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プロローグ

“あの世”と聞いて何を思い浮かべるだろうか。


天国や地獄、輪廻転生。


中学生の頃の俺は、そんなものを本気で信じていた。


だが今は違う。


神なんてものがこの世にいるなら、サービス残業なんて存在しないだろうし、ブラック企業もとっくに滅んでいるはずだ。


つまり何が言いたいのかって、俺たち社会人は神頼みだの何だのそんな現実逃避してる暇があったら、黙って働くしかないというわけだ。


......そういえば明後日からは外回りだ。あの会社、契約内容に文句しか言わないからな.......。それに外回りの日って必ず家に帰れないんだよな。ああ会社に行きたくねぇ、今すぐ爆発してくれないだろうか。


「おーい、起きてってば」

俺の頭の中で誰かが囁いている。


「あっ、起きた! 瀬戸くんー、若いのに残念だったね、君の短い人生は悲しくも今終わったんだよ(°▽°)」


目を開けると眩しいくらいに真っ白な部屋。そこに木製の椅子が二つ。一つには目の前にいる少女が、もう一つには俺が座っていた。夢にしては、ちょっとリアルすぎないだろうか?


…………というか、は? 何だって? 人生が終わった?


おいおい……冗談は祝日にかかってくる上司からの電話か飲み会の強制参加通知だけにして欲しい。


「ねぇー、ちょっと聞いてるー?」

女神......。それが目の前の彼女に最もふさわしい言葉だと思った。小さな白い羽にシワひとつないスーツ。純粋無垢な人形の様に整った顔と絹糸の様に透き通り光沢を放つ髪。それらがこちらを覗いていた。


「あ、あの、人生が終わったっていうのは一体どういうことなんですか?」

状況と言葉の意味に理解が追いついていなかった。

でも、確かに三徹明けであれだけあった疲労感が綺麗さっぱり消えている。


「いやどうって、今さっき死んだじゃん、キミ」

「…………」


久しぶりに体がすっきりしていて、懐かしささえ感じてしまう。......俺は本当に死んでしまったのだろうか?



瀬戸慶介。31歳。建設会社の営業部サラリーマン。現在彼女なしの童貞。パッと思い出せるのはそれが限界だ。不思議なことに、ここに来る直前の記憶にモヤがかかっているかのように思い出せない。


「まぁ、覚えてなくてもしょーがないかー」

少女は自分のスーツの内側やポケットを叩いたりと、何かを探し始めた。

「えーと......」


途中であっ、と何かに気付いたのか座っていた椅子の下、いや正確には彼女のお尻と椅子の間から数枚の紙を取り出した。か細いその腕でしわくちゃになったその紙を力一杯引き延ばし広げはじめる。


「んっとね、あー思い出した、キミの死因ねー心臓が止まったからだよ」

「え、心肺停止......ですか?」

彼女の目が横から横へと流れていく。


……そうだ。

数ヶ月前の健康診断で「深刻な筋力不足」と書かれていたんだった。せっかくの長期休暇だし、少しくらい運動するか、そう思い立って腕立て伏せを始めたところまでは覚えている。だがすぐに限界を迎え、そのまま布団に倒れ込んだはずだ。じゃあ俺は一体いつ死んだんだ?


「くっ、クフッ、あはははッー、いやーまさか腕立て8回やってそのまま寝落ちして死んじゃう人間がいるなんてねぇー」


「いや、待ってください。たかが腕立て伏せ数回で人間が死ぬわけ……」

「いやいや、普通の人は死なないよ?」

少女は資料をめくる。


「三ヶ月平均睡眠時間二時間。慢性的な栄養不足。過労判定レベルのストレス。心臓への負荷指数――うわっ、なにこれ」


「……」


「むしろ今まで生きてた方が不思議じゃん」

確かに、あの診断書には心臓の再検査も書かれていた気がする。


「てか、八回ってwwww」

目の前の美少女は俺の死因が書かれたであろう紙で顔を隠し、前屈みに笑いを堪えんとプルプル震えている。

「笑い事じゃないだろ!」

もし本当にそれで死んでるのなら、この子少し不謹慎すぎではないだろうか!? 


もし、今家族が俺の死因が数回の腕立て伏せだと知ったら、間違いなく葬式で笑い転げていただろう。こういう時、親や兄弟たちとの縁が切れていて本当に良かったと思う。じゃなきゃ今ここでもう一度死んでいた。


少女は笑い終わると紙をめくり、再び目を通し始めた。

「いやーでも、キミについての報告書は何度読んでも可笑しいよ」


このたった六枚の資料に俺の人生がまとめられていると考えると、酷く憂鬱になる。


「えーと、なになに、黒のポエム集一巻から十二巻!?!?」

少女は何枚かの紙をこちらに見せつけきた。

「ちょっと待っ……!!」

それが書かれていることにも驚きだが、その資料、どれだけ俺のポエムで占めてるんだ!?!? ポエムは中学最大の黒歴史だ。流石にもう忘れていたのに死んで早々嫌なものを掘り起こされてしまった。

「えー、第三巻、三節、神は俺と同じく孤独であろう、だからこの俺がお前の盟友となろうby......」

「あのッ..................ホント勘弁して下さい」

ごめんごめん、と少女は再び沸いて来た笑いを必死に抑えようしている。


「そんな事より……俺はこれからどうなるんですか?」


少女は咳払いを一つする。

「瀬戸慶介さん、これから貴方には二つの選択肢があります」


組んでいた足は解かれ、先ほどまでの笑みも一気に真剣な表情へと変わっていた。


「一つは基礎人格を保存し、天国みたいなところで次の人生が始まるまで待つ事、二つ目は魔法とスキルが融合した世界で……まぁ端的に言うと君たちの国の異世界転移ってやつ」


少女はにやりと笑う。

「さあ、どっちを選ぶ!?」

「えっと、じゃあ天国の方で」


「ちょっ、え............ねぇ決めるの早くない⁉︎」


正直なところ、考えるまでもなかった。人生に未練なんて一ミリもない。


学生時代も仕事も、思い返して楽しかった記憶なんてほとんどない。だからもう一度人生をやり直したいとも思えなかった。


「異世界転生だよ⁉︎

君たち現代男子の憧れじゃないの!?」

「いや、もうそういう時期は終わってるっていうか......単純にもう一回人生、最初からやり直して仕事して生きていくとか結構めんどくさくて......」


俺の人生は、社畜への道をテンプレ通りに歩んだものみたいだった。


平均値をほんの少し上回る大学に進学。その後四年間特に何かを頑張る事もなく、唯一内定を貰った地元の建設会社に就職。だがそれが悪夢の始まり、地獄への入り口だった。早朝業務にクレーム対応。大量のノルマに労基の人たちもびっくりのサービス残業……。週七勤務なんて当たり前で、日曜日の午後に休みを貰えたら良い方、そんな会社だった。


「まぁ、キミの気持ちは分からないでもないけどさー」

目の前の少女は中学生のロリ......いや高校一年生くらいだろうか。丸眼鏡にスーツ姿だからなのか少しだけ大人っぽく見える。もちろんその見た目からは俺のサラリーマン人生を理解できるとは到底思えないわけだが。


「あの天国とか転生とかを決めれるってことは、

 貴方は神様か何かなのですか?」

「あれ、言ってなかったけ? んー、一応神様なのかな」


まずい事をした。中学生ロリとか言ってしまった。いや正確には心の中でなんだが。天罰が下るとか、そんなことがないことを是非に祈っておこう。


「じゃあ、改めまして地球の人事担当、ササキでーす、ササキちゃんって呼んでね!私もケースケ君って呼ぶからさ」

「地球の人事?」

「うん、そうそう、ちょっとさ聞いてよー」

そんなロリ神様ことササキちゃんは、気だるそうな顔をしながら椅子を寄せてきた。


「まぁ、神様って言っても色々あってねー、中でも私の人事部は特に大変でさぁ......」


俺は唐突に部長のことを思い出していた。飲み会が始まるとすぐに酔っ払い、そうなると以降自分の愚痴しか話さなくなるような人だった。こっちは毎回徹夜明けだというのに、家に帰れず延々と上司の愚痴に相槌を打つあの時間は、人生の中でも特に無駄な時間だったと今でも思う。


「私は階級が高いわけじゃないし......そう、君とおんなじ中間管理職って言うやつなのかな、上からは仕事のお説教、下にはアレコレ指示出さなきゃだし......とにかく! 本当に酷い職場なんだよ!!」


確かにあたりを見渡しても一面、真っ白な床と壁しかなかった。デスクの一つも無いのだから、まだうちの職場のほうがマシなんだろうか……。確かにここで働くことを考えると少しだけ同情してしまうかもしれない。……が、今は仕事先の接待でも上司の愚痴を聞く飲み会でもない。


「はぁ......あの、仕事が大変なのは分かったんでそんな事より俺のこれからについて話しません?」

「そ、そんな事!?」


地雷を踏んでしまったのか、持っていた紙をぐしゃりと丸め込む。さすがに今のはマズかったか......。


「......まあいいや、仕事最優先だもんねー、それでケースケくん転生するんだっけ?」

膨らんだ頬からフーっと一息吐くと、ケロっともとの顔に戻っていた。

「いや、なにしっれと転生させようとしてるんだッ!?」

なんだか、下の名前なんて久しぶりに呼ばれたからか少しむず痒い。あと、うわぁまじかーコイツ、みたいな顔やめてほしい。


「ねぇーーお願い、転生してよー、そこでさ魔王の奴を倒すだけでいいからー」

異世界、魔王......。本当にゲームのような世界なのだろうか?


「じゃあさー、転生して魔王を倒してくれたらお願い一つ聞いてあげるよー」

「願いったってな......それって、どんなことでもいいんですか?」


ササキちゃんは、この言葉を待ってたといわんばかりに席を立った。そして、にやりと笑みを浮かべ膝の上に飛び乗ってきた。

「ウェッ、ちょッッ」

「……そうだよ、なんでも、だよ////」

「私がしてあげられることなら、

           なーんでもいいよ////」


耳元で囁かれたからか、彼女の身体がピッタリと触れているからかは分からないが、俺がロリコン認定されるまでの時間にそう長くはかからなそうだった。


「あのっ、一回離れてください……」

「ははっ、照れちゃってーかわいいねー」

何がとは言わないが本当に危ないところだった。心臓がスーパーボールのように跳ね回っている。多分人生の中で一番女子と密着していた時間だった。


「さてと、からかうのはこれくらいにして本当に何かお願いないの?」

「.......じゃあ一つだけある」

「なになに⁉︎」

少女は前のめりになる。


「一生、働かなくていい人生。今後、生まれ変わってもそれずっとで」

「いや………………え?」

「それで毎回親が金持ちで......」

「ちょっと待って⁉︎ いくらなんでも欲張りすぎじゃない⁉︎」

「あ、甘酸っぱい青春時代を過ごしたいので、可愛い系幼馴染も付けてください」

「もう黙って‼︎ ..................でも」


ササキちゃんはウームと腕を組み何かを考え始めた。

「そんなことできるのかなぁー、まぁでももし本当にきみが魔王を倒してくれたら......」


「その手柄がわたしのになってー、わたしは間違いなく昇進、この職場からも脱出できる! まぁ、そーしたら君の願いも叶えられるかもねー」


「じゃあササキちゃん、転生のほうお願いします」

「え、即決って......」

じゃあさっきまでのはなんだったんだよ、みたいな顔もやめてほしい。


死後の世界も輪廻転生も存在する。これから何回繰り返すか分からない人生が全てイージーモード、働かなくて良くなるのだ。普通に考えてこれ以上にない素晴らしい取引だと思う。まぁそれらの人生に俺の記憶や人格が残っているのかは不明なんだが,,,,,,,。


「よし、それじゃ決まったことだし、転生について説明していくねー」


ササキちゃんはスーツの内側から分厚い本を取り出し説明し出した。


思っていた以上に話が長かったので要約すると、なんでもその世界ではあちこちで魔王軍や魔族との争いが起きており、その状態が何年も続いているそうだ。そして、とにかく魔王とその幹部が半端なく強く、人間種の国はつい先日までは五十以上はあったそうだが、今や残り十二か国。......おいおい一体どんだけ強いんだよその魔王ってやつ。


「あの、一つ質問いいですか?

なんで俺なんですか? 探せば他にもっと良い人がいたんじゃ……」


普通に考えてそうだ。俺には体力や知能もないし、これといった特技や才能もない。


「うわ、なんかラブコメに出てくるめんどくさい主人公みたいなこと言ってるし」


「うーん、単純に私の気まぐれかなー」

ササキちゃんは肩をすくめた。


「もちろん強そうな人とか賢そうな人とか、今までたくさん転生させてきたよ。でも誰一人、魔王は倒せなかった」


「その魔王ってやつが強かったから?」


「それもあるけど、一番の原因は転生者かな」


「転生者が?」


「初めの頃はね、チート級の能力とか強力な武器とか、色々持たせて転生させてたんだよ」


嫌な予感がした。


「でも、それが裏目に出た」


ササキちゃんはため息を吐く。


「だから今は神々から能力や武器を与えるのは禁止ってことになってる」


「...................」


じゃあ何だ。

このモヤシみたいな身体一つで魔王を倒せと?


「いや、私だってあげられるならあげたいよ!? でも上がそう決めちゃったんだもん!」


「それじゃあ今回の話は無かったってことで」


「ちょっ待ってよ! 最後まで聞いて!」


ササキちゃんは慌てて身を乗り出した。


「神様としては無理。でも私個人の加護なら上に内緒で与えられるんだよ!」


「加護?」


「うん!」

少しだけ誇らしげに無い胸を張る。


「それって使えるんですか?」


「ちょっとー! 私の祝福を道具みたいに言わないでよー!」


頬を膨らませた後、

「……まぁ、あんまり強くはないんだけど」

と小声で付け加えた。


「じゃあやっぱり無しの方向で」


「ねぇぇぇお願い!!

このままだとまたノルマ未達成で上司にグチグチ怒られるんだよ!!」


見た目からは考えられない力で俺の襟元を掴み、ブンブンと振り回す。


「ちょ、ちょっと落ち着いてください、そのノルマってのは?」


「あの世界を平穏的に存続させるのが私の仕事なの! でも、もう10年、何やっても上手くいかないんだもん!!」


半ば半泣き状態のササキちゃんを引っ剥がし、椅子に座らせた。


「ですけど、使えないモノを渡されて、はい! 行きます!! とは言えませんよ」


ササキちゃんは、それならばと言わんばかりに、顔を輝かせた。


「んーじゃあさ、今の格好じゃあせっかくの転生も締まらないだろうし、キミのお気に入りのスーツ一式もつけてあげる!」


「……」

それは、フツーにいらない。スーツに罪はないがアレを着ると憂鬱な気分になる。あっちでの利用価値と言ったら、珍しい服として売れる事ぐらいだろう。


「......じゃ、じゃあキミが死ぬまでに貯めたお金をあっちの世界の通貨に換金してあげるってのはどう」


「……」

10年近く働いて、結局貯まったのは二百万円くらいだっただろうか。何しろもう死んだのだ。いまさらお金が欲しいとは思わない。


「…………はぁ」

ササキちゃんは観念したように肩を落とした。


「それじゃあ最後の手段」


「?」


「チートとまではいかないけど、キミ専用の固有スキルを一つあげる」


「固有スキル?」


「うん。私が選ぶ、とっておき」

専用、固有。こういう言葉に俺は弱い。


「いやまぁ、それなら……」

多分まだ全然割にあっていないだろう。が、ササキちゃんのうつむく顔から今にも涙が溢れそうだった。


「はぁ、じゃあ、その条件で転生しますよ」

「え!? いいの!?!?」

嘘泣きだったのか、ケロリとササキちゃんの顔に笑顔が戻る。すると、すぐに本から一枚の紙を出し、こちらに差し出した。


見たところ契約書だろうか?さっきのスーツの件から報酬として願いを一つ聞く事までビッチリと書いてある。


とりあえず一通り目を通して名前を書くと、何かの電子音が部屋に鳴り響く。

「ありゃ、もう時間なのか」

ササキちゃんが指差す方、自分とは反対の壁に非常出口みたいな扉が一つあった。緑と白である筈のそれが赤と白で交互に点滅を繰り返している。


「それじゃあー行ってらっしゃい」

その言葉と同時に俺の身体が一回転する。物凄い吸引力であの扉に吸い寄せられていたのだ。咄嗟に椅子の足を掴んだ。


「ちょっ、待ってください、まだ色々聞きたいことが……」

あっちの言語や転送場所の情報、俺に与えられるっている固有スキルについてとか。いくら何でも展開が早すぎる。


「いやーごめんねー、転送部の人が早くしろってうるさくてさー」


なだめるような仕草と優しい微笑みをこちらに向ける。

「大丈夫大丈夫、きっとまたすぐに会えると思うしさ」そう言って、俺の額を指で軽く小突く。


その言葉の意味を聞く前に俺の身体はドア奥の暗闇に吸い込まれていた。


一生働かなくていい人生。

金持ちの家に生まれ、何不自由なく暮らす人生。

勿論それは欲しい。

けれど――。せっかくの二度目の人生だ。


二度と誰かに人生を支配されるものか。

会社にも、社会にも、運命にも。


今度こそ、自分のために生きてみよう。

その先に何があるのかは、まだ分からないけれど。

仕事が忙しすぎて、三週間もかかってしまいました。初出しなので、お手柔らかにお願いします。

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