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その2

『魔王』――魔族の王。


金髪の男は咄嗟に飛鳥を自分の背中に庇い、これだけはと身に着けてきた腰の剣を抜いた。しゃりん、と硬質な金属音が響き、片刃の細身の剣が上ったばかりの新しい日の光を跳ね返す。

『魔王』はそれに眩しそうに眼を細めた――いや、本当に眩しくて目を細めたのか、他の理由があったのかまでは分からない。が、ともかく目を細めた。

……ちょっとめんどくさそうにも見える。

「ああうん、まあそういうリアクションになるよね」

「どういうことかな。『魔王』は確か私の友人たちが討伐したと聞いているのだが」

まるで先ほどまでとは別人のように表情を改めた騎士団長殿に、外見こそ年若い魔族の王が苦笑をこぼす。

「彼らが討伐したのは僕の父だよ」

というかキミ、『勇者』と『魔女』のご友人なんだね、と小さく呟くが、聞いちゃいないようだ。

「なるほど。それで人間を恨んで再び侵攻しようと下調べか。私が騎士団長ミシェル・コートだと知った上での襲撃か?」

「いや全く全然興味ないんだけどそういう――の!」


振り回された剣を咄嗟にシールドを張り巡らせて防ぐ。やはり聞いちゃいない。これはまたずいぶんとせっかちな。

上段から振り下ろされ、左から右へと薙ぎ払われるのを後退してかわす。突き込まれてきた剣は再びシールドで防ぐ。ギリギリと押し合いになり、相手がまっすぐとこちらの目を射抜いて来た。


おお怖い、本気の目だ。


ええと、こういうときどうしたらいいのだろう。逸らすのも失礼だし、へらりと笑ってみるのも違う気がする。うん、とりあえず、見つめ返してみようか。

じぃっと、じぃぃぃぃっと。人間に擬態した魔族の王は、緑色の目で騎士団長殿の青い目を見つめる。ほんの一瞬だけたじろいた青い目の主は、だがそれに応じてきた。

見詰め合う。残念なことにこの場に突っ込みを入れてくれそうな者が誰も居ないため、ひたすら熱く熱く、恋人か何かのようにそれはもう熱くひたむきに見詰め合う。

どのくらいそうしていただろうか。ふ、と。剣から感じていた圧力が緩んだ。

剣を静かに鞘に納めると、ふむ、と目の前の男は頬を緩めた。

「君からは殺気が全く感じられない。本当に敵討ちや世界征服には興味が無いのかい?」

ほ、と息を吐いて、こちらもシールドを消す。

「うん、父は父、僕は僕だから。それにさっきも言ったけど、キミを狙って襲ったわけじゃ無いんだ」

たまたま、ここから少し離れた村の上空を竜族の者が高速飛行して、そのせいでこちらにつむじ風が発生してしまったんだよ。ごめんなさい。

再び素直に頭を下げると、騎士団長殿はひとまず納得してくれたらしい。穏やかな笑顔を浮かべると、こちらの頭をぐりぐりと撫でてくる。

……いや僕、あなたより外見若いけど――いや魔族としても若造の部類だけど、少なくとも人間の寿命以上には生きてるんだけどなぁとか、思ったけどひとまず言わずにおく。

何せ悪い気はしない。父、つまり先代魔王とは殆ど面識も無ければ父親らしいことは何一つしてもらった覚えも無い(別にそれについてどうこう思ったことはないが)。他の魔族からは崇拝と畏敬の対象だから触れることはおろか、視界に入れることさえも恐れられる。

唯一対等に接してくれる部下のフライスにしたって頭などついぞ撫でてくれたことなど無い。うむ、これは中々新鮮な感覚だ。

(ちなみに今回擬態するにあたり選んだ参考図書は、この間見かけた冒険小説に出てくる村人Aの挿絵を参考にしてみた。茶色い髪に茶色い瞳の平凡な青年だ。確か作中で「武器や防具は買うだけじゃだめだよ、きちんと装備しないと!」とだけ話す人物だったと記憶している)

思わず照れ笑い。それに騎士団長がさらに笑みを深めた。

「キミはずいぶんと変わった『魔王』だね? 人に触れられることを厭わない」

「うん、ていうかちょっと嬉しかった」

素直に答えて見せると、騎士団長がきょとんとした。

「魔族というのはスキンシップをあまり取らないんだよ」

適当にそう説明すると、なるほどと金髪頭が頷く。よし、と何事か思い至ったらしく、ひょいとその手が自分の脇の下に差し込まれた。

そのまま抱き上げられて、大きな鳥の背の上へ。当惑していると、自分の後ろに彼も乗って言う。

「さっきのつむじ風、キミの部下のせいだと言ったよね?」

「うん。ごめ――」

「いや、もう謝罪はいいんだ。君が助けてくれなくてあのまま落ちていたら私も死んでいただろうし、アディの手当てもしてもらったし。ついでだから、ちょっと空の散歩に付き合ってくれるかな?」

実は自力で空くらいなら飛べるんだけど、と言いかけて口を噤んだ。背中から感じる気配が温かい。こくりと頷くと、騎士団長殿がそっと飛鳥の背を叩く。

「アディ、頼む」

飛鳥が甲高く美しい声で一声鳴き、羽をはばたかせる。ばさばさと乾いた音がして、ふわりと浮遊感。顔に風感じたかと思うと、あっという間に鳥は高度を上げた。

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