第八話「美味い飯は、正義」
――カノンのごはんと、早乙女の敗北
戦いの翌日。
森のはずれに、簡易的な野営地が作られていた。
焚き火の音。
木々を抜ける風。
昨日までの緊張が嘘みたいに、穏やかな時間が流れている。
「……いい匂いしない?」
天音が鼻をひくつかせる。
「してるね」
零も同意した。
その視線の先―
焚き火の前で、カノンが鍋をかき混ぜていた。
水色の髪を後ろで軽くまとめ、
慣れた手つきで具材を刻んでいる。
「もう少しでできますよ」
「野草と保存肉だけですけど……」
九条が覗き込む。
「……いや、普通にうまそうだな」
「え、ほんとですか?」
カノンは少しだけ照れたように笑った。
「村にいた頃、よく作ってたんです」
「食べる人がいないと、料理って続かなくて……」
その言葉に、少しだけ空気が静まる。
が、
「じゃあ今日は俺らが全部食う!」
天音が即答した。
「遠慮しない!」
「いっぱい作ってくれ!」
カノンは驚いたあと、ふっと微笑んだ。
「……はい」
ーーカノンの料理、強すぎる
数分後。
鍋の蓋が開いた瞬間―
「……うわ」
「うまそ」
「いや、絶対うまいだろこれ」
見た目は素朴なスープ。
だが香りが異常に良い。
一口食べた瞬間―
「……え?」
天音が止まる。
「なにこれ」
零も驚いた顔をする。
「回復魔法、使ってないよね?」
カノンは慌てて首を振る。
「えっ!? 使ってないです!」
九条は黙って二杯目をよそった。
「……身体が軽い」
早乙女が真顔で言う。
「これ、宿屋よりうまいんだけど」
カノンは少し困ったように笑う。
「ただの家庭料理ですよ……?」
だが全員の表情が物語っていた。
―この子、めちゃくちゃ有能だ。
ーー夜の焚き火
食後、火を囲んで休憩していると。
カノンがぽつりと言った。
「……あの」
「私、ちゃんと役に立ててますか?」
一瞬の沈黙。
天音がすぐに答える。
「むしろ助けられてる」
零も頷く。
「戦闘以外の部分、全部任せられる」
九条は短く言った。
「いてくれないと困る」
カノンは目を丸くして―
少しだけ、泣きそうな顔で笑った。
「……よかった」
その表情を見て、天音は思った。
(この子、ほんとに強いな)
⸻後日談・その夜の焚き火にて
戦いから数日後。
焚き火を囲んで、皆がくつろいでいた夜。
カノンは少し離れたところで、鍋を片付けている。
その背中を―
じっと見つめる影がひとつ。
「……よし」
早乙女が、髪を軽く整えた。
「今ならいける」
天音「(嫌な予感)」
零「(止めるべきかな?)」
九条「(いや、見守ろう)」
―そして。
「ねえ、カノンちゃん」
早乙女はいつもの爽やかスマイルで近づいた。
「今日の料理、本当に美味しかったよ」
「こんなに家庭的な子、なかなかいない」
「もしよかったらさ―」
「俺と一緒に、少し星でも見ない?」
一瞬、静寂。
カノンは振り向き、少し首をかしげた。
「……?」
「えっと……」
数秒考えてから、にこっと笑う。
「ありがとうございます」
「でも」
「そういうの、今は考えてないので」
「ごめんなさい」
完。
あまりにも綺麗な断り方。
「……」
早乙女、沈黙。
天音が即ツッコむ。
「軽っ!!」
「三秒ももたなかったねー」
「潔い敗北だ」
早乙女はしばらく空を見上げてから、ぽつり。
「……おかしい」
「今回はいけると思ったんだけどな」
カノンは申し訳なさそうに言った。
「早乙女さんは、いい人だと思います」
「でも……」
「今は、旅が大事なので」
その言葉に、早乙女は目を丸くして―
そして、苦笑した。
「……そっか」
「じゃあ仕方ないな」
「次は、もうちょっと大人になってからにするよ」
「いや諦め早すぎだろ」
「反省したほうがいいんじゃない?」
「通常運転だな」
カノンは小さく笑った。
焚き火が、ぱちっと音を立てる。
その夜、旅の空気はどこか温かかった。
そして―
早乙女の恋は、今日も静かに散った。
早乙女は早乙女です




