第四十五話「レクイエム」
ーー魔王城・外郭
黒い雲が、空を低く覆っていた。
城はそこに“在る”だけで、周囲の空気を歪めていた。
石壁から滲む魔力は、呼吸するたび肺の奥に重く沈む。
天音が、前を見据えたまま言う。
「……来たな」
その言葉に、全員が足を止める。
魔王城の正門、その手前。
まるで待ち構えていたかのように――ひとりの男が立っていた。
黒と白を基調とした衣装。
指先には細い指揮棒。
背後には、楽団のように並ぶ“何か”が、音もなく佇んでいる。
男はゆっくりと頭を下げた。
「ようこそ」
その声は、静かで、どこか優しい。
「私の“ステージ”へ」
瞬間――
世界が反転した。
足元の感覚が消え、視界が回転する。
次の瞬間、一行はまったく別の場所に立っていた。
天井のない広間。
宙には無数の楽譜が浮かび、
周囲には姿なきオーケストラが並んでいる。
ヴァイオリンの音が鳴った。
次に、チェロ。
ホルン。
フルート。
それは、ひどく静かで、ひどく悲しい旋律だった。
早乙女は、はっと息を呑む。
「……この曲……」
ゆっくりと、舞台中央に光が灯る。
そこに現れたのは――
白い光でかたどられた、一人の少女。
長い髪。
穏やかな表情。
見慣れた姿。
「……セシリア……」
音楽が、深く、重くなる。
それは弔いの旋律だった。
失われた命を悼むための、完璧な“葬送曲”。
男は、指揮棒を振りながら、静かに言う。
「彼女は、よく尽くしました」
「その最期に、敬意を」
そう言って、軽く頭を垂れる。
その瞬間。
早乙女の中で、何かが切れた。
「……やめろ」
低く、抑えた声。
「今すぐ、それをやめろ」
男は指揮を止めず、首を傾げる。
「何か問題でも?」
早乙女は一歩、前に出た。
「お前がそれをやる資格はない」
声が、震えていた。
「彼女は……お前の駒じゃない」
「弔うふりをして、踏みにじるな」
その目には、怒りと、喪失と、決意が混じっていた。
次の瞬間。
早乙女が地を蹴った。
魔力を乗せた拳が、一直線に男へと向かう。
――が。
男は、ほんのわずか身をずらしただけで、それを躱した。
風を切る音すら、演出の一部のように。
「……なるほど」
男は、顎に手を当て、少し考える素振りを見せる。
その視線が、一行へと向く。
天音。
零。
九条。
カノン。
そして、早乙女。
全員が、もう一歩も退かない顔をしていた。
誰一人、迷っていない。
それを見て、男はゆっくりと笑った。
「いい表情だ」
「覚悟が、音になっている」
彼は、指揮棒を胸に当て、深く一礼する。
「では――改めて」
背後のオーケストラが、一斉に音を止める。
静寂。
その中で、男の声だけが響いた。
「セクステット第1位」
「【葬送曲】レクイエム」
一拍置いて、名を告げる。
「――アビス・タツキオン」
顔を上げたその瞳は、底知れぬ深淵の色をしていた。
「さあ」
「君たちの“覚悟”を、聴かせてくれ」
音もなく、指揮棒が振り下ろされる。
――決戦の幕が、静かに上がった。
ああ…
書きだめてた分がなくなる…




