『お姫様』は男の子
第一話 『お姫様』は男の子?
俺の周りは、アホが多い。
「はぁ……」
「どうしたよ、健介」
「まただよ……」
「……またか」
環境も悪いのかも知れないが、本当に、なんと言うか、馬鹿が多いのだ。例えば、こんな馬鹿だ。
「何々? 『鈴原 健介様。私は、2年A組の宮元 遥と申します。何も言わず、放課後、屋上に来て下さい。大事なお話があります』 ……あー、うん、アレだね。こう、ファンレターですね。性的な意味の」
「いや、性的言うな」
まぁ、簡単に言えばラブレター。高校生である俺が貰うのだがら、それなりに嬉しい訳であるが……
「はぁ、これが共学の学校とかなら、喜びもするけどさ。この学校、男子校だぜ?」
「ああ、残念ながらな」
そうなのだ、男子校である。俺は今年この私立宮ノ前高校に入学した。まぁ、受験で本命に失敗。晴れて私立の男子校の学園ライフである。笑いたきゃ笑え、ちくしょうめ。
「で、お前。これで何人目?」
「止めろ、思い出したくもない」
入学してまだ3ヶ月。7月の暑い日差しを窓の外に眺めながら、俺は思い出したくもない事を、思い出していた。えーと、数えたくもないが、数えてしまったので一応言っておくと、これで15人目だ。月に5人のペースである。誰か、何とかしてくれ。俺にその趣味はない。ってか、好きな子もいるんだぞ。全く。まぁ、誰にも言ってないがな。恥ずかしいじゃん? あれ? そうでもない?俺は恥ずかしいんだ!!
「俺の知る限りだと、15人目だな」
「しっかり数えてるなら聞くな」
「そういうお前も、しっかり数えてるのな」
さて、俺は別に一人芝居をしている訳ではない。そんな悲しい生き物じゃない。今俺と会話をしているのは、俺の小学生からの友人、というか腐れ縁の御手洗 和真だ。ちなみに、悲しいくらいイケ面だ。今時珍しく、他校の女子にファンクラブがある程の人気っぷりだ。なんて言うか、少女マンガのノリだ。何だ、それ、ふざけんな。何人かファンをよこせって話だ。
「や、お前にも在るじゃん、ファンクラブ」
「止めろ、それも思い出したくない」
「えーと……『鈴原の宮姫護衛団』だっけ? 結構な人数の会員を誇るらしいじゃん?」
「それが、他校の女子とかなら、諸手を挙げて喜ぶけどな」
「あはは……まぁ、確かにうちの学校のファンクラブだけどさ……」
ってか、人のモノローグに突っ込むなよ。……まぁ多分、考えてた事が口を付いて出ていたのだろうが……俺は、見たとおり嘘がつけない性分なので、そういった少々厄介な癖もある。基本的に何か頼まれても、
「あ、鈴原。悪いんだけど、これを職員室に届けてくれない?」
「めんどい。他を当たれ」
と、正直にお断りする。
「や、俺、これから用事あってさ……鈴原確か、今日提出物を職員室に持ってくるように言われたじゃん?」
言われて見れば、そうである。だとすれば、ついでにということなのだろう。ふむ、理にかなっているな。
「んな事よく覚えてたな。俺すら忘れてたぞ?」
「いや、さっきの帰りのHRのときの話だろ?」
「5分以上前のことは、もう大過去の時制なんだ、俺には」
「そうか、で駄目かな?」
「いや、ついでだし引き受けよう。しょうがないな」
「サンキュー、助かるよ」
「次はないぞ」
「はいはい」
こんな感じだ。
「あいも変わらずの御人好しぶりだな。別に提出は今日じゃなくてもいいって、こば先言ってたぜ?」
「まぁ、提出物は早く出す方がいいぞ。その方が教師達の印象もいいしな」
「そんなもんかね?」
「そんなもんだ」
さて、話がそれたな。何の話だったか?
そう、ファンクラブの話だったな。
「お前は女子に大人気で、俺は男子に大人気って言うのが納得がいかない。何でだ?」
「や、それは間違いなく……」
そう、間違いなく、この続きはもう、聞き飽きている。
聞き飽きているだけに、悲しいというか、虚しいというか……
「そこらのアイドルなんか目じゃないくらいの、可憐な容姿のせいだろうさ」
そうなのだ。俺の目の前の男が、そこらのアイドルなんか目じゃないくらいの、美男子なら、俺は友人たちに言わせるところの、美少女だそうだ。
「はぁ……こんな顔に望んで生まれたわけじゃない!」
「破滅的不細工よりは、いいじゃんか?」
「そういう問題じゃないだろ!!」
「っ!?」
慰めにならない言葉を連ねる和真に、頭突きを食らわせるつもりで突っ込んだら、真っ赤な顔をされて目をそらされた。
「なんだ? どうした和真?」
「あ、いや、なんでもないなんでもない」
「??? そうか」
とかまぁ、じゃれてるうちに和真の部活の時間になっていた。
「お、そろそろ俺は部活に行くけど」
「ん。じゃ、俺はバイトに行く」
「じゃ、帰りによるよ」
「おう」
物凄いスピードで去っていく和真。サッカー部の先輩は厳しいので有名だからな。せいぜい絞られないようにするといい。
「ぬ……しかしどうしたものか」
俺は、先ほどの手紙を見つめて、悩むのだった。すっぽかすのは失礼な気もするが、男と付き合うなんて、気持ち悪い。
「丁重にお断りしてこよう」
結局俺は、バイトに行く前に、その事を片付けることにした。
じりじりと肌を焼く日差しに照り付けられながら、俺は今屋上でイライラしていた。
「だからっ!! 俺は君のその愛らしい、いや、愛くるしいところに、心を奪われてしまったのだよ!」
「はぁ……」
もう、かれこれ5分以上、俺の容姿が如何に可愛らしいかを熱弁する、宮元先輩。男が可愛い可愛い言われて、喜ぶとでも思っているのか、この変態は? てか、死んでくれないかな。ウザイし、キモイし。
「鈴原。君の為なら、俺は死んだっていいと思っているんだ!!」
「あ、本当ですか? ああ、良かった。だったら今すぐ死んで下さい。丁度ここ屋上だし、飛び降りれば一発なんじゃないですか?」
「えっ!?」
もう、丁度良く素敵な申し出があったので、俺はそうお願いした。正直来るんじゃなかった。気分が悪い。っていうか、気持ち悪い。宮元先輩の見た目も気持ち悪い。告白してくるなら、せめて鏡を見てきて欲しい。和真クラスなら、告白の言葉を気の効いたものにすれば、少しはぐらつくかもしれないのに……
「あ、そうそう、お返事だけ伝えておくと、俺にそんな趣味はありませんので、今後一切、俺の前に現われないでください。正直気持ち悪いです。出来れば俺の前では息をしないでいて欲しいくらいに」
「Noooooo!!」
「あ、そうだ。バイト行かないと遅れるな……」
そう、丁重にお断りを入れて、俺はバイトに向かうのだった。ああ、時間と笑顔と酸素を無駄にした。ああいう輩は、呼吸をしないで欲しい。環境破壊だ、我々の宇宙船地球号は大事にしないといけないと思う。
翌日から2週間ほど、宮元先輩は学校を休んだらしい。風邪でも引いていたのだろうか?うつらなくて本当に良かった。
「おつかれでーす」
「あ、鈴原ちゃん、おつー」
バイト先に到着すると、すでに栞は制服に着替えて給仕をしていた。この時間はまだアイドルタイムだが、もう暫くすれば、混雑になる時間だ。
「カプチーノのお客様〜」
「あ、俺俺」
軽薄そうな男が、気安く栞に話しかけてる。何が『俺俺』だ! あれか? 今流行の『俺俺詐欺』か?そんないやらしい目で栞を見るな、穢れたらどうするんだ!
「……」
などと思うのだが、口には出さない。ってか、出せない。だって、栞に絶対気持ち悪がられる。俺がそういわれたら、気持ち悪いもの。
「鈴原ちゃんもさっさと着替えて来てよ。そろそろ忙しくなる時間だよ?」
「ああ、分かった」
栞にそう催促されては仕方がない。俺は急いで更衣室に行くと、鞄やらをロッカーに叩き込んで、すぐさま制服に着替えるのだった。当然男子用だ。以前店長に『女子のも着てみれば?』といわれた時は、丁重に股間を蹴り上げてやったのだった。
「お待たせしました。オーダーがまだのお客様は?」
「4番テーブル」
「了解」
俺がバイトしているのは『珈琲喫茶ミルク』だ。どっちだよ、と突っ込みたくなる店名なのに、不思議と中々の人気店だったりする。何故かと問われれば、
「あ、いらっしゃいませー」
はい、ご想像のとおり、栞です。実は来客の殆どが栞目当てのお客様なのだ。いや、当たり前だよ。栞だもん。ちなみに、こちらも皆さんのご想像通り、彼女が俺の好きな人である。何だよ、文句あるか? 好きなものは好きだからしょうがないだろ? あれ? これどっかで聞いたことあるフレーズだな。……気のせいか。
「鈴原ちゃーん! カフェオレ3番テーブルさんにおねがーい!」
「お、おう!」
まぁ、時給も割りといいのだが、その、なんと言うか……あれだ、うん。そうなのだ。
しかし、告白とかは絶対しない。いや、出来ない。というのもだ、
「鈴原ちゃん、鈴原ちゃん……」
「ん?」
小声で声をかけてきた栞の用件を俺は知っている。そして、それが俺が告白をしない理由でもあるのだ。
「今日も……彼、来るの?」
「……ああ、来るって言ってた」
「わぁ……ど、どどどどどうしよう? 鈴原ちゃん、私今日変じゃない?」
「ああ、大丈夫。十分、か、かかか可愛いよ」
「ありがと! お世辞でもうれしい!」
そう、彼女と俺が2週間という短期間で、こうして仲良くなれたのも、皆さんご存知美少年、和真様のおかげである。簡単な話が、彼女が想いを寄せている相手、それが和真なのだ。ちなみに、彼女も彼のファンクラブの会員だ。なんと驚く事に1桁ナンバーの古株らしい。
最初俺が、どうやって話しかけようか悩んでいたところに、彼女の方から声をかけてきた。もう、俺は、本当に今思うと恥ずかしい妄想なんかをしてしまったりもしたが、ふたを開けてみれば、こうだ。仲良く慣れたのはうれしいが、完全に友達。もしくは相談相手である。はぁーあである。
忙しい時間をやり過ごして、そろそろ閉店時間という頃、若干汗臭い客が元気よく入ってくる。
カランカランッ
「らっしゃい」
「や、それは八百屋だろ?」
「いらっしゃーい」
「それは三枝」
勿論ご他聞にもれず、和真である。サッカー部の練習帰りにここに寄るのが、もはや和真の習慣になっていた。
「あ、和真君こんにちわー」
「や、こんばんはーの時間じゃね?」
「あ、やだ、そっか。こんばんはー」
「はいはい、こんばんわ」
俺とのコントもそこそこに、席に案内するのと同時くらいに、和真に気付いた栞がやって来る。悔しいが、見目麗しい二人は、見た目も含めてお似合いだと思う。それは、店の常連や店長も同じ意見のようだ。そうして、しばらくは、栞と和真の雑談タイムだ。その間俺は、客の対応をする。俺が栞に出来る、数少ない気遣いだ。もはやこれも日課である。
「でね、今日も鈴原ちゃん一見さんと例のやり取りしてたんだよ」
「ああ、気の毒に……」
「ねー」
漏れ聞こえてくる会話の話題は、どうやら俺らしい。多分今日、客と『俺は男だ!』と揉めた話だろう。何処に行っても付きまとうその話題に、俺はうんざりだが、二人にとっては楽しい会話のネタらしい。
そして、胸の奥がチリチリと痛む。親友にヤキモチなんて焼くのは、正直どうかと思うが、これはどうしようもない。
ああ、この顔が恨めしい。
もしも、俺が女なら、この顔をどう思ったのだろう?そんな事を考える事もある。
いや、女なんかにはなりたくないのだが……
ああ、畜生め。やりきれない思いを、洗い物にぶつける俺なのだった。
周囲から羨まれる容姿は、俺にとっては呪いと同じで……
「ちくしょう……」
俺が女ならばこんな事を思わないのかも知れない。でも、俺は男だ。男の俺が、自分の『可愛らしい』容姿を喜べる筈がない。………水面に映る自分の姿を見て、俺はもう一度心の中で『畜生』と呟くのだった。
これがもし、魔法使いの呪いだと言うのなら、頼むから魔法使い様、この呪いの魔法を解いてくれ………