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諦観と羨望のお作法っ♡~異世界流出が止まらない~

作者: 深川夜
掲載日:2026/09/22

 日本は緩やかに衰退している。というのも、皆異世界へ行ってしまうからだ。


 初めの頃は帰ってくる人もいたらしい。僕達がゲームで知るような剣と魔法の世界。そこにはこの世界にはないスリルと興奮があって、心を通わせる仲間がいて、小さなロマンスなんかもあったりする。異世界への行き方は人それぞれで、例えばネットを介して行った人もいれば、トラックに跳ねられて行った人もいる。異世界を救うために行く人もいれば、この世界では活かせない能力を活かすために行く人もいて、理由は人それぞれだけど、そのうち誰も帰ってこなくなった。よほど住み心地がいいのだろう。――僕は皆が行ってしまった異世界のことを、個人的に「楽園」と呼んでいる。楽園は、日本を中心にこの世界を飲み込もうとしている。


 朝、目が覚めると家の中はしんとしていた。新聞とにらめっこしている父が消えて一ヶ月、生意気な小学生の妹が消えて半月、朝食を作ってくれる母が消えて一週間のことだった。最後に残った中学生の弟が消え、ついにこの家の住人は僕ひとりになってしまった。なんとなくつけたテレビでは異世界特集が組まれていて、異世界の魅力を朝のニュースと共にお茶の間に振りまいている。定番化した特集を見る気にもなれず、ため息と共に消した。

 家族が消えようが学校には行かなくてはならないので、僕は身支度をして高校へと向かう。いつものように電車を1度乗り継ぎ、歩いて20分。教室内の人数は昨日よりまた減った。30人のクラスだったのにな、と今や半数になってしまった教室を見渡す。窓際の席に座るコータがよっ、と手を挙げた。仲のいい友達も日毎に減り、今はコータくらいになってしまった。隣の席に鞄を下ろす。


「ユウキ、まだ異世界行かないのな」

「コータもだろ」

「案内は来ないねー」

「……来たら、行くの?」


 コータは曖昧に笑って答えなかった。教室に入ってきた担任が、「皆さんも早く異世界へ行けるといいですね」と微笑んだ。その担任も放課後を待たずに消えてしまった。楽園に呼ばれたのだ。きっともう、会うこともない。代理でやって来た学年主任は虚ろな顔で「皆さんも早く世界を救えるようにね、先生は祈っています」と終礼を締めくくった。

 ここに居る誰もが、明日もこの世界にいる保証がない。



 20分歩いて、駅から電車を乗り継いで家まで帰る。電車の中も随分人が減ったように思う。座席に座り、ぼんやりと乗客を見渡す。皆葬式の帰りのような顔をしていた。

 選ばれたいのだ、楽園に。自分が特別な何かであって欲しいのだ。特別な何かだという証拠が欲しいのだ。それはきっと、今この世界で頑張るよりずっと魅力的に見えるのだろう。当たり前だ。自分の才能を、見出して貰えるのだから。

 今、この世界に残っているということはつまり、「特別な何かではない」と言われているようなもので――……。その現実に、皆向き合えずにいる。楽園を渇望する姿は飢えたハイエナに似ている。

 途中、コンビニで夕食を買い、誰もいない家に帰る。ベッドに横になって、それからふとコータに電話をかけた。スマートフォンから呼び出し音が暫く鳴ったあと、「この電話は現在電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないためかかりません」というアナウンスに切り変わる。コータも行ってしまったのだと察した。僕は通話を切るときつく目を閉じた。羨望、からではない。腹の奥からふつふつと込み上げる怒りと苛立ちからだった。耳にイヤホンを押し込むと音楽を再生させる。――と、聞こえてきたのは聞きなれたメロディではなく、透き通った女性の声だった。その声曰く、世界を救って欲しいのだという。彼女の世界は未曾有の災厄に見舞われており、それを救えるのは僕だけなのだそうだ。僕はそうですか、と返事をした。


「では、私と共に異世界へ来てくださいますね?」

「行きません。自分の世界は自分で救ってください」


 え、と言う声に構わずイヤホンを外し、ごみ箱へと放る。静かになった部屋の中、僕は叫ぶ。


「自分の世界も救えない奴が他の世界なんか救えるかよ! 自分の環境も大事にできない奴が別の環境を大事にできるか! 何が異世界だ! 夢見る前に現実見ろよ馬鹿野郎!!」


 僕の声が部屋中の空気をびりびりと震わせる。鼻の奥がつんとして、目頭が熱くなった。

 両親も、弟も妹も、担任も、コータも、今頃別の世界で冒険を繰り広げているのだろう。夢のような剣と魔法の世界で、自分の才能とやらを遺憾なく発揮して。

 それはこの世界で築いた何もかもを置き去りにしても構わない、そう思えるほど魅力的だったのだろうか。いや、簡単に捨てることができるくらい、この世界に魅力はなかったのだろうか。


 答えは誰も教えてくれない。僕の叫びも、誰にも届くことはない。


 ごみ箱の中、沈黙したイヤホンを再びはめる気にはならなかった。だんだんと薄暗くなっていく部屋で僕は膝を抱える。今日も世界は衰退して、それを救ってくれるヒーローはいないらしい。

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