第七十四話「神機解放」
ーーセリオン
「セリオン」そう短く呟いた時、光が零を満たした。
天音の方向へと歩みを進めようとしていたアピロゾイオスも、異変に気づく。
次の瞬間、演算領域の内側から、巨大な質量が現れた。その大きさは、七メートルほど。純白と銀の装甲に、光学紋様が走り、背部には羽状の演算ユニットが浮遊していた。
その姿は、人型神機、と表現するのが正しいだろう。
――セリオン内部。
「すごいな…」
零は、思わず呟いた。
視界は、通常の視覚ではない。空間が数値化され、立体的な演算層として展開している。重力、密度、生命反応、敵対意思――すべてが情報として流れ込んでくる。
「……理解できる」
零の思考が加速する。
セリオンの構造。
武装。
機動制御。
焼却機構。
防御演算。
すべてが、触れた瞬間に演算可能な形で整理されていく。
その時、テニカの言葉が脳裏をよぎった。
『これはね、私が始めてこの世界に派遣された時に思いついたもんでね。まあ、零なら使えるでしょ』
『零は攻撃手段がないから、もってこいの代物だね』
『ただし、使用時間が限られるから、そこだけ気をつけるんだよ』
零は、小さく息を吐く。
「……任せて」
視線を上げる。
そこには、再び植物を展開し始めたアピロゾイオスと、空を埋め尽くす虫の群れがあった。
アピロゾイオスが静かに口を開く。
「……面白い」
「機械仕掛けの守護者か」
「生命に対抗するには、あまりにも――不自然だ」
背後の箱が、再び震える。
虫の群れが、濁流のように押し寄せた。
次の瞬間。
セリオンの背部ユニットが展開する。
羽状の演算板が回転し、空間に幾何学模様が浮かび上がる。
「迎撃、開始」
セリオンが踏み込んだ。
大地が沈む。
七メートルの巨体とは思えない速度で前進し、右腕の装甲が展開する。
内部から現れたのは――純白の長剣。
機体サイズに合わせた神機剣。
振り下ろされる。
空間が裂け、虫の群れがまとめて吹き飛ぶ。
しかし。
群れは止まらない。
崩れた瞬間、分裂するように再編成される。
零の瞳が細まる。
(個体ではない……群体思考)
瞬時に解析を更新。
セリオンの剣が再び閃く。
今度は――横薙ぎ。
同時に、背部ユニットが発光する。
「焼却機構、限定展開」
剣の軌跡に沿って、白熱した熱線が走る。
触れた虫が、光に包まれ消失する。
だが。
アピロゾイオスは、動じない。
「……焼却か」
彼が指を鳴らす。
地面が裂けた。
そこから伸びる、巨大な蔓。
建造物ほどの太さを持つ生命体が、鞭のように振り下ろされる。
「予測済み」
セリオンが跳躍した。
重装甲とは思えない軽さで空中へ舞い、背部ユニットが推進光を放つ。
空中で姿勢制御。
落下と同時に剣を突き立てる。
蔓が両断される。
切断面から、新たな枝が瞬時に再生した。
「増殖速度……異常」
零の演算が加速する。
同時に、意識の奥で――微かな疲労が走った。
(まだ、大丈夫)
その瞬間。
視界端に、倒れた天音の位置が表示される。
瓦礫に埋もれ、生命反応はある。
だが、戦線復帰はまだ不可能。
零は、セリオンを旋回させる。
虫の濁流が、天音へ向かっていた。
「させない」
セリオンの胸部装甲が展開する。
内部の演算炉が輝きを増す。
「広域焼却――解放」
背部ユニットが完全展開。
羽が、光の環へと変形する。
次の瞬間。
空間そのものが白熱した。
波状の熱が、虫の群れを飲み込み、蒸発させていく。
都市の広場が、一瞬だけ静寂に包まれる。
だが。
熱が引いた瞬間。
アピロゾイオスの背後から、新たな生命反応が膨れ上がる。
空が、黒く染まった。
「生命は尽きない」
アピロゾイオスが、静かに告げる。
「君がどれほど焼こうと――」
「生命は、形を変えて溢れ続ける」
無数の羽音。
空を覆う、新たな虫の群れ。
さらに――
地面が隆起する。
巨大な根が、街路を飲み込みながら伸び上がる。
零の呼吸が、わずかに乱れる。
セリオンの内部に、警告光が灯る。
【神経同期負荷 上昇】
【演算負荷 上昇】
零は、静かに目を細めた。
(……残り時間)
内部タイマーが、淡く表示される。
まだ、余裕はある。
だが――長くは持たない。
それでも。
零は剣を構えた。
「あと、五分弱……」
「十分すぎる」
セリオンが再び踏み込む。
純白の巨影が、生命の濁流へ突入する。
その背後で。
瓦礫の中。
かすかに――天音の指が動いた。




