第四十一話「募る」
――天音と零
転移の光が消えた瞬間、天音は違和感を覚えた。
空気が、軽すぎる。
音が、遠い。
そこは広い円形の広間だった。
床も壁も白く、まるで何も描かれていない楽譜のような空間。
「……ここは」
言葉を発した瞬間、背後から足音がした。
軽い。
跳ねるような、無邪気な足音。
振り向いた天音の視界に映ったのは――
少年だった。
年の頃は、十歳前後。
短く切り揃えた髪、どこにでもいそうな子どもの顔。
だが、目だけが異様に澄んでいる。
「やあ」
少年は、にこっと笑った。
「ここまで来たんだ。すごいね」
その声に、敵意はない。
だが、天音の背筋がぞくりと冷えた。
(……こいつは)
《狂詩曲》ラプソディ。
直感で分かった。
あの、世界を踏み越える幹部。
「……随分、若い姿だな」
天音が言うと、少年は首をかしげた。
「…?だってまだ10歳だよ?」
そう言った瞬間――
少年の姿が、ぶれる。
次の瞬間、天音の背後にいた。
音も、予兆もない。
「っ――!」
反射的に距離を取る天音。
だが少年は、楽しそうにくるりと回る。
「ねえ。君たち、面白いよ」
少年の視線が、天音の“奥”を見る。
「君と、あの演算の子」
天音の表情が一瞬だけ固まる。
(……見てる?)
少年は、まるで確信めいた口調で続けた。
「普通じゃない力をしてる。
でもね、それ――“この世界のものじゃない”」
空気が、わずかに歪んだ。
天音は構える。
だが、少年は攻撃しない。
代わりに、ぽつりと呟いた。
「……ねえ。君たち、誰から“それ”をもらったの?」
その瞬間、天音の脳裏に浮かぶ名前。
だが、答える前に少年は首を振った。
「いいや。言わなくていい」
そして、なぜか少しだけ悲しそうに笑った。
「まだ、確信がないから」
一歩、後ろへ下がる。
「でもね。もし本当に“◼️◼️”◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️――」
少年の姿が、音もなく歪み始める。
「この先、君たちは……
きっと、◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️」
「それとも――」
言葉の途中で、少年の輪郭が崩れた。
光が散り、幻影がほどけていく。
静寂。
天音は、しばらくその場から動けなかった。
(今の……幻影、だったよな?)
だが、胸の奥に残る違和感は消えない。
まるで――
“本物”が、一瞬だけ顔を出したかのような。
床に、小さな紋章が浮かび上がる。
次の部屋へ進め、という合図。
天音は一度、拳を握りしめてから歩き出した。
「……あいつ、何者なんだよ」
その答えが先にあることだけは、はっきりしていた。
ーー前に進む前に
零は、まだ淡く光る魔法陣の縁に立ったまま動けずにいた。
足元の紋様は、一定のリズムで脈打っている。
その光を見つめながら、さっきの光景が頭から離れなかった。
――「誰から“それ”をもらったの?」
ラプソディの声。
あまりにも自然で、あまりにも無邪気で。
それでいて、こちらの核心を正確に射抜いてくるような言葉だった。
零は無意識に、こめかみに指を当てる。
天音の力。
そして、自分の演算能力。
この世界の法則から、ほんのわずかに――いや、決定的に外れている“何か”。
それを、あのラプソディは一瞬で見抜いた。
(でも……言わなかった)
確信がない、と言っていた。
けれど、逆に言えば――
“可能性には辿り着いている”ということだ。
零は静かに息を吐いた。
(もし…… “◼️◼️”◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️)
胸の奥が、わずかに冷える。
能力をもらった。
だがそれが――
「……考えすぎ、かな」
そう呟きながらも、思考は止まらない。
演算を回す。
仮定、可能性、未来の分岐。
だが、どれも途中で霧に覆われる。
まるで、そこから先は“計算すること自体を拒まれている”ように。
零は、拳を握った。
(それでも……)
もし本当に、何かが待っているなら。
その時は――
「考えて、選ぶだけだ」
誰に言うでもなく、そう呟く。
前を見ると、天音がすでに魔法陣の中央に立っていた。
何も知らないような顔で、けれど迷いなく。
零は小さく笑う。
(ほんと、能天気だなー……)
でも、その背中があるからこそ。
踏み出せる。
零は一歩、魔法陣の中へ入った。
光が強まり、視界が白に包まれる。
その直前――
頭の奥で、あの声がもう一度だけ響いた気がした。
『◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️』
その意味を、
まだ零は知らない。
だが確かに、運命は動き出していた。
分かりやすすぎますかね?




