第七十一話「作戦」
ーー開戦
名乗りが終わった瞬間だった。
存在感が、さらに膨れ上がる。
空気が重くなる。呼吸をするだけで肺が軋むような圧迫感。地面に根を張る植物たちが、まるで巨大な生態系そのものを構築し始めているかのようだった。
天音は、無意識に奥歯を噛み締める。
その圧の中で、天音の意識は一瞬だけ――過去へ引き戻された。
鍛冶屋の中は、外の未来都市とは切り離されたように静かだった。炉の火が揺れ、金属の匂いが満ちている。
テニカは、二人をまっすぐ見た。
「私は、戦うことができない。」
その言葉に、天音は眉をひそめた。
「……じゃあ、何ができるんだ?」
一拍の沈黙。
そして、テニカは小さく笑う。
「直球なのは嫌いじゃないよ」
彼女は、軽く肩を鳴らした。
「私の能力は――アナリュティコス・ポイエーシス」
炉の火が、ぱちりと弾ける。
「事象を解析し、それに対して有効なアーティファクトを作ることができる」
零が、小さく息を呑んだ。
「……強い…」
率直な感想だった。
テニカは少し照れたように肩をすくめる。
「まあ、あとは、結界術なんかも使えるね」
付け足すように言いながら、机の上の結晶を指先で転がす。
しかし、その表情はすぐに真剣なものへ変わった。
「でもね、解析には時間がかかる。」
火の揺らぎが、三人の影を歪める。
「だから、時間を稼いで欲しい。倒せたらそれはそれでいいんだけど――」
ほんの僅か、視線を強くする。
「使徒はそんなに甘くない。」
その言葉が、静かに沈んだ。
空気が、張り詰める。
テニカは指を二人へ向けた。
「天音は、使徒と真正面から戦い、時間を稼ぐこと。それで、できるだけ多くの情報を引き出すこと。」
続けて、零へ視線を移す。
「零は、天音のサポート。かつ、現場の情報収集と敵の解析。解析した情報は、そのまま私がもらえるようにしておくから、頼むよ」
零は静かに頷いた。
天音は、腕を組みながら問いかける。
「そのアーティファクトを作るのには、どれくらいの時間がかかる?」
テニカは少し考え、顎に指を当てた。
「そうね……」
視線が宙を彷徨う。
「一人なら三十分だけど、零もいるから――長くても二十分かな」
炉の火が、強く揺れた。
――現在。
天音は、ゆっくりと息を吐く。
二十分。
それが、勝敗を分ける時間。
アピロゾイオスは、静かに二人を観察していた。
足元の植物が、波のようにうねる。広場全体が、一つの生き物のように見えた。
「やる気に満ちているな」
男は、淡々と言う。
「当然だ」
天音は一歩踏み出した。
その瞬間、空気が裂ける。
天音の背後で、純白の光が展開する。
――天之。
光が刃となり、腕へ収束する。熱も、重さもないはずのそれが、空間を歪ませるほどの存在感を帯びていた。
零が、静かに右手を掲げる。
瞳の奥で、無数の数式が流れ始める。
「演算領域、展開」
足元の石畳に、微細な光の幾何学が走る。視界の情報が、層状に分解されていく。
アピロゾイオスは、その様子を見て、わずかに口角を上げた。
「なるほど」
男が、指先を地面へ向ける。
その動作は、あまりにも緩慢だった。
だが次の瞬間。
広場全域から、植物が噴き上がる。
槍のように。
鞭のように。
網のように。
空間そのものを埋め尽くす勢いで。
「――来る!」
零の声。
同時に、天音は地面を蹴った。
光刃が弧を描く。
迫り来る植物群へ――真正面から斬り込んだ。
戦闘が、始まった。




