第六十五話「使徒として」
ーー新たな旅立ち
二人は、空いた口が塞がらなかった。
なぜなら、そこは元の世界の科学技術の最果てのような印象を持ったからだった。
頭上には幾層にも重なる透明な軌道が走り、その中を光の列車が音もなく通過していく。地上には人の流れがあり、だがそれは単なる人間の往来ではない。道行く者たちの衣服は、わずかに光を帯び、空間に浮かぶ情報を読み取りながら色や形状を変化させている。
空中には、円環状の装置が浮かび、その中心で青白い粒子が収束しては消えていた。
――転移装置。
零は、それを見上げながら小さく息を呑む。
そのすぐ脇を、人間とほぼ変わらない外見をした存在が歩いていく。肌の質感も、呼吸の揺らぎも、視線の動きすら自然だった。ただ一つ違うのは、その瞳の奥に、わずかな演算光が瞬いていることだけ。
「……すげぇな」
天音が、呟く。
その声には、純粋な驚愕。
科学という言葉で括るには、あまりにも完成され過ぎている。魔法ですら、ここではただの基礎技術の一つに見えるほどだった。
なぜ、こんな世界に来ているのか。
――話は、少し遡る。
⸻
使徒となる決意を示した二人を、エンドゥーは静かに見下ろしていた。
その表情に感情はほとんど見えなかったが、わずかに、興味の色だけが宿っていた。
「ならば、来い」
エンドゥーはそう言った。
「天界へ案内しよう。お前たちがこれから立つ場所を、知る必要がある」
その言葉が落ちた瞬間、空間の奥に、光の裂け目が生まれた。
神域へと続く門。
だが――
「待て」
声を上げたのはノグティスだった。
短剣を肩に担ぎながら、軽く片手を上げる。
「そいつらだけ行かせるのは気に入らない」
エンドゥーが視線を向ける。
「お前は、使徒をやめただろう?」
「それは、自我がなかったからだ。
お前が自我を奪わない限り、ボクも使徒になってもいい」
わずかな沈黙。
やがてエンドゥーは、否定も肯定も滲ませない声音で告げた。
「……そうか」
それだけ言うと、エンドゥーは踵を返す。
ノグティスも、何事もないように続いた。
そして――二人が門へと歩き出した、その瞬間。
天音と零は、互いに視線を交わし、小さく頷いた。
「……ちょっとだけ、待っててくれ」
天音が声をかける。
エンドゥーは振り返らなかったが、歩みを止めた。
二人は、背後へと歩き出す。
そこには――九条、早乙女、カノンが立っていた。
⸻
しばらく、誰も言葉を発さなかった。
風が吹き抜ける。戦いの痕跡が残る大地の上で、ただ静かな時間だけが流れる。
最初に口を開いたのは、零だった。
「……行ってくる」
短い言葉だった。
だが、それ以上に必要な言葉は、もうなかった。
九条は腕を組んだまま、ゆっくりと息を吐く。
「……ああ」
それだけだった。
だが、その一言には、信頼も、覚悟も、全部込められていた。
カノンは、何か言いかけて、やめる。代わりに、胸元で強く手を握った。
そして――
二人が背を向け、天界へと続く門へ歩き出した、その時だった。
「――待ってるから!」
早乙女の声が、背中に突き刺さった。
二人は、同時に振り返る。
そこには、必死に笑顔を作ろうとしている早乙女がいた。その隣で、九条が静かに頷き、カノンもまた、まっすぐに二人を見つめている。
言葉は、それ以上なかった。
それでも――
十分だった。
天音は、ほんの少しだけ笑った。
零も、静かに目を細める。
そして二人は、再び前を向いた。
⸻
光が、門の奥から溢れ出す。
振り返る余裕は、もうなかった。
ただ――
背中に残る視線だけが、確かにそこにあった。
光に包まれながら。
天音と零は、天界へと向かった。
第二章スタートです!
いきなりスケールが大きくなりますが、お付き合いください…




