第五十五話「条件」
――封印への準備
重圧が、戦場を押し潰していた。
アゴンが一歩踏み出すたび、
大地が“判断”を下されるかのように軋む。
白銀の剣は振るわれていない。
それでも、呼吸が苦しい。
――これ以上、正面からは持たない。
その事実を、誰もが理解していた。
零が、ゆっくりと前に出る。
「……全員、聞いて」
声は低く、だが揺れていない。
「アゴンは、倒せない」
否定の声は上がらなかった。
それが、もう答えだった。
「だけど」
零は続ける。
「“戦えない”わけじゃない」
早乙女が、即座に言葉を継ぐ。
「――封印」
「そう」
零は頷いた。
「対象を破壊するんじゃない」
「世界との接続を、断つ」
その名が、静かに口にされる。
「《レテ・アンソロピノン》」
空気が、わずかに波打った。
全員が“重い魔法名”だと理解している。
カノンが、慎重に問いかける。
「……完全封印?」
「いいや」
零は首を振る。
「忘却封印じゃないかな…」
「存在は残る。
ただし、この世界には干渉できなくなる」
九条が低く唸る。
「つまり……追い出す、ってことか」
「僕はそう踏んでる」
零はアゴンを見る。
「正確には、“この舞台から降りてもらう”」
アゴンは、それを否定しなかった。
「続けろ」
まるで試すように、言う。
零は一瞬だけ息を整え、説明を続けた。
「封印には、条件がある」
一本、指を立てる。
「まず、戦場を“人の理”に固定する必要がある」
早乙女が頷いた。
「神性を薄める結界だな」
「頼む」
早乙女は即座に詠唱に入り、
多重結界を展開する。
空間が、僅かに“現実寄り”へと傾いた。
アゴンの圧が、完全ではないが、確かに減る。
二本目。
「次に、封印の核」
零の視線が、天音へ向く。
「レテ・アンソロピノンは、
強い“意志”を媒介にする魔法と書かれてあった」
遺跡に書いてあった言葉を思い出す。
天音は迷わなかった。
「俺がやる」
「一人じゃないよ」
零は自分を指す。
「二人で詠唱する」
「支点が二つ要る」
天音は短く息を吐き、頷く。
「……分かった」
三本目。
「最後に――」
零は、九条とカノンを見る。
「封印が始まるまで、
アゴンの意識をこちらに引きつけ続ける」
「一瞬でも途切れたら、魔法は成立しない」
カノンが杖を強く握る。
「結界と回復は、私が全て引き受けます」
九条は、口角を上げた。
「殴り役ってことだな」
「そうだ」
零は静かに答える。
「“裁く暇”を与えるないで」
準備は、整いつつあった。
誰もが信じていた。
――この魔法は、敵を封じるためのものだと。
誰も、まだ知らない。
《レテ・アンソロピノン》の、
忘却を向ける“先”を。
アゴンは、その一部始終を見届け、言った。
「正しい判断だ」
「それができるなら――」
剣を構え、静かに告げる。
「お前たちは、まだ進める」
次の瞬間、
白銀の剣が、再び振り上げられる。
――封印の準備が整うまで、耐えられるか。
それはまだ、誰にも分からない。




