第五話「九条?」
――まだ、世界は平和だった
王都を出て半日。
街道はゆるやかに続き、遠くに森が見え始めていた。
「……思ったより歩くな」
天音が肩を回す。
「異世界って、もっと魔法で移動できるもんかと」
「それは漫画の見すぎだね」
その後ろで、九条が無言で歩いている。
背筋は伸び、歩幅は一定。
まるで行軍。
早乙女が横に並んで声をかけた。
「ねえ九条」
「ずっと同じペースだけど疲れないの?」
「問題ない」
「いや、人として」
「……?」
「うん、やっぱいいや」
九条は少し考え込んでから、
「疲労はある」
「だが、休むほどではない」
天音が口を挟む。
「それを“疲れてる”って言うんだよ」
「そうなのか」
「マジでズレてんなお前」
九条は少し首を傾げた。
「……人は難しい」
ーー昼休憩
街道脇の木陰で一休み。
天音が荷物を下ろし、早乙女が座り込む。
「ふー……」
「旅って、もっと冒険感あると思ってた」
「今のところ、ただの遠足だね」
九条は無言で、周囲を警戒している。
「ねえ九条」
「何だ」
「そんなに警戒しなくても、今は大丈夫じゃない?」
「“今”はな」
「うわ、言い方こわ」
「でもまあ、早乙女の言うことも一理あるな」
「さすがにこの辺は安全そうだし」
九条は少し考え、
「……では、五分だけ」
そう言って剣を地面に立て、腰を下ろした。
「おお、進歩〜」
「これでも努力している」
「努力の方向おかしくない?」
ーー食事タイム
干し肉と簡単なパン。
質素だが、旅らしい。
早乙女がパンをかじりながら言う。
「なあ、こうして並んで飯食ってるとさ」
「もう仲間って感じするよね」
「まだ一日経ってないぞ」
「でもさ、こういうの大事じゃん」
「一緒に食って、一緒に歩いてさ」
九条が急に言った。
「……悪くない」
全員が一瞬止まる。
「え?」
「その……」
「集団行動は、嫌いではない」
少し照れたように視線を逸らす。
「……え、かわいくない?」
「言うな」
「?」
「いや、言うわ」
「君、見た目ゴツいのに中身わりと素直だよね」
「事実を言っているだけだ」
「それがもう素直なんだよねー……」
ーーちょっとした事件
突然、草むらが揺れた。
ガサッ。
「敵か!?」
九条が即座に立ち上がる。
剣を抜く。
だが―
飛び出してきたのは、小さな獣だった。
「……あ」
「なんだ、びっくりさせんな」
「……」
じっと獣を見る。
獣はびくびくしながら逃げていった。
九条は剣を収める。
「……殺す必要はなかった」
「お、優しいじゃん」
「無意味な殺生は、効率が悪い」
「言い方」
でも、どこかほっとした空気が流れた。
ーー夕暮れ
再び歩き出す四人。
夕日が背中を照らす。
早乙女がふと、軽い声で言った。
「なあ」
「こういう時間、嫌いじゃないでしょ?」
「……まあな」
「騒がしくなければね」
九条は少し考えてから、静かに言う。
「……悪くない」
それだけで、十分だった。
――強いのに、弱い男
森の中の小道。
木漏れ日が差し込み、風も穏やか。
昨日までの疲れも少し抜けて、四人の足取りは軽かった。
……はずだった。
「……止まれ」
九条が低い声で言った。
「え?」
「どうした?」
九条は剣に手をかけたまま、前を睨んでいる。
「……いる」
その瞬間。
草むらが揺れ、魔物が姿を現した。
小型だが数は多い。
狼のような姿で、牙をむいている。
「うわ、結構いるな」
「まあ、でも大丈夫そうじゃない?」
「じゃ、俺が――」
「待て」
九条が一歩前に出る。
「ここは俺がやる」
「お、頼もしい」
九条は剣を構えた。
……が。
動かない。
「……?」
「どうした?」
九条は眉をひそめた。
「……おかしい」
「何が?」
「体が……重い」
「「「え?」」」
九条は一歩踏み出そうとして、止まる。
「……いつもなら、もっと……」
言葉を切り、拳を握る。
「……斬れるはずだ」
沈黙。
魔物たちはじりじりと距離を詰めてくる。
「ちょ、ちょっと待って」
「まさかとは思うけど……」
「……お前、弱くなってない?」
「……」
否定しない。
代わりに、低く言った。
「……“通常状態”では、な」
「通常状態?」
九条は息を吐く。
「俺は……」
一拍置いて、言った。
「“メガ進化”しないと、まともに戦えなくなっている」
「……は?」
「え、なにそれ」
九条は目を伏せる。
「昔は違った。理性を保ったまま戦えた」
「だが今は……」
拳を強く握る。
「力を引き出すと、代わりに“考える力”が落ちる」
「……ああ」
「……つまり?」
「メガ進化すると」
顔を上げる。
「バカになる」
「ストレートだな!」
その瞬間、魔物が飛びかかってきた。
「……仕方ない」
九条は深く息を吸う。
「―メガ進化」
空気が変わった。
魔力が爆発的に膨れ上がる。
「メガ進化! メガ進化ァ!!」
姿勢が崩れ、目つきが変わる。
「うおおおおお!!」
次の瞬間――
ズガァン!!
地面が抉れ、魔物が吹き飛ぶ。
「うわっ!?」
「おい待て、加減しろ!!」
「うるせえええ!! 全部ぶっ壊せば終わりだろォ!!」
「うわ、脳筋モードだ」
九条は暴風のように暴れ回る。
魔物は一瞬で消し飛ぶが――
同時に、木も岩も地面も破壊される。
「やりすぎ!!」
「周り見ろ、バカ!!」
「知るかァ!! 俺は今、最強だァ!!」
数秒後。
すべてが静まり返った。
魔物、全滅。
地面、ボロボロ。
九条はふらつきながら立っていた。
「……あれ」
「終わった?」
そのまま、前のめりに倒れそうになる。
早乙女が慌てて支える。
「はいはい、終了」
「はい、お疲れさま」
「……すまん」
「すまんで済むか!」
「九条、制御できてないじゃん!」
九条は目を伏せる。
「……だから、使いたくなかった」
「だが……使わなければ、守れない」
その言葉に、空気が静まる。
早乙女が苦笑した。
「なるほどね」
「強すぎて、弱いタイプだ」
「……否定できない」
天音はため息をついた。
「じゃあ、これからどうすんだよ」
九条は少し考えてから、答えた。
「……抑え方を、学ぶ」
「壊さずに、戦う方法を」
「それ、時間かかるやつだ」
「構わん」
「……面倒な仲間が増えたね」
でも、誰も追い返さなかった。
夕日が、壊れた地面を赤く照らす。
四人はその中に立っていた。
強すぎて、未完成な男と共に。
次回、天音と零に変化が!




