第六十八話「技術」
ーー鍛冶屋
食べ終わった二人は、街の中心部から少し外れた区域へと足を運んでいた。
ネオンとホログラムが重なり合う大通りから外れるにつれ、空気の色が変わっていく。高層建造物の表面を走っていた光の広告は消え、代わりに無骨な金属壁と配線の露出した建物が増えていった。
だが、それでもこの世界特有の精密さは消えない。壁を流れる配線一本に至るまで整然と配置され、浮遊式の搬送ドローンが静かに資材を運搬している。遠くでは、自律型の整備機械が建物の外装を修復していた。
そんな景色の中で――
その建物だけが、明らかに異質だった。
木造。
煤けた外壁。
手打ちの鉄看板。
そこには簡素に「鍛冶屋」とだけ刻まれていた。
天音は足を止めた。
「……ここ、だよな」
零は静かに頷く。
「座標は一致してる。間違いない」
自動扉も、認証装置も無い。木製の引き戸に手をかけ、天音が横に引いた。
カラン、と小さな鈴が鳴る。
内部は、外観以上に時代を感じさせる空間だった。炉が中央に据えられ、壁には様々な工具が整然と並んでいる。だが、その炉の内部では、通常の炎ではあり得ない、幾何学的に歪んだ蒼白の熱が揺れていた。
そして――
作業台の奥。
一人の女性が椅子に座っていた。
年齢は二十代半ばほどに見える。長い黒髪を無造作に後ろで束ね、作業用の革エプロンを身に付けている。
その姿は、あまりにも自然で。
あまりにも――人間だった。
その瞬間、二人の脳裏にプロメテウスの言葉が蘇る。
『お前たち以外の使徒は、人の形をしている者もいるが――人間ではない』
女性が、ゆっくりと顔を上げる。
柔らかな微笑みが浮かんだ。
「初めまして」
声音も、呼吸も、視線の揺れも、完璧に人間のそれだった。
「私の名前はテニカ。プロメテウスの使徒の『技術』だ。よろしく」
天音は一瞬、言葉を失った。
胸の奥に、奇妙な違和感が生まれる。敵意でも警戒でもない。ただ、“理解できないほど自然”という感覚。
零は無意識に演算を走らせる。
視覚情報、熱分布、心拍、魔力波形――全てを解析する。
結果は、どれも“人間”。
だが。
「……違う」
零が小さく呟いた。
天音が横目で見る。
「分かるのか?」
「理屈じゃない。演算が、逆に証明してる。情報が綺麗すぎるんだ。ノイズが無い」
天音は改めてテニカを見つめた。
彼女は二人の反応を楽しむでもなく、困るでもなく、ただ静かに待っていた。
その落ち着きが、逆に人間離れしている。
天音は軽く息を吐いた。
「……天音だ」
「零です」
短く名乗る。
テニカは満足そうに頷いた。
「聞いてる。元人間の使徒、でしょ?。」
椅子から立ち上がると、彼女は炉の火力を調整しながら続ける。
「それで、状況確認よね」
作業台の上に、立体投影が展開された。世界を俯瞰するホログラム。その周囲を覆うように、巨大な透明の壁が浮かび上がる。
「今は、私の創ったアーティファクト――テイコス・ステレオンによって、この世界への侵入を防いでる」
零の目が細められる。
「防御結界……いや、もっと根源的だね」
「正解。これは空間層そのものを固定する装置。侵入座標を成立させない」
テニカは指先で空間を弾く。すると結界表面に、微細な亀裂のような波紋が映し出された。
「ただし――万能じゃない」
声色が、わずかに低くなる。
「外からの干渉は増えてる。解析も進んでる。破られるのは時間の問題」
沈黙が落ちた。
天音はホログラムを見つめたまま言う。
「どれくらい持つ?」
「正確な予測は不可能。でも、長くて数ヶ月。短ければ数週間」
零はすぐに質問を重ねる。
「侵入してくるのは、管理者直属の使徒?」
「そう。ほぼ確実にね」
テニカはそこで、二人の方を向き直った。
じっと観察するような視線。
「それにしても――」
小さく肩をすくめる。
「派遣されたのが元人間とは驚いた。でも、まあ」
穏やかに笑った。
「プロメテウス様の考えだから安心だ」
その言葉には、盲信とも違う、長年仕えてきた者特有の確信があった。
テニカは作業台の横にある金属椅子を二脚引き出す。
「座って。時間が惜しい」
天音と零は顔を見合わせ、静かに頷いた。
椅子に腰を下ろすと同時に、ホログラムの表示が切り替わる。都市の防衛ライン、侵入予測座標、未知の反応群。
「さて」
テニカが指先を組む。
「作戦会議を始めましょうか」
蒼白の炉の光が、三人の影を静かに揺らしていた。
プロメテウスのところは、テニカの他に三人使徒がいます。




