BATH CHAOS
第1章 BATH CHAOS
シャアーーーーーーーーーーーッ!
「のうわぁっ!? 冷てぇ!?」
もうすっかり、シャワーを浴びる気で風呂場に立ってみれば、シャワーから降り注いだのは、それはもう、冷たい水だった。スッキリする気満々だったのに、このやるせない気持ちを、俺は何処にぶつければいいんだ!?
「母さん! シャワーからお湯でない!!」
「だから、今朝言ったでしょ。和真君ところでお風呂にしなさいって……」
「あれ? そうだっけ?」
怒りに任せて母さんを怒鳴ってみたが、思い返してみれば、そんな話をさせていた気がする。えーと、うん。把握。今朝そんなやり取りしたな。うん。確か、朝ごはん食べてる時だった。あれだ、俺はTVの『今日のにゃんこ』に夢中だったときだ。なら仕方ないな。うん。
「でも、だったら、服脱ぎながら風呂場に向かう息子を止めろよ……」
「台所から見えたあんたはまだ服着てたわよ」
「むぅ……っくしゅ」
いい加減寒いので、俺はとりあえず適当な服に着替える。濡れた髪を乾かさないと、風邪ひくし痛む。
「あんた、ヘアケアちゃんとしなさいよ。商売道具なんだから!」
バフッ!
「うえーい……」
姉ちゃんに質のいいタオルを投げつけられる。はぁ……俺の髪は資本だ。とは、姉さんの談だが、それで稼がせてもらっている以上俺も文句は言えない。手タレとかあるじゃん? アレの髪版を俺はやっている。モデルをやっている姉ちゃんの紹介で、まぁ、バイトみたいなものだ。一回の仕事で諭吉がいっぱい。しかも、ほとんど動かなくていい。こんなおいしい仕事はない。
「あ、和君のとこ行くんなら、私も行くからちょっと待ってて」
「えぇ〜……」
「何? 何か文句?」
「いえ……」
さて、そろそろ不思議に思う人もいるかも知れないので、説明が必要だろう。俺の家の風呂がぶっ壊れたのは言うまでもないが、そこから何故『和真』が登場するのか?皆さん疑問に思うだろう。それもその筈だ、一見無関係に見える。ってか、聞こえる。
「和君とこだと歩いていくの面倒じゃん。遠いし」
「だからって、俺のチャリの後ろに乗る気満々なのはどうかと……」
「男の子でしょ!」
「こういう時だけ、しっかり男扱いですよ」
「ああ、もう、うるさい!!」
今の会話で、和真の家が遠い事も分かっていただいただろう。さぁ、謎は深まるばかりだが……
「さ、じゃあ行くわよ。しっかり漕げよ、男の子!」
「はいはい……はぁ……」
姉ちゃんにせかされて、俺は夜道にチャリを走らせた。
「はぁ……はぁ……」
姉ちゃんは重かった。
「ほーらー……遅いぞ、男の子!」
「ぜー……はぁ……」
言わないけどね。死にたくないしね。
しばらく自転車を漕いで………
「やっと到着か……健介。運動不足じゃない?」
「ぜぇー………ぜぇ〜…………」
貴方が重いんです。なんて、口が裂けても言えないし、今は喋れない。喋れたとしても、俺は自殺願望はないので、言わないけどな。
姉ちゃんは強い。空手2段、剣道3段だ。モデルやってるから、自分のみを守るためと中学の頃に始めた格闘技は、弟の俺から、姉に逆らう気持ちを失わせた。命あってのものだねだ。
「じゃ、私は行くけど……2時間はかかるから、あんたもそのつもりでね」
「あ、うん」
そう言うと、姉ちゃんは『赤い方の暖簾を潜って』和真の家に入っていった。もうお分かりだろう。
「あれ? 香澄さん。どうしたんすか、珍しい」
「ああ、和君今日は番頭さん? 家のお風呂壊れちゃってさ、しばらくお世話になると思う」
「毎度!」
「えぇー、まけてよ、ってかただにしてよぉ〜! 私たちの仲じゃない?」
「あはは、もちろんですよ。お代はいりません」
「さっすが、分かってる!」
「でも、飲み物とかは駄目ですよ。親父にぶっ飛ばされますから」
「あはは、そこまでずうずうしくないよ」
「あはは」
この姉と和真のやり取りでお分かりだろうが、そういうことだ。
「というわけで、正解は『銭湯』でした」
「何言ってんだ、お前?」
「や、独り言」
「ふーん」
俺も寒いので、そそくさと男湯に入る。と、入り口で和真に独り言に突っ込まれた。
「で、お前はまさか、この混雑の時間に入るとか言うんじゃないだろうな?」
「駄目なのか?」
あ、何その『うわ、コイツ全然分かってないよ』って目。銭湯に来て、風呂に入らないとは一体どういう用件だ。
「いや、実際お前自身がその目で確かめた方が良いかもな」
「はぁ?」
「いいよ、好きにしな。……でも、最初にその帽子は脱げよ」
「??? なんでお前に脱ぐ順番まで指定されなきゃらならいんだよ……まぁ、常識から考えて、お前の言うとおりになるんだけどさ……でも、アレだぞ、お前が言ったからじゃなくて、ごく一般的な常識からの行動だからな」
和真とそんなやり取りをしながら、俺は空いているかごを見つけて、前に立つと、そこに持ってきたタオルやらを入れて、目深にかぶった帽子を取った。
ファサァッ!
シャンプーの宣伝よろしく、ふわりと広がる俺の髪。流石に日ごろの手入れを怠っていないだけあって、それはもう、理想的に広がった。……まぁ、銭湯の脱衣所で、理想的に広がる必要は皆無なのだが……
ザワザワザワッ!
途端、脱衣場が騒がしくなる。
「え? 何で女の子が男風呂に!?」
「お父さんと一緒って年でもないよな!?」
「やっべぇ、めっちゃ可愛いんですけど!」
「幼児体系なのか? それともまさか、アレで男なのか!?」
「いやいやいや……でも、ここ男湯だよな?」
「でもっっっ!」
「いやしかしっっっ!」
聞こえてくる会話から判断して、それなりの年齢の女子が、脱衣所に紛れ込んだらしい。
「???」
俺は、これでも健康な男子高校生だ。周りが騒然となるほどの女の子の脱衣シーンともなれば、黙ってはいられない。……が、
「女の子なんて、何処に?」
いくら見渡しても、それらしい子は見当たらない。不思議に思って、和真に視線を投げかけると、
「………っっっ!!」
必死に笑いを堪えていた。って言うか、それを通り越して、呼吸困難に陥っていた。
「あ」
そして、理解した。俺の呪わしい容姿だ。
「ぐぬ、そういう事か……」
つまり、話題に上がっている『女の子』は俺なのだ。
「和真の言いたかったのは、これか……」
なんというか、好奇と興奮の視線が俺に集中している。そういえば、和真の銭湯に来たのは、小学6年の冬以来だ。あの頃は、そんなの気にならない年だったしな。この年になって、いや、この呪わしい容姿を手に入れてから、ここに来たのは初めてだった。
……周囲を見て思う。俺もそうだが、男ってのはどうしてこう……
「キモイ」
のだろうか……
「和真」
「っっ……んん?」
「空くまで、お前の部屋にいる」
「ん、それがいいと思うぞ」
「はぁ……」
本当に、うんざりだった。
俺は、喧騒を抜けて、奥の従業員用の出入り口から、和真の家、御手洗家にお邪魔した。
「あはははははーっ! ほんらことはにゃいれすろー!!」
階下から聞こえるのは姉ちゃんの馬鹿笑いの声。アレは多分酔ってる。絶対酔ってる。関わりたくないなぁ……帰りに絶対関わるのだが。
「ん? ………そろそろいいか」
時計を見ると、そろそろ空く頃だ。俺は和真に『清掃中にしておけ』とメールで指示をだして、和真の着替えと自分の荷物を持って和真の部屋を出た。階下のドンちゃん騒ぎが一度近づいて遠ざかる。窓からのぞく夜空は、星が凄くきれいだった。
カラカラカラ……
「お、丁度一回客がはけたから、清掃中にしたぞ」
「さんきゅ」
そう言って、番頭に戻ろうとする和真に着替えとタオルを投げつける。
バフッ!
「なんだよ? って、俺の着替えじゃん!」
「一緒に入るだろ? せっかく銭湯に来てるのに、一人で入るなんて、つまんないじゃん」
「……ああ、……って、えぇ!?」
長時間清掃中にするのは迷惑だろうし、俺はさっさと服を脱いでいく。
「って、おい! そんなほいほい脱ぐな!」
「脱がなきゃ、風呂は入れないだろうが……何言ってんだ、お前は?」
顔に俺の投げつけた服なんかを載せたまま、前も見えないだろうに俺に何だか意味の分からないことを言ってくる和真。そんな事を言われている間にも、俺はすっかり服を脱ぎきって、和真の方に歩いていった。
「お前は馬鹿か? さっさと脱げ。馬鹿野郎」
「わーわーわーっ! 痴漢! 止めて! 変態!!」
「変なこと言うな! 今更何を恥ずかしがってるんだお前は?」
俺がすっかり服を脱がしきった頃には、
「うぅ……もうお嫁にいけない」
「いや、お前は嫁を貰う方だから」
何かさめざめと泣いていた。
カラカラカラッ……
「おぉ……」
久しぶりに来たが、うん、銭湯はやっぱりいい。大きな風呂。タイル張りの床。立ち込める湯気。何処からともなくカッポーンという音が聞こえてきそうな風景。
「壁の絵が富士山じゃないのが残念だな」
「女湯は富士山だけどな」
「そうなのか? 何で男湯はエベレスト?なんだ?」
「『男はでっかくなきゃならない!』って言う、親父の考え」
「ふむ、おっさんの考えが良く分からん」
「俺もだ」
後から入って来た和真と会話。しかし、違和感を感じて、そちらに向き直る。
「わぁっ!? 馬鹿!! 急にこっち向くな!!」
「はぁ? 何言って……なぁ、なんでそんなバスタオル持ってんだ?」
俺の方を向こうとしない和真。そして、その手には大きなバスタオルが握られていた。
「風呂の中ではそれは使わないだろ?」
「いや、必要だね! 今の俺には、いや、お前には絶対必要だね!!」
「はぁ????」
もう、訳が分からない。俺に必要? 一体何を言ってるんだこいつは?
「てか、腰にタオル巻くなよ? お湯に繊維が浮かんじゃうぞ?」
「きゃあーーっ! 止めろ! 何で当たり前の様にタオル剥ごうとするんだ、お前は!」
「や、風呂でんなもん巻くな。俺もほら、巻いてないだろ?」
「きゃーーーっ! こっち向くな! 馬鹿! 馬鹿!! これを巻け。胸から下に、くるりと巻け!! さもないと、大変だぞ! 俺の大切な何かが失われるぞ!!」
「何言ってんだ、お前は?」
キャーキャー喚く和真のどうしてもという申し出で、仕方なく俺は、大き目のバスタオルを胸から下に巻く事になった。必死に説明する和真の説明で、何となく分かったが……和真曰く「お前だって分かってても、その見た目はヤバイ。お前相手に欲情なんてしたくないから、それを巻け。巻いてください、お願いします」だそうだ。意味が分からないが、気持ちは分からないでもない。鏡で自分を見て、欲情するわけがないが、客観的に見て、俺の容姿は、残念ながら女性のそれである事は認めざるを得ないのだから……
しかし……
「おい、お前の要望どおりタオルまで巻いてるのに、どうしてこっちを見ようとしないんだ、お前は!?」
「俺が馬鹿だった……これ逆効果だろ、馬鹿だろ、俺……」
一向に俺の方を見ようとしないで、ブツブツ何か言っている和真に、頭にきて、文字通り頭を掴んで、無理やりこっちを向かせたら、
「ぶっ!!!」
「のわっ!?」
のぼせたのだろうか?鼻血を出して、和真は倒れてしまったのだった。
「何だこりゃ? 意味が分からんぞ」
とんだ銭湯の夜だった。
いい湯だったけどさ。
教訓、今の俺は、銭湯やプールなどは考えて行動しないといけないようだ。
って、こんな感じで学校のプールの授業とかどうするんだろう?………まぁ、夏までにはみんな慣れるか。
Kazuma Side
俺は、濡れタオルを体に巻いた健介を見て、自分の失態に気が付いた。
や、これって、余計にやばいよね。あんなタオルの巻き方させたら、もう女の子にしか見えないじゃん!
馬鹿! 馬鹿、俺! 大馬鹿!!