01-06.襲撃
『おかしい。兵の一人もいないなんて』
着替えの為に押し込められた部屋の外には、人影一つ見当たらなかった。
「あらどうして? 私に護衛は必要なくってよ?」
『だからだよ。ステラから目を離すわけないでしょ』
「私は危険人物だものね♪」
『用心して。ステラも不死身ってわけではないんだから』
「ふふ♪ 私があなたを残して逝くわけないじゃない♪」
『……ねえさっきのって』
「しぃー」
『……これは』
静まり返った廊下の先から何やら音が聞こえてくる。
『悲鳴だ』
ステラが廊下を駆け出した。悲鳴は徐々に大きくなっていく。何かがぶつかりあう音も。誰かが戦っているようだ。何故ステラを呼びに来ない? その余裕もないのか? 何故敵はステラの足止めを用意していない?
疑問の答えはすぐに示された。パーティー会場の分厚い扉は固く閉ざされていた。しかも結界まで張られている。これが音漏れも僅かに防いでいたようだ。道理で気付くのに遅れたわけだ。敵は随分と用意周到な者らしい。内通者もいるのだろう。しかしステラの力は見誤っているようだ。或いは陛下たちが人質として機能するとでも考えたのだろうか。
『大丈夫! 扉の前に人は居ないよ!』
「はぁっ!!!」
ステラは魔力を纏った拳を叩きつけた。結界はあっさりと砕け散り、扉を勢いよく吹き飛ばした。
「グアッ!?」
吹っ飛んだ扉は、入口付近を陣取っていたと思しき奇妙な人型魔獣を巻き込みながら、部屋の中程まで転がっていった。
「赤金!!」
誰が叫んだか、その声に反応して部屋中の視線が集まってくる。
「変わったお客様ね♪ 私と一曲如何かしら♪」
ステラは部屋へと入り、吹き飛ばした扉と結界の代わりと言わんばかりに、魔術で土壁を張って出口を封鎖した。これで下手人は逃げられまい。
「お師様! こいつの相手はわたくしよ! ダンスの邪魔をしないで頂戴!!」
『お師様ぁ!? ちょっとステラ! いったいどういう事なのさ!?』
マリアルバ第七王女は化け物と対峙していたようだ。ドレスの裾を雑に破り捨て、武器も持たずに拳一つで立ち向かっている。なんとも勇ましいお姫様だ。
「あら。バレてしまったわね♪」
『嘘ついてたの!? 知り合いだったの!?』
「その話は後にしましょう。それより出番よ」
『もうやってる!』
「なんだと!?」
「くっ!?」
「このっ!?」
参加客にバラバラに紛れていた三人の男たちを魔術の鎖で拘束してその場に縫い付けた。魔獣がマリー王女に抑えられてしまったせいで計画を進められず潜んでいたようだ。
尋問は後だ。今捕らえたのは怪しい動きをした者たちだけだ。まだ他にも敵の仲間が潜んでいるかもしれない。とは言え、ステラがいればこれ以上余計な事はしないだろう。こちらはステラに任せよう。
「赤金!! 貴様ぁ!!!」
口も塞いでおくべきだったか。
「これだけかしら?」
『後は外だね。そっちは任せて』
「ヴィオラの事も忘れてはダメよ♪」
『もちろんさ』
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フィリーからアミの意識が抜け出ていった。
「はぁ!!」
第七王女、マリーが果敢に魔獣へと殴りかかっていく。
「ガァァ!!!」
魔獣は怯えているようだ。背後の私を気にして満足に動くことも出来ていない。
「邪魔よ! お師様!」
「こ~ら♪ 人のせいにしないの♪ マリーの魅力が足りないだけよ♪」
「やっぱり貴女は気に入らないわ!」
「グァアア!!」
魔獣が苦悶の声を上げる。されるがまま一方的に殴られ続けている。私に意識を割いているのもあるけど、単純にマリーの動きにすらついていけていないようだ。随分と粗悪なものを流し込まれたのね。可哀想に。
「何を怒っているのかしら?」
「アミ様があんなに素敵なお方だったなんて! もっと早く引き合わせてくださればよかったのに!」
「グボァッ!?」
ボコスカと魔獣を殴りつけながら乙女のような事を言い出した。
「うふふ♪ それも魅力が足りないからではないかしら♪」
「また言ったわね!?」
「グラァッッ!!!」
遂に魔獣は怒りの声を上げた。私に構っている場合ではないと気付いたのだろう。
「うるさい!!」
「グバッ!?」
マリーは容赦なく脳天にかかとを振り下ろし、魔獣を床に沈めてみせた。
「やるじゃない♪ 最後は届いていたわよ♪」
「次は貴女よ! お師様!!」
ここで始めるの? 今はそんな場合ではないと思うのだけど。
「マリーも行ってあげて。アミが追っているから」
「そういう事は早く言いなさいよ!?」
マリーは最後にもう一発魔獣を踏みつけてから、そのままの後ろに飛び退り、バルコニーから飛び出していった。
「そこの三人をお願い出来るかしら?」
「っ!? 捕らえろ!!」
ようやく動き出した近衛たち。この場は彼らに任せるとしよう。
「やってくれたのう。赤金」
「あら陛下。何の話かしら?」
「いつから我が娘はお前の弟子になんぞなっておったのだ」
「ふふ♪ 存じていなかったのね♪」
「答えよ」
「いつからなんて重要なことかしら?」
「何が狙いだ?」
「それはマリー本人に問うべきね。私は依頼を受けただけだから」
「困った子供たちだのう……」
「お得意様のご依頼はいつでもお待ちしておりますわ♪」
「割引はあるかのう?」
「交渉はギルドを通して頂いておりますの♪」
「むぅ~。イケズだのう~」
『終わったよ』
「あらアミ♪ ご苦労様♪」
思っていたより随分と早かったわね♪ 流石はアミだわ♪ マリーは間に合わなかったわね♪
『取り込み中だった?』
「いいえ♪ こちらも済んだ所よ♪」
私はただ抑止力としてここに立っているだけだ。近衛や兵士の皆様が調査を終えるまで皆に好き勝手動かれては困るでしょうから。
今回の騒動には間違いなくアミの追っている相手が絡んでいる。未だ真の名すら掴めぬ謎の組織。わかっているのは「カラミティ」という単語だけ。これが組織の名なのか、他の何かを指すのかもわかっていない。世界各地で不可思議な魔獣を暴れさせるテロリストたち。
彼らの手口は主に二つ。一つは魔物を汚染する「凶暴化の呪い」とでも呼ぶべきものだ。放っておけばその土地の魔物たちに次々と広がっていく。魔物たちだけではない。いずれはその土地すらも腐らせてしまう凶悪な呪いだ。
もう一つは「人を魔獣にする呪い」だ。つまりはこの魔獣も元人間だ。こうなってしまっては元に戻す術もないけれど。
「グッ……」
マリーったら仕留め損なっているじゃない。
魔獣が再び起き上がろうとしている。警戒した近衛たちが武器を構えて近づいていく。
『ダメだ。ダメだ、ステラ。彼らにこの魔獣を殺させてはいけないよ』
「そう。わかった」
ごめんね。助けてあげられなくて。
「グォォォォオオ!!!」
「「「「なっ!?」」」」
魔獣の身体が一瞬で燃え上がった。
「…………ス……テ……ラ……」
……そう。あなただったのね。本当にごめんなさい。




