ネットニュース
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俺はいつも小型のノートパソコンと携帯電話、それにICレコーダーを持ち歩いている。新聞社の政治部のニュース記者だからだ。上から命令があればすぐに現場へと急行する。新聞記者というと、一般的にはブン屋などと呼ばれ、嫌われる身だ。ただ同僚たちは真剣である。ちゃんと記事を書いて世間に発表しないといけないという責任感に駆られ、しっかりと仕事していた。特に俺自身、ネットニュース担当だったから、常に書いた記事をネット上にアップし続けている。大抵、日付が変わる午前零時前後まで記者室で仕事をしたら、そのままデスクで眠り、午前六時には叩き起こされる。朝は大抵、コーヒー一杯で済ませていた。この季節だとまだアイスコーヒーが売ってあるのだが、あえてホットの方を買って飲む。体が疲れているのは分かっていた。ずっとある政治家の政治献金疑惑に関して張り続けているからである。ヤツの名は中口淳平。中口は与党民揚党の政調会長で、在日外国人団体からの献金を受けていた疑惑がある。それを追っていたのだ。政治家の汚職というとキナ臭いのだが、仕方ない。中口が暴力団を背後に抱えていることも勘案済みで、危険な取材と分かっていながら、どこの社の記者たちも追っ掛け回す。そして事実関係について判明した分に関しては、ネット上のニュースサイトで公開する。分刻みで記事を挙げ続けた。合間に腹が減れば、現場近くにある牛丼屋などで食事を取ってすぐにまた張り込む。パソコンは無線式で常にネットに繋いでいた。何か事実関係が分かれば、同じ社でも別の人間たちがメールで情報をくれる。これで一日中、疑惑を追っかけ続けるのだ。今回は中口がターゲットだったが……。
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「中口が永田町の民揚党本部で記者会見を開くことが決まった。早速向かってくれ。今回の政治献金疑惑に関して、説明をするものと思われる。すぐに行け」
――分かりました。
社の政治部長からの連絡を受けて、持っていた携帯電話を切るとすぐに電車に乗り、永田町へと向かう。大学時代から東京に住み始めてもう十年になる。二十代後半だが、まだまだ十分行ける年代だ。時間が許す限り、取材は行なう。しかも入念に、だ。俺自身、そういったことは入社時から教えてもらっていた。当時の先輩だった白井さんは今、金沢支局に転勤になっていてそこの局長代理に収まっている。だいぶ出世したらしい。見習いたい先輩だった。
やがて電車が駅に着き、歩いて改札口を出、民揚党本部へと向かう。会見が始まるのは午後六時半だった。ちょうど臨時国会が召集される前で、検察も今回の献金疑惑に関して、水面下で動いているらしい。俺も歩きながら、面白いネタが取れるものと思っていた。民揚党は政権与党になった頃から、何かと疑惑が噴出していたのだ。これまでたくさんの議員たちに金銭問題などが絡んだ。中口が今回団体から受け取った額は五千万円と聞いている。やはり党の政調会長なら、それぐらいの金は受け取ったり、差し出したりするだろう。政治家にとって、その程度の額の金は小銭なのである。過去にもいろんな政党の領袖が献金を受けたことは否定できないのだし……。
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午後六時半になり、中口が民揚党本部の記者会見場に現れた。上下ともスーツを着て、堅気の格好をしている。やはり政治家はこういった人間たちが多い。ちゃんとスーツ姿で決めているのだが、実際腹黒さはある。こんな人間たちをいくらでも見てきた。まあ、もちろん入社六年で、まだこの世界に入って日が浅いのだが、政治家を追っ掛け回すのが仕事なのだから仕方ない。中口が会見し始めたので、ICレコーダーを回して発言を録る。前列の記者たちが質問し始めた。だが、当の中口は知らん振りを決め込んでいる。今回の会見は空振りかと思ったら、開始後三十分が経った午後七時過ぎに会見場にグレーのスーツを着た人間たちが数名入ってきた。主任らしい男性が、
「東京地検です」
と言って、スーツの内ポケットからA4サイズの用紙を一枚取り出して翳し、
「中口淳平、政治資金規正法違反容疑で逮捕する」
と言葉を重ねて、同行した。まさかとは思っていた。検事たちが乗り込んでくることも十分考えられたからだ。俺が他の社の記者たちに「おいおい、どうなるんだよ?中口逮捕で」と耳打ちしていると、検察官で副主任を務めているものと思われる壮年の男性が、
「我々検察が予め令状を取り、永田町の中口事務所と、地元の青森の事務所に家宅捜索に入りました。後日、今回の中口容疑者逮捕に関しまして、検察庁が正式な記者会見を開きます。記者の方たちは本日取材なさった事柄につきましては記事にしていただいて結構ですが、事実関係については後日の発表をお待ちください。以上です」
と言ってマイクから離れる。まだ信じられない。検察の取った手法は合法的なのか、それとも違法なのか……?だが疑惑の掛かった人間が一応逮捕されたことで政治家の闇は消える。そしてこのことに関し、記事を書くのが俺たちの仕事だ。永田町の記者待機室へと向かった。他社の人間たちも詰める。スクープは見逃さない。遠慮なしに記事にするつもりである。特にネットニュースで流せば、アクセス数が多いだろう。何せ政権与党の現役の政調会長が闇献金疑惑で逮捕されたのだから……。
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立ち上げていたパソコンでずっと記事を打ち続けた。淡々とした作業である。なるだけ早いうちにネットニュースとしてアップしないと、記事を閲覧している国民に失礼だ。ICレコーダーを回し、事実関係を把握して、キーを叩き続けた。俺たちブン屋は何かと皆から嫌われ、疎まれる。だけど構わないのだった。職業によっては嫌われ者扱いされるものも当然あるわけだし、俺も取材に出かけるときはなるだけ気を付けていた。まあ、取材といっても平常心で行けば済むことだが……。
疲れは溜まっている。睡眠時間が六時間前後で、秋の季節は何かと疲れやすい。ずっと取材に必要なものを携帯して外回りをこなしていた。新たな事件が起これば、また現場に駆けつけて情報を得てから、街のカフェなどに入り、記事を打つ。その繰り返しだった。ネットニュースはリアルタイムで配信される。記者たちは休む間もないのが事実だった。そして一日の仕事が終わり、カフェから永田町にある記者待機室に行くと、自分用のデスクに突っ伏して眠る。パソコンのバッテリーを充電することを忘れずに。明日も一日、永田町を中心に外を回り続ける。これが仕事なのだった。ニュースの作り手側の……。
(了)