第七十七話「生命の管理者」
ーー撤収
空間に展開していた幾何学式が、一枚ずつ剥がれるように消えていく。
巨大な箱型アーティファクトは、ゆっくりと地面へ降り立った。
テニカは、深く息を吐く。
肩が、小さく揺れた。
「……はぁ……」
膝が、わずかに崩れる。
それでも彼女は、無理やり体勢を立て直した。
視線を上げる。
そこには――
セリオンが、静止していた。
純白の巨体が、ゆっくりと崩れ落ちる。
装甲が粒子となって分解し、光が零の身体から剥がれていく。
内部から現れた零は、既に意識を失っていた。
テニカは、少しだけ困ったように笑う。
「限界まで回したねぇ……ほんと無茶する」
零の身体を、重力操作で静かに浮かせる。
その視線が、崩壊したビルへ向く。
そこに、もう一つの気配。
天音は、壁にもたれかかるように立っていた。
弓は既に消えている。
指先は震え、呼吸は浅い。
だが、立っていた。
テニカは、小さく目を細める。
「……十分頑張ったじゃん」
次の瞬間。
天音の膝が折れる。
倒れる身体を、重力が優しく支えた。
天音を回収したテニカは、二人を並ばせて歩き出す。
その顔を、順番に見つめる。
そして、少しだけ口角を上げた。
「やるじゃん、お疲れ様」
その声は、誰にも届かない。
ただ、風に溶けた。
テニカは指を鳴らす。
転移式が展開される。
封印されたアーティファクトを伴い、三つの影は光の中へ消えた。
ーーーーーーーー
生命領域。
そこは、終わりも境界も持たない。
無数の生命式が、星屑のように浮かび、脈打っている。
その中心に、小さな少女が立っていた。
淡い緑の髪が、重力を持たない水の中のように漂っている。
素足は、何も踏んでいないのに、確かに“そこ”に立っていた。
少女――ガイアは、静かに瞬きをする。
その瞬間。
一つの生命接続が、音もなく途切れた。
ガイアの指先が、わずかに震える。
「……消えちゃった」
幼い声。
だが、空間全体が、その言葉に反応する。
光の粒子が収束し、三つの存在が形を持つ。
腐海 バイオーム。
苔と腐植に覆われた巨躯の男。
加重 リミナ。
空間を沈ませる黒装の女性。
原質 ヒュロス。
半透明の身体を持つ長身の男。
三人は同時に、膝を折るように頭を垂れた。
「お呼びでしょうか、ガイア様」
ガイアは、少しだけ首を傾げる。
「うん……アピロゾイオスね」
小さな手を胸の前で組む。
「繋がりが、消えたの」
沈黙。
最初に口を開いたのはヒュロスだった。
「……消滅、でしょうか」
ガイアは、ゆっくり首を横に振る。
「ううん。存在はまだある」
「でも、閉じ込められてる」
リミナの瞳が、わずかに細くなる。
「封印、ですか」
「多分ね」
ガイアは、空間に浮かぶ生命記録を指でなぞる。
幼い顔に、不釣り合いなほど深い思索が浮かぶ。
「原因は……『技術』」
「間違いないと思う」
バイオームが、低く唸る。
「……やはり、厄介ですな」
「そうだね」
ガイアは、こくりと頷く。
だが。
すぐに、小さく眉を寄せた。
「でも……おかしいの」
三人の使徒が、静かに顔を上げる。
「技術そのものには、戦う力がないのに」
「どうして、アピロゾイオスが負けたのかな」
その言葉に、空間がわずかに揺れる。
ヒュロスが、静かに答える。
「確かに……
あの世界にいたのは、「技術」だけのはずです」
リミナも続く。
「戦術支援型個体が存在したのでしょうか……?」
ガイアは、少しだけ考え込む。
幼い指が、唇に触れる。
そして――
ぽつりと呟いた。
「……プロメテウスが」
「なにか、したのかも」
空気が、凍る。
最初に反応したのはバイオームだった。
ゆっくりと頭を下げる。
「……もしそれが事実であれば」
「極めて重大でございます」
ヒュロスの内部で、元素構成が高速で組み替わる。
「現在の使徒はそれぞれの存在を互いに把握しています。
ですが、新たな使徒が生まれたとならば……」
リミナが、僅かに表情を曇らせる。
「……今の均衡が崩れますね」
ガイアは、その言葉を静かに聞いていた。
そして。
小さく、息を吐く。
「……まだ、わからない」
「でも」
を見渡す。
「今、動くのは……危ないと思う」
三人は、沈黙したまま耳を傾ける。
ガイアは、足元に浮かぶ生命式を撫でる。
それは、世界そのものだった。
「アピロゾイオスが封じられた今」
「相手は、私たちを“観測”できる位置にいる」
「ここで動けば……」
幼い声が、わずかに低くなる。
「こっちの世界まで、滅ぼされちゃうかも」
リミナが、静かに頷く。
「……防衛を優先すべき、というご判断ですね」
「うん」
ガイアは、素直に答える。
「しばらくは」
「境界維持と、防衛に集中して」
バイオームが、深く頭を垂れる。
「御意にございます」
ヒュロスも続く。
「観測精度を強化し、侵入兆候の解析を行います」
リミナは、片膝をついたまま微笑む。
「防衛層の重力固定を再構築いたします」
三人の声が、重なる。
「すべて、ガイア様の御意志のままに」
ガイアは、その言葉を聞いて。
少しだけ、困ったように笑った。
「……そんなに、かしこまらなくていいのに」
だが。
その瞳は、確かに世界を背負っていた。
遠く。
生命領域の奥で。
ほんの一瞬だけ、微かな揺らぎが生まれる。
ガイアの視線が、そこへ向く。
誰にも気づかれないまま。
彼女は、小さく呟いた。
「……見てるの?」
その問いに、答える者はいない。
久しぶりです!
学校が忙しくて……




