第五十四話「圧倒的」
――普通に戦っては、絶対届かない
最初に動いたのは、九条だった。
「――っらぁ!!」
覚醒状態の身体が、地を砕く勢いで踏み込む。
魔力と肉体を限界まで同期させた一撃。
これまでの敵なら、確実に“終わっていた”。
だが。
白銀の剣が、振り下ろされる前に、そこにあった。
衝突音は、なかった。
九条の拳は、剣に触れる直前で――意味を失った。
「……は?」
次の瞬間、九条の身体が後方へ吹き飛ぶ。
斬られていない。
傷もない。
それでも、胸の奥が――ごっそりと、削られていた。
「九条!」
天音が駆け寄ろうとするが、零が叫ぶ。
「近づくな!」
その声と同時に、空間が歪む。
アゴンが、一歩、前に出ただけだった。
それだけで、世界の“基準”が変わる。
「攻撃を斬っているのではない」
アゴンの声が、戦場に落ちる。
「戦う意思を斬っている」
早乙女が歯を食いしばり、詠唱を走らせる。
「──広域魔術・多重展開!」
火、雷、氷。
複数属性の魔法陣が一斉に起動し、アゴンを包囲する。
――直撃。
だが、爆炎が晴れた先に、アゴンは“そのまま”立っていた。
衣服一つ、乱れていない。
「無駄だ」
アゴンは剣を横に払っていた。
それだけで、魔法が途中で終わった。
早乙女が膝をつく。
「……魔力が、削られた?」
「違う」
零が、冷静を保ちながらも、声を低くする。
「“魔法を行使した事実”を斬られてるんだよ」
零自身も動く。
運命操作は使わない。
ここでは温存だ。
代わりに、《アリスモス・クリオス》。
半径一メートル。
演算による完全停止領域。
――発動。
アゴンの足元の空間が、凍りつく。
「止まった……!」
カノンの声に、わずかな希望が混じる。
だが。
次の瞬間、アゴンは、その停止領域の中で、普通に歩いた。
「演算は正しい」
「だが、私の存在は、計算対象外だ」
零の喉が、ひくりと鳴る。
(……そうか)
(こいつは“結果”じゃない)
(前提だ)
天音が、前に出る。
掌に、熱が集まる。
エントロピア・フレゴン。
手のひらサイズの恒星。
無限の温度。
「――行くぞ」
天音が放つ。
空間が、白く焼き切れる。
だが、アゴンは剣を立てるだけだった。
恒星の熱が、剣に吸われ、消える。
天音の視界が、一瞬、揺らぐ。
「……っ」
胸の奥が、熱い。
恐怖が、薄れていく。
痛みが、遠のく。
それが、何より怖かった。
アゴンは、淡々と告げる。
「理解したか」
「お前たちは、正しく戦っている」
「だからこそ――」
剣が、振り下ろされる。
「ここでは、勝てない」
誰もが悟った。
これは、力量差ではない。
工夫でも、連携でも、越えられない。
――段階が違う。
それでも。
誰一人、戦う意志を捨てなかった。
零が、静かに言う。
「……やっぱりそうだよね」
「倒す戦いじゃない」
「封じる準備を始めよう」
アゴンは、初めて、わずかに目を細めた。
「それでいい」
「それが、唯一の正解だ」
次の瞬間、戦場に、さらに重い圧が降りる。
――封印まで、辿り着けるかどうか。
それはまだ、誰にも分からなかった。




