第四十九話「第三楽章」
――鎮魂の協奏
静寂。
魂の軍勢も、死龍も消え去った空間で、
レクイエムはゆっくりと拍手をした。
「……見事だ」
その声は、これまでとは少し違っていた。
どこか、楽しげで、誇らしげで。
「第一楽章を耐え、第二楽章を超えた」
指揮棒を肩に乗せ、穏やかに続ける。
「ならば、資格は十分だ」
彼は、ふと天を仰いだ。
「私が一番好きな楽器は――ピアノだ」
天音が、眉をひそめる。
「……は?」
「戦いの最中に、何言ってんだあいつ」
早乙女が言うが、レクイエムは気にしない。
「だからこそ」
ゆっくりと、指揮棒を振り下ろす。
「第三楽章まで残った者にしか、
私のピアノは聴かせない」
次の瞬間。
空間の奥――
オーケストラの中央に、一台の黒いピアノが現れた。
音もなく、しかし圧倒的な存在感で。
鍵盤が、淡く光る。
同時に、
弦楽器、管楽器、打楽器の配置がわずかに変わる。
「……っ」
思わず零は一歩、後ずさっていた。
「完成してた……いや」
演算が、警鐘を鳴らす。
「“完成”じゃない」
「前提条件が満たされてなかっただけだ…!」
カノンが、息をのむ。
「昇華……してる」
そう。
ピアノが加わったことで、
これまで“均衡”を保っていたオーケストラは、
ひとつ上の段階へと、跳ね上がった。
レクイエムは、ピアノの前に腰掛ける。
指揮棒は、仕舞われた。
その代わりに、
鍵盤の上に、白く長い指を置いた。
「指揮は、もう不要だ」
「第三楽章は――」
静かに、微笑む。
「独奏と合奏の融合」
最初の一音が、鳴った。
――重い。
たった一音なのに、
胸の奥に沈み込むような重圧が走る。
「……っ!」
心臓を、直接掴まれたような感覚。
「くそ……!」
身体が、思うように動かない。
次の瞬間。
オーケストラが、一斉に追随した。
音が、重なり合い、
空間そのものが楽譜になる。
零の視界に、
見えない“拍”が走る。
「……来るよ!」
だが、遅かった。
音楽が変わる。
短調へ。
テンポが、落ちる。
それだけで――
全員の動きが、鈍った。
「重……っ!」
足が、地面に縫い止められているようだった。
カノンの詠唱が、途中で詰まる。
「……っ、声が……」
早乙女は歯を食いしばる。
「これ……デバフどころじゃねぇ」
レクイエムは、楽しそうに鍵盤を叩く。
「恐怖、躊躇、後悔」
「音楽は、人の感情を――」
次の一音。
空間が、歪む。
「最も美しく増幅する」
彼は、大鎌を手に取った。
「第三楽章」
静かに、宣告する。
「――始めようか」
鎌が、振り上げられる。
音楽が、頂点へ向かって加速する。
ここから先は――
真の死線。
誰かが倒れれば、
二度と立ち上がれない。
だが、それでも。
五人は、前を向いた。




