第七十三話「アーティファクト」
ーー止まらぬ勢い
六分が経過していた。
すでに戦場は、都市という形を保っていなかった。
広場を中心に、建造物は無数の蔦と樹幹に侵食され、地面は呼吸するように膨張と収縮を繰り返している。空気そのものが生命反応を帯び、動くだけで肌にまとわりつくような圧迫感があった。
天音は、荒く息を吐きながら斬撃を振るう。
「――天之ッ!」
銀の軌跡が空間を裂く。
迫り来る植物の群れが、幾層にも分断され、崩れ落ちる。しかし切断された断面からは、即座に新たな芽が伸び、再び殺到してくる。
零は、背後から冷静に声を飛ばす。
「再生周期、さらに短縮してる! 斬撃の余波を学習してる!」
「分かってる……!」
天音は歯を食いしばる。
足場が沈む。瞬時に踏み換え、横から伸びた蔦を回転斬りで払う。だがその隙間から、地中を這った根が脚を絡め取ろうとする。
銀光が閃く。
根が弾け飛ぶ。
それでも。
押し寄せる量が、減らない。
六分を越えてからの二分間――それは、耐久という言葉では足りなかった。
斬っても斬っても終わらない。
呼吸が乱れるたび、反応速度がわずかに落ちる。そこへ正確に、植物は侵入してくる。
零の演算が、常に最適軌道を提示していた。
「左三十度! 地中から来る!」
「上層枝、二秒後に収束する!」
「今!」
その声に従い、天音は動き続ける。
だが。
八分。
その時だった。
巨大な花弁のような構造体が、天音の周囲で一斉に閉じ始める。逃げ道が、完全に塞がれた。
「……っ」
銀矢を放つ隙すらない。
天音は、迷わなかった。
懐へ手を差し入れる。
取り出したのは、小さな多面体装置だった。内部に淡い光が渦巻いている。
「……テニカ、借りるぞ」
それは、彼女から預けられていたアーティファクト。
――《アクラトス》。
天音は、それを握り潰すように起動させる。
装置が分解され、粒子となって腕へ絡みつく。銀の紋様が皮膚の上に展開し、能力増幅回路が形成される。
その瞬間。
完全に閉じた植物の檻が、天音を飲み込んだ。
だが。
「――エントロピア・フレゴン」
静かな詠唱が響く。
天音の掌に、極小の恒星が灯る。
それは、これまでとは違っていた。
アクラトスによって強化されたフレゴンは、密度が桁違いだった。凝縮された熱量が、空間そのものを歪ませる。
天音が、掌を開く。
次の瞬間。
白熱した恒星が爆発的に膨張する。
光ではない。
熱でもない。
存在を崩壊させる純粋なエネルギーが、周囲を飲み込んだ。
植物群が、蒸発する。
再生する前に、概念ごと焼き切られる。
侵食していた生命圏が、一瞬で剥離し――
戦場の中央に、巨大な空洞が穿たれた。
静寂が落ちる。
宙に漂う焼却残滓が、灰のように降り注ぐ。
アピロゾイオスは、その光景を見下ろしていた。
「……厄介だ」
淡々と、そう呟く。
そして、静かに語り出した。
「生命の真価は、自由意志だ」
視線が、天音へ向けられる。
「私が操っていた植物は――序章に過ぎない」
彼は、懐から小さな箱を取り出す。
それは装飾のない、無機質な容器だった。
アピロゾイオスは、それを地面へそっと置く。
瞬間。
箱が、ひび割れた。
次の刹那。
内部から、黒い奔流が噴き出す。
それは――虫だった。
無数。
質量。
密度。
そのどれもが、先ほどの植物とは比較にならない。空間が、羽音だけで震え始める。
空を覆い尽くす群体。
個々が独立した意志を持つように、複雑な軌道で拡散し、そして収束する。
天音は、反応が遅れた。
「――っ!」
視界を埋める影。
次の瞬間。
自分の身体より巨大な甲殻虫が、突撃してくる。
回避は、間に合わない。
衝撃。
天音の身体が弾き飛ばされる。空気を裂き、数百メートル先の高層ビルへ叩き込まれる。
ガラスと外壁が爆散し、建物内部へと消える。
動きが、止まった。
意識が、落ちる。
その光景を見ていたのは――零だけだった。
「……天音」
息はある。それだけ確認し、前を向く。
ただ、深く息を吸う。
両手を重ねる。
「――アリスモス・クリオス」
空間が、停止する。
零を中心に、半径一メートル。
時間と運動が完全に凍結される。
突進してきた虫群が、停止空間の表層へ叩きつけられる。
しかし。
数が、多すぎた。
外側から次々と押し寄せる群体が、停止領域へ張り付いていく。黒い甲殻が層を成し、光を遮断する。
外が、見えなくなる。
羽音すら、止まっているはずなのに――圧だけが伝わってくる。
零は、理解していた。
このまま天音が倒れれば。
勝機は、完全に消える。
停止領域の内側で、彼は静かに目を閉じる。
そして。
懐へ手を伸ばした。
取り出したのは、小型の球状装置。
テニカから渡されていた、もう一つの切り札。
零は、それを見つめる。
短く、息を吐いた。
「……ここからは、僕の役割だ」
零が初めて戦闘します!




