 俺の特技って何だろう? 特技って何だ?

 特殊技能の略だろうか?

 だとすれば、他の人と異なる何かでなければならない。何がある? 髪のバイトしたたけど、髪が綺麗だなんて、それこそ見た目のアピールをするような審査項目ではないはずだ。何か、自分らしさをアピールする……きっと、そんな項目なんだと思う。

 自分らしさか……

 俺らしいって、何だろう?

 そう思って、いつもの自分の姿を想像してみた。制服来て、下駄箱の手紙にゲンナリして……


 そして、何故だろう。

「………」

 俺は携帯を取り出して、迷わず電話をしていた。

 プルルルルルル……

 ッ……

 数回とコールせずに、相手は電話に出た。

「おう、どした健介?」

「あぁ、………和真」

 自然と電話をかけた先は、

「何だよ? どうかしたのか?」

「あ、別に……なんでだろ?」

 和真だった。

「なんかさ」

「うん?」

「急に和真の声が聞きたくなった……」

「っっっっっっっっっっ!? ガタゴトゴトンカンカンカンッ!!!」

「わぁっ!?」

 もの凄い音が鳴って、俺は思わず受話器から耳を離した。多分和真が、携帯を落としたんだと思う。ああ、驚いた。

「わ、わり……携帯落とした」

「あ、うん。大丈夫か?」

「ああ、………パアァッンッ!!」

「にょわぁっ!? 何? 何が起きた!?」

「いや、蚊だ」

「ああ、そう」

 電話越しの炸裂音は、最近和真が良くやるボケだった。

「ぷっ………あははははっ!!」

「な、何だよ、どうした!?」

「ううん、何か思い出した。……うん、俺の日常ってこんな感じだなって」

「はぁ?」

 和真は正直置いてきぼりだが何だか、凄く大事な事を思い出した気がする。深く考えちゃ駄目かもな。ここは、アホな奴に聞いてみるのがいいかも知れない。

「ああ、こっちの話。……あ、そうだ。和真、俺の特技って何だろう?」

「はぁ? 何だよ藪から棒に」

「えっと、はしょって説明すると、特技をなんか見せなきゃいけない状況になったんだけど、何をしていいのか思いつかなくて……」

「ふーん……お前の特技ねぇ……『男にモテる』とか?」

「後で、オシオキな」

「ははは……冗談通じねぇ奴だな……そうだなぁ……何かあるかなぁ?」

 冗談を交えながらも、多分真剣に考えてくれている和真。電話越しにも、その顔が想像出来てしまって、思わず苦笑いだ。

「『真剣に作るのに、クッキーを黒焦げにする』とか、最早特技じゃね?」

「それは特技じゃない。駄目な方だろ……しかもそれ、姉ちゃんがちょっかい出すからだし」

「『潜水で25mプール往復したことがある』っ! とか?」

「ああ、そんなことも合ったな……お前に騙されて、変な錘つけたせいだったけどな……」

「『ダーツが鬼上手い』とか? 刺さったダーツの矢にまたダーツを指すとか、某漫画みたいなことも出来るし、狙い間違ったダーツにダーツ当てて、目標修正したり出来るじゃん?」

「ああ、それは確かに使えそうだけど……今回はどうなんだろうなぁ?」

「駄目か……」

 普段どおりのやり取り。普段どおりのアホな会話。

「そういえば、思い出したけどさ」

「ん?」

「お前、前も同じ様な事で悩んでなかったか?」

「前?」

 和真の言葉に、過去を振り返ってみてみたが、心当たりは無い。

「あったっけ?」

「えーと、確か……そうそう、小学校6年の時だよ」

「???」

「周りの連中がお受験始めてさ……面接の練習とか一緒にやってる時に……」

「ああ」

 思い出した。受験の面接の真似事をしている時に、『俺には特技がない』と泣き出した事があったっけ……

「それにしても……」

「なんだよ?」

「和真、お前よくそんなこと覚えてるな。俺全然覚えてなかったぞ?」

「……な、なんでだろうな?」

「……それは、お前じゃないから分からないけどさ……その時は、どういう結論になったんだっけ?」

「ん?」

「いや、確か俺、何かに納得して、自分の特技を見つけた気がしたんだけどさ……覚えてないんだ」

「覚えてないなら、それほど重要じゃないんじゃないか?」

「うーん……」

 何故だろうか?確かに和真の言うように、どうでもいい事の様な気もするのに、気になって仕方ない。

「あ」

「ん? どうした、何か思い出したか、和真?」

「あぁー、いやぁ……凄くアレなことを思い出したというか……何というか……」

「何だよ、気になるじゃんか!?」

「いや、そのなんだ? えーとだな……幼き日の俺が、恥ずかしげも無く言った言葉を思い出しただけだ」

「どんな言葉だよ……?」

「それは……」

「あ……」





「結局、これといって決定的なものは見つからず仕舞いか」

「うーん、私はとりあえず、もう一回別の歌を一杯歌おうと思います」

「ま、それもありだよな。栞君位歌が上手ければ、全然それでいい筈だ」

「そうですか! 頑張ります!」

 控え室を離れ、俺達はステージを目指して移動していた。特技披露審査には準備などの時間がまちまちになるだろうという主催者側の配慮で、発表順は決まっていないらしい。様は準備が出来たら、順番に発表しろって事のようだ。

 結局栞達と、ああでもないこうでもないなんて話していたら、準備をしている訳でもないのに、そろそろ発表順も終盤に差し掛かり始め、そろそろ行かないとやばいだろ?的なノリになったので移動している訳で……別に、各自の特技はお互い見つかっていない。まぁ、栞に関しては、俺も『歌』が一番いいだろうと思うし、本人もそれで行くつもりらしいのでいいとして、問題は俺だった。まぁ、自分の無能っプリは自分が一番良く分かっているが、考えても考えても思い浮かばなかった。

 小6の時と全く同じ。いくら考えても、自分でも思いつかなくて、

「鈴原ちゃんはどうするの?」

「ん……何とかしないとなぁ……って感じ」

「つまり、思いついてない訳ね」

「いや、無い訳じゃないんだけど……」

 和真が言ったアレが、果たして『特技』と呼べるほどの物だろうか?でも、今のところ、俺にあるカードはそれしかないのだ。後は歌唱力審査の時と同じだろう。要は魅せ方だ。『アレ』の効果的なアピール方法を、残りの時間を使って、何とか考えるしかない。

 「友達に相談したら……」

 またしても俺は二人に耳打ちで自分の『特技?』を伝える。

「あはは! それは面白いと思うよ! 後はその良さをどうやって審査員さんに伝えるかだね!」

 とは栞さんの談。

「いやそれって『特技』なのか? 仮にそれが特技だとして、どうやってアピールするんだ?」

 とは深山さんの談。

 正直、深山さんに賛成。


 もう、アレです。賭けとかそんなたいそうな物ではないです。これはもう、やけくそとかそういう部類の物です。

 頑張るしかない。でも、これしかないんだから、仕方ないさ。


 自分の無能さに噎び泣いた。





 拍手の元に栞の発表が終わり、なんと大ラスが俺だった。もう、その段階で俺終わったと思ったね。栞の歌の後って言うのが、余計にだ。ただでさえ、微妙な特技なのに、出だし『大丈夫か?』と言う評価をひっくり返した栞の発表は、俺にはどう考えても良い影響を与えそうにない。まぁ、心が安らいだけどさ。

「えっと、26番 鈴原 ケイトです」

「はい、鈴原さんは特技欄に何も書かれていませんでしたが、今回はどの様な特技を見せてくれるんでしょうか?」

「はい、その、えっと……」

 ステージに立ってしまった。ってか、もう俺が最後なんだから、どうしようもない。

 そうだ、もう、こうなったら、正直にこのしょぼい特技を披露するしかないじゃないか。人はそれを『開き直り』とか言うのかも知れないが、そんなものどうだっていい。

「実は俺、特技って言える特技は、無いんです」

「ほう……」

 その言葉に、審査員は何故か食いついて来た。それは多分、先程の歌唱力審査のせいだ。あれだけ大それたことをやってのけた俺に、『また、今度は何をしでかすんだ?』と期待しているのだろう。出来れば、その期待に応えたい所だとは思うのだが……

「多分、皆さんが期待しているようなことは、もう出来ないです。正直アレで出し尽くしちゃったかなって……」

「……」

 審査員達の無言が怖い。でも、

「だけど、『特技披露』なんて審査がある以上、自分の特技って何だろうって考えたんです」

「……」

「でも、思い浮かばなくて……あはは」

 そして、毀れるのはただ、『笑顔』。

「友人に、いや、親友に相談したんです。『俺の特技って何だろう?』って……そんなん分かるかってって感じだったと思うんですけどね……」

 和真の顔を思い出したら、少し安心した。

「そいつが言ってくれたんです。『お前の特技はこれしかないって』……本当に、特技って言えるか分からないけど……」

「………」

 審査員の沈黙は、いつの間にか、重苦しくなくなっていた。その理由は、当然俺には分からない。

「だから、俺の特技は……」

「……いい、お友達を持っているのですね」

「え? あ、はい」

「……貴女の特技。私に当てさせてもらっていいですか?」

「ふぇっ!?」

 予想外の展開に、目が白黒する。真ん中に座った、柔和な表情のおっさんの言葉。さっき深山さんに聞いた。あの人が房木社長。盲目の凄腕社長だそうだ。自身も作詞・作曲を手がけると言う。その人が、本当にこちらもほっとするような優しい声で言ったのは、俺の特技を当てたいという発言。正直面食らったが、逆らう理由も、拒む理由も無いので、

「あ、はい。どうぞ」

 最大限の『笑顔』を向けて、そう言った。

「ありがとう。……恐らく、我々の大半は、もう貴女の特技がなんだか想像は付いていると思います」

「っ!?」

「そして、まず、それに気付いていない審査員と会場の皆さんに言って置きたい。きっと彼女の特技に気付いていない方達は『前置きはいいから、さっさと特技を披露しろ』と思っているでしょう。でも、それは違う」

 立ち上がり、会場をその見えない瞳で見渡して、房木社長は言った。

「彼女の特技。それは、ステージに上がってから今まで、それは豊かに湛えられた、彼女の『笑顔』です」

「っ!?」

 会場中に、どよめきが広がる。だって、それは在り得ない言葉。当たり外れの問題ではない。だって。だって、房木社長は、盲目なのだ。

「違いますか、鈴原さん?」

 そういって振り返る社長の笑顔。

 そして、それは、

「はい、当たりです。……こんなのが特技になるかどうか分かりません。でも、その親友が言ったんです。『お前の笑顔は、どんな人も幸せなやさしい気持ちにしてくれる。魔法の様な笑顔だ』って」

「そうですね、まさに『魔法の笑顔』だ」

「でも、房木さんは、目が……」

 正解だった。だからこそ、俺は驚いていた。どうして、彼は俺の表情が分かったのか? どうして、それが俺の特技だと思ったのか?

「はい、残念ながら、貴女のその『魔法の笑顔』を私は見ることが出来ません。ですが、貴女の声や雰囲気を感じることは出来る。そして、審査員達の雰囲気、会場の雰囲気も」

「……そんなことで……」

「私は目がこんなですからね、他の部分を必死に動員して、いつも周囲にアンテナを張っているんです」

 本当に柔和な笑顔でそういう房木さんは、確信を持って続けた。

「貴女が、朗らかな声で挨拶をした時、会場からため息が漏れました。そして、審査員席の雰囲気が、一瞬にして弛緩した。今回のオーディション中で、恐らく一番、穏やかな雰囲気に一変した。そのきっかけは貴女の穏やかな声だった。でも、声だけでは人はそこまで安心出来ません。そこに伴う、何らかの表情……それが伴って、初めて人に安らぎを与えられるのだと、私は勝手に思っています」

「……」

「私には見えないが、分かるんです。貴女の表情が、声から、雰囲気から伝わってくる、優しい気持ちが……申し訳ないが、ここまで来てくれませんか?」

「あ、はい」

 呼ばれて、俺は駆け足で房木さんの下へと近づいた。そして、

「失礼」

「ふわっ!?」

 突然、房木さんは俺の頬を触れた。

「スイマセン、突然でびっくりさせてしまいましたね」

「いえ、大丈夫です」

「うん、いい顔だ」

「え?」

「いい笑顔です」

 そういって、優しく俺の頬を撫でた。いやらしくも無く、本当に優しく……それは、亡き祖父の手に似ていた気がした。

「ありがとう、本当にすばらしい特技でした」

「は、はい!!」

 房木さんの優しい声に、俺は全力の笑顔で応えた。そう、俺の特技。


挿絵(By みてみん)


 それは、『笑顔』なんていう、特技と言えるかどうかも怪しい物だったけど……


 これが、本当に、俺の特技なのかも知れないと、房木さんが思わせてくれた。


 和真に感謝だ。


 こうして、俺の特技披露審査は終わったのだった。

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