00-04.勝利と報酬
近い。オーク共の気配だ。数は十。いやもっとか。ゴブリン共もわんさかいやがる。ちくしょう。何がゴブリンの巣の殲滅だ。見落としたわけがねえ。まんまと騙されたな。
……流石に数が多い。新たな犠牲者までいやがる。村でも焼いてきたとこか。どうする。一度撤退するか。俺一人じゃ全員は救いきれねえ。ただ殲滅するだけじゃ済まねえんだ。
けど時間がねえ。ステラがいくら強いからって全員を守りながら戦うなんざ不可能だ。まだ目覚めてねえ救助者は大勢居る。巣穴からは離したが、あの惨状を見れば奴らが探しに出てくる。見つかるのも時間の問題だ。ギルドまで戻ってたんじゃ絶対に間に合わねえ。今ここでやるしかねえ……。
「おい! ウスノロ共!!」
「「「ゴブッ!?」」」
「こっちだ! かかってこい!」
こんな無茶なやり方はいつぶりだろうな。本当に馬鹿げてるぜ。
向かってきたのはゴブリンが数匹だけだ。オークたちはこちらを舐めている。随分とご機嫌だもんな。早く巣に戻って戦利品を楽しみたいってわけだ。胸クソ悪い。
襲いかかってきたゴブリンたちを斬り捨てて魔物の群れに近づいていく。オーク共はまだ余裕を見せている。しかしゴブリンたちは違う。僅かに怯み、或いは仲間が斬られたことに激昂し、一斉に飛びかかってきた。
「付いて来い!」
囲まれる前に身を引いて、近づいてきたものから斬り捨てていく。引いて斬る。引いて斬る。その繰り返しでゴブリンたちの数を減らしていく。
「グォォォォオオオ!!!」
痺れを切らしたオークの一体が襲いかかってきた。配下のゴブリンたちすら蹴散らしながら、強引に突っ込んでくる。
「けっ!」
「グォッ!?」
近くにいたゴブリンの一匹をオークの顔面に投げつけた。勢いのついていたオークは避けきれず、正面からゴブリンにぶつかった。しかしその程度では怯ませる事すら出来なかった。オークは怒りに吠えながら変わらずに突っ込んでくる。
「グァッ!?」
とはいえ一瞬視界は塞がった。その隙に樹の上に飛び上がり、大木にぶつかった間抜けなオークが首を引っ込める前に、すかさず飛び降りて斬り落とした。
「なんだ。やれんじゃねえか」
大丈夫だ。身体は動く。心は鈍っていない。むしろ驚くほど快調だ。震えもない。
「まさかあいつのお陰だってのか?」
ぬいぐるみを手放したからだろうか。あの日、姉が弟と一緒にクローゼットに押し込んだあのぬいぐるみを。
或いは先程の光景か。あの光景が鮮烈過ぎたのだろうか。思い返すだけでも怖気が走る。オーク共へのトラウマすら吹き飛ばす強烈な恐怖。長年冒険者を生業とし、中でも上位の金等級にまで至ったこの俺が、たった一人の少女に気圧されてしまった。
ステラは微笑んでいた。オーク共の血の海の只中に在りながら、汚れ一つなく微笑んで見せた。
おっかねえ女だ。かと思えばありふれた昔話に涙を流していた。俺と姉の思い出を悲しいものだと感じていた。
ステラは不自然だ。バカみてえに強いかと思えば気配の察知すら禄に出来ちゃいねえ。これは普通あり得ない。どんな奴だって強くなるには経験が必要だ。例え最強の竜種だってそれは変わらない。最初は弱々しい雛竜にすぎない。生き延びる為には何より先に危険を察する本能を獲得するものだ。
けれどステラにはそれがない。やつは現実を見たままに受け止める。そこらの町娘だってもう少し警戒心ってものがある。俺にはそれが不気味でならない。
ステラはいつだって自然体だ。だからステラの力は推し量れない。敵意や警戒心を欠片も抱かない者はその力が外に漏れ出すこともない。間違いなく相手にされていない。俺が襲いかかるだなんて微塵も考えたことがない。
そういう知識がないわけではない筈だ。最初に出会った時にも言っていた。ステラだって冒険者が素行の良いものだとは考えていない。その認識はある。
けれど彼女は警戒しない。わかっていて警戒しない。そう心がけているのではなく、思考に上がってすらこないのだ。
意味がわからない。そんな思考は人間のものではない。あれはなんだ? 本当に人間なのか? 人間の少女が武器も持たずにオークの頭蓋を砕くのか? 敵意も抱かずに魔物を殺すのか? ただそういうのものだと割り切って? いったいどんな生き方をすればあんな化け物に育つのだろう。
「考えてる場合じゃねえな」
思考に耽りすぎた。オーク共が一斉に襲いかかってきた。仲間の一匹があっさりやられて気が立っている。呑気に突っ立ってる俺の行動を挑発と捉えたようだ。都合が良い。
「そうだ。それでいい。かかってこい!!」
巣には近づけさせない。人質も奪い返す。ここで俺が全員たたっ斬ってやる!!
「下がって!!」
は?
どこからかバチバチと音が聞こえた。直後に「バリバリ」続いて「ドカン」と腹に響く音が鳴り響き、青白い光を纏った何かが飛び込んできた。
「はっ!? なっ!? お前!?」
「あっち!」
ステラはオークたちを最初に見かけた方角を指し示している。既にそこにオークはいない。黒焦げの何かと人らしき何かが倒れている。何かじゃない。人間だ!
「バッカお前! 無茶しやがって!」
「大丈夫! 全員無傷! ちょっとビリビリしただけよ!」
なんだこれは? 雷か? ステラは雷を纏っているのか?
「見惚れるのは後になさい♪」
「んなんじゃねえよっ!」
倒れた人々の下へ走り出す。オークもゴブリンも無視して全力で。まるで俺までおかしくなっちまったみたいだ。ステラに任せておけば問題ない。そう心から信じられる。
「はぁーーー!!」
背後で再びバリバリと音がした。魔物たちは悲鳴をあげる間もなく焦がされていく。雷と化したステラが蹴りの一撃で強固なオークたちの皮膚も骨も砕いていく。ゴブリンたちは巻き添えだ。ただ通り過ぎただけで消し炭だ。無茶苦茶だ。あんな戦い方は聞いたことがない。一冒険者の力じゃない。何故冒険者になんて……。いかん。今はこの人たちだ。
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「いや~♪ ガハハ♪ お手柄だったな二人とも♪」
「じゃっねえよ!! ふざけんな! 笑い事で済むかぁ!」
「すまなかった!」
あらま。あのギルド長さんが頭を下げていらっしゃるわ。
「我々の調査不足だ! オークの出現は想定外だった!」
「通るわけねえだろ! あんだけわんさかいて気付かねえ筈がねえ! この件は上に報告すんぞ! 覚悟しとけよ!」
「……つまり領都に赴くと?」
「ああ! 当然だ!」
まあ♪
「そうかそうか。ならば報告書を届けてくれ。こちらも正直に全てを明かそう。金等級冒険者の証言も込みなら上も耳を傾けるだろう。いや~。何から何まですまんな!」
「てめっ!? やっぱりわざと黙ってやがったな!?」
「ギルド長さんは何故このようなことをなされたの? クラヴズの過去はご存知なのでしょう?」
「てことは嬢ちゃんも聞いたのか。うん? って、嬢ちゃんの持ってるそのぬいぐるみは……ははぁん♪ クラヴズも隅に置けねえなぁ♪」
「おい! 何を誤解してやがる!!」
「へっ♪ まさかおめえにそんな趣味があるたぁな!」
「どういう意味だ! この野郎!!」
「流石にちっとばかし幼すぎねえか?」
「よぉし! 表出ろ!」
「よせやい。俺ぁとっくに引退した身だ。現役の金等級様とやり合って勝てるわきゃねえだろ」
「ぶっとばすつってんだよ! 誰が勝負するっつったぁ!」
「お口が悪いぞ。クラヴズ。そんなんじゃ嬢ちゃんに嫌われちまうぜ?」
「ふざけんなぁ!!!」
あらあら。まあまあ。
「そんな事よりギルド長さん♪」
「そんな事だってよ♪ はっ♪ おめえ相手にされてねえじゃねえか♪」
「このっ!!」
「クラヴズも一度落ち着いて頂けないかしら?」
「っ! くそっ!」
「クックック! すっかり尻に敷かれちまってまあ♪」
「あ~~~!! もう! 違ぇつってんだろ!!」
「ギルド町さん。私とクラヴズはそんな関係ではないわ」
「お、おう。……なんかすまんな」
「謝んな! ふざけんな!」
「それよりギルド長さん。私たちが連れ帰った方々なのだけど」
「ああ。安心しろ。ギルドが責任を持って預かろう」
「そう。良かったわ。きっと帰るところもないのでしょうから……。そうだわ。今回の報酬は被害者の皆さんに配って差し上げては頂けないかしら?」
「良いのか?」
「ええ♪ クラヴズが領都まで送ってくれるのなら私には必要ないもの♪」
「そうか。わかった。預かろう」
「ありがとう♪ ギルド長さん♪ あ♪ そうそう♪ ちゃんと"オークの巣穴"を殲滅した分でお願いするわね♪ ちょろまかしてゴブリンの分だけだなんていうのはダメよ♪」
「約束する」
「しっかりやれよ。こいつの妹は領主であるラクティ家のご息女だ。噂はすぐに届くぜ」
「領主の? ……なんだ。お前知らんのか」
「は? 何の話だ?」
「つい最近、領主はその御息女に引き継がれた」
「まあ。なら今はアミが領主様なのかしら?」
「間違いねえ。あの家に他の娘は居なかったからな。そんで数年前に養子を迎えたんだ」
「まじかよ……」
「くれぐれも失礼の無いようにな」
「やっぱ行きたくねえ……」
「ダメよ♪ 私また一文無しになってしまったもの♪」
「たかるな! また稼ぎゃいいだろうが!」
「これ以上足止めなんてさせられねえよ。領主様が首を長くして待ってんだろ? 早く行かねえと迎えが来るぞ。下手すりゃ追手かもしれねえな。そうなりゃクラヴズは指名手配犯だ♪ 領主の姉君を拐かした大罪人だな♪」
「嬉しそうに言うんじゃねえよ! ちくしょう! 行きゃ良いんだろ! 行ってやるよ! 仕方ねえな!」
「ふふ♪ ありがとう♪ クラヴズ♪」




