00-05.約束の地
「あら? すぐには出発しないのね♪」
「領都までは馬車でも五日程掛かるんだ。補充が必要だぜ」
「まあ♪ 馬車も出ているのね♪」
「まあな。領都はデケえからな。乗合馬車が出てんだ」
「うふふ♪ 乗合馬車に乗るのは初めてだわ♪」
「乗んねえぞ。歩いた方が早えからな」
「そういうものなのね」
「嫌か?」
「構わないわ♪ 歩くのも好きよ♪」
「そうかい。なら結構だ」
「ふふ♪ なんだかクラヴズが優しくなってしまったわ♪」
「領主様の姉君だなんて聞いちゃぁなぁ」
「まあ? クラヴズったらそんなことを気にしていたのね」
「こちとら小心者なんでな」
「心配要らないわ♪ アミはとっても優しい子だもの♪」
「そりゃお前さんにはそうだろうけどよぉ」
「そうだわ♪ アミの昔の話を聞かせてあげるわ♪」
「やめとけやめとけ。領主様の恥ずかしい昔話なんて聞かされちゃあこっちが消されちまう。そんなことより色々教えてやるよ。ステラは地理だのなんだのにも疎いんだろ?」
「助かるわ♪ 常識に疎くて困っていたの♪ 先ずは硬貨の種類なんかから教えてくださるかしら♪」
「おいマジかよ」
「ごめんなさいね♪ 集落には無かったものだから♪」
「一歩も出たことなかったのか?」
「ええ♪ 初めての冒険よ♪」
「そうかい。なら今から買い物しながら教えてやるよ」
「うふふ♪ お願いね♪」
この国の硬貨は、銅貨、銀貨、白銀貨、金貨、大金貨、白金貨の六種が存在し、銅貨が百円、銀貨が千円、白銀貨が一万円、金貨が十万円、大金貨が百万円、白金貨が一千万円程となるようだ。その時々の情勢によって物価や硬貨自体の価値が上下することもあるようだけど、概ね現在はそんな感じに落ち着いているらしい。
平民が日常的に使用するのは銅貨と銀貨くらいだ。白銀貨以上となると商人や貴族くらいしか扱わないらしい。
「今俺が持ってんのも銅貨と銀貨だけだな」
「金等級様でも?」
「そりゃ貯金はあるぜ。冒険者は冒険者ギルドが預かってんだ。こんなんジャラジャラ持ち歩けねえだろ。魔物の討伐にゃあ必要もねえんだし」
「それもそうね♪」
「そんでだな。俺が請け負った依頼は隣町までの護衛で大金貨一枚だ」
えっと。大金貨はだいたい百万円だったわね。
「それが相場なの? 私が領主の姉だからかしら?」
「にしたって破格だ。普段の俺なら断ってたぜ。領主様からの指名依頼だなんて言われなきゃぁな。あの時点でおかしいと思うべきだったぜ。まさか代替わりしてただなんてなぁ」
「先代の領主様とはお知り合いなの?」
「まあな。それもあって断れなかったんだ」
「そうだったのね……」
「正直予感はしてたんだよなぁ。こんだけ大金積んでくるんだ。護衛だなんて口実で、本当は俺を呼び戻すのが目的なんじゃってな。とんだ自惚れだったぜ」
「ふふ♪ 予感は当たっているじゃない♪ きっとアミはあなたにも興味があるのよ♪」
「嫌だなぁ。行きたくねえなぁ」
「まあ♪ 随分と弱気なのね♪」
「貴族と関わったって碌な事はねえしな」
「実体験だったのね♪」
「そういうこった」
「冒険者の等級についても教えてくださるかしら?」
「金等級がどんなもんか分かってなかったんだな」
「ええ♪ そうなの♪」
「木、鉄、銅、銀、金、白金、赤金。この七段階だ。木と鉄が下級だ。銅と銀が中級。金が上級。白金と赤金は最上級ってところか。この二つは殆どいねえ。金等級ですら領内に数人程度だ。白金は国に一人か二人。赤金に至っては世界に一人だ。それも今は空白だがな」
「凄いじゃない♪ 魔術も無しに一人で金等級だなんて♪」
「お前ナチュラルに魔術師以外を見下してねえか?」
「ごめんなさい。そんなつもりはなかったのよ?」
「そうかい。まああれだ。俺は金等級つっても下位の方だ。事実上、金等級が一般冒険者の最上位ランクだからな。その中でも実力差が大きいんだ。金等級ってやつは」
「まだまだ強くなれるわ♪ クラヴズだって若いもの♪」
「へいへい。あんがとよ」
「ふふふ♪」
「実際のところ、ステラは金等級に収まる器じゃねえな。経験は足りてねえが、実力は文句無しに白金以上だ」
「頑張るわ♪」
「やめとけやめとけ。意味もなく上なんか目指したって良いことねえぞ。金以上は基本的に指名依頼を断れねえんだ。折角お貴族様の家で悠々自適な生活を送れるってんならわざわざ働く必要もねえだろ」
「意味ならあるわ♪ 皆を救えるじゃない♪」
「人助けが趣味なんか? そういや報酬もあっさり手放しちまいやがったしな」
「そうだわ! ごめんなさい! クラヴズの取り分まで!」
道案内の報酬の件とは別に、討伐依頼の報酬の半分はクラヴズのものだったのに。私ったら。
「いらねえよ。受け取れるわけねえだろ」
「けど」
「別に金にゃあ困ってねえんだ。俺はダラダラ続けてるだけだ。目的もねえしな」
「アミに言って」
「やめろ。色々台無しだろうが。むしろ感謝してるぜ。そんなやり方があったんだってな」
「クラヴズ……わかったわ。もう言わない」
「おう♪」
「ありがとう。あなたと出会えてよかったわ」
「んだ。気持ちわりいな」
「もう♪ そこまで言うことないじゃない♪」
「わりぃな。俺はお子ちゃまには興味がねえんだ」
「まあ♪ 私はフラれてしまったのね♪」
「嬉しそうだな」
「だって好きになってもいないもの♪」
「ひっでぇ~」
「ふふふ♪ 実は私、可愛い女の子がタイプなの♪」
「知らねえよ。それ言われて俺はどんな顔すりゃいいんだ」
「冗談よ♪ ただの仕返しよ♪」
「そうかい」
「機嫌を損ねてしまったかしら?」
「ぬいぐるみ抱えて無邪気に笑ってるガキに何言われたって怒りゃしねえよ」
「クラヴズが託してくれたものじゃない」
「だからって後生大事に抱えてる必要なんざねえよ。どっかしまっとけ。鞄も買ってやるから」
「嫌よ♪ 私決めたの♪ クラヴズのお姉様にも世界を観てもらおうって♪」
「何勝手なこと言ってやがんだ。そいつはただのクマのぬいぐるみだ」
「まあ! あなたがそんな事を言うのね!」
「俺だからだろうが! 人の姉を勝手に墓の下から引きずり出すんじゃねえよ! 墓の下にゃぁなんもねえけど! そんでも故郷に墓石だけは拵えてあんだ!」
「いつかお参りに行ってもいいかしら?」
「ダメだ。ステラが行ったらなんか憑いてきそうだろうが」
「流石にシャーマンの心得は無いのよねえ」
「しゃーまん? なんだそりゃ」
「気にしないで♪」
「妙なことすんじゃねえぞ?」
「もちろんしないわ♪ 大切に連れ歩くだけよ♪」
「たく……まあいいけどよ。俺が託しちまったんだしな。あんま重荷には思ってほしくねえけどよ」
「ありがとう♪ クラヴズ♪」
あなたはやっぱり優しい人ね♪
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翌日から町を出て、五日程の旅路を歩き続けた。道中、クラヴズは様々なことを教えてくれた。各地の地名や地図の見方。旅の知恵や人々の常識。私が何を知らなくても彼が驚くことはなくなった。相変わらずぶっきらぼうな口調だけど、丁寧に語り聞かせてくれた。
「ありがとう♪ 本当に助かったわ♪」
「おう。俺はギルドにいるからな。忘れずに報酬を届けてくれよ♪」
「やっぱり来てはくれないのかしら?」
「必要ねえだろ。迎えの馬車まで来てんだ。ここはもう領都だ。後は領主邸に向かうだけだろうが」
領都の門番に身分を明かすと、すぐに馬車の下へと案内されたのよね。何日も待っていてくださったのかしら?
「アミにも直接紹介したかったのだけど」
「また何かあれば呼んでくれ。暫くは領都も離れられねえだろうしな」
「なら私から会いに行くわ♪」
「勘弁してくれ。領主様に睨まれちまう」
「絶対会いに行くわ。また一緒に依頼をこなしましょう」
「ほれ。もう行け。遣いの人困ってんぞ」
「またね!」
「おう。またな」
名残惜しみながら馬車に乗り込むと、クラヴズは見送りもせずに立ち去ってしまった。ちょっと悲しい。
「ステラ様」
馬車に同席しているメイドさんが口を開いた。
「ごめんなさい。お待たせしてしまって」
「いえ。ご挨拶させて頂いてもよろしいでしょうか」
「はい♪ ならば私から♪ 私はステラ・ディアスと申します♪ この度はお招きありがとうございます♪」
「御領主様から仔細伺っております。本日よりステラ様の御側付きの任を仰せつかりました、ヴィオラと申します」
「よろしくね♪ ヴィオラ♪」
「はい。ステラ様」
「アミは元気かしら♪」
「ご安心くださいませ。領主様は日々政務に励んでおられますが、ご健勝にお過ごしでございます」
「良かったわ♪」
「ステラ様はご不自由なされませんでしたでしょうか? 到着が予定よりも少々遅れていらしたようですが」
「少し寄り道をしていたの♪ 私の我儘でね♪ どうしても冒険者として活動してみたかったの♪ どうか彼を責めないであげてね♪」
「かしこまりました」
ふふ♪ ヴィオラさんも優しそうな人だわ♪ これから新しい生活が始まるのね♪ アミとの再会も楽しみだわ♪ あの子はどんな風に成長したのかしら♪ 早く会いたいわ♪




