第三十七話「囚われない者」
ーー狂詩曲、開演
最初に動いたのは、ラプソディだった。
「さぁて」
その一歩は、あまりにも自然だった。
だが――
「っ!?」
天音が目を見開く。
ラプソディの姿が、消えた。
いや、正確には――“存在しているはずの位置にいない”。
次の瞬間、背後。
拳が振るわれた。
「ぐっ……!」
早乙女がとっさに割り込み、結界を作って受け止める。
だが衝撃は“殴られた”というより、“空間ごと叩きつけられた”感覚だった。
「な、なんだ今の……」
ラプソディはくるりと回り、楽しげに笑う。
「いやぁ、ごめんごめん。
ちょっと無視しちゃった」
「……は?」
次の瞬間、彼は地面を蹴った。
だが――跳ばない。
“跳んだ結果が、先に来た”。
空中にいたはずのラプソディが、いつの間にか零の正面にいる。
「ッ――!」
零は反射的に演算を回す。
(軌道……速度……衝突予測……)
だが、答えが出ない。
否――出る前に状況が変わる。
「くっ……!」
短剣が閃く。
刃は曲がらない。
軌道も変えない。
なのに――当たらない。
「物理法則ってさ」
ラプソディは笑いながら、地面を“踏まずに”宙を歩く。
「守るから縛られるんだよ」
「……ッ!」
零は歯を食いしばる。
演算が、通じない。
確率も、座標も、因果すら――
“前提条件”が破壊されている。
「それならっ……!」
確率操作で未来を捻じ曲げようとするが、
ラプソディは“確率の外”から殴ってくる。
「ははっ、いい顔だね!」
ラプソディの拳が九条を掠め、衝撃が遅れて爆発する。
「ぐっ……!」
カノンが駆け寄ろうとするが、次の瞬間、彼女の足元が崩れた。
いや、崩れていない。
“落ちる”という結果だけが先に来た。
「きゃっ……!」
「大丈夫だ、カノン!」
九条が庇うが、その背中に蹴りが叩き込まれる。
「かはっ……!」
「ほらほら、どうしたの?」
ラプソディは踊るように回転し、短剣を放る。
空中で弾かれた刃が、ありえない角度で曲がり――
「――危ない!」
天音が咄嗟に前へ出る。
衝撃。
吹き飛ばされ、地面を転がる。
「……っ」
立ち上がろうとして、天音は悟る。
(……強い)
いや、違う。
理屈が通らない。
零は膝をつき、荒く息をついていた。
「……演算が……追いつかない……」
「でしょ?」
ラプソディは楽しそうに手を広げる。
「ボクの能力は簡単だよ」
「――“物理法則を無視する”」
「まあ、ほんとは違う部分もあるけど、
説明めんどくさいし、」
「」
一同の背筋に、冷たいものが走る。
「だからさ」
ラプソディはゆっくりと構えた。
「君たちがどれだけ頑張っても――」
「普通にやってたら、勝てない」
空気が張り詰める。
九条は拳を握り、歯を食いしばった。
零は思考を回し続けるが、答えは出ない。
カノンは祈るように杖を握る。
そして天音は――
ラプソディを、真っ直ぐ見据えた。
(……それでも)
(ここで止まるわけには、いかない)
戦いは、まだ始まったばかりだった。
空間が歪む。
ラプソディの拳が、また世界を無視して迫る。
天音は歯を食いしばり、零は演算を回し続けるが――限界は近かった。
「……っ、もう……!」
零の声がかすれる。
このままでは押し切られる。
それを悟った瞬間、二人は同時に“踏み込んだ”。
――◼️◼️◼️
天音の掌に、小さな恒星のような光が灯る。
零の足元から、世界の動きを凍らせる演算領域が展開される。
その瞬間だった。
ラプソディの動きが、ぴたりと止まる。
「……」
空気が張り詰める。
ラプソディは、ゆっくりと二人を見た。
その目から、先ほどまでの狂気が消えている。
「……なるほど」
低く、噛みしめるような声。
天音が身構える。
「何がだよ」
だが、ラプソディは答えない。
その代わり、ほんの一瞬――何かを探るような視線を向けた。
(……この感覚……)
(まさか……いや、確証はない)
ラプソディの脳裏に、◼️◼️◼️◼️“◼️◼️”◼️◼️◼️◼️◼️◼️。
だが、すぐに首を振る。
「……いや、違うか。
証拠がない以上、決めつけるのは趣味じゃない」
そう呟き、ラプソディはゆっくりと武器を下ろした。
「君たち、もういい」
その言葉に、一同が息を呑む。
「え……?」
「認めるよ。今日はここまでだ」
あまりにも唐突だった。
「な、なんだよそれ……!」
天音が叫ぶが、ラプソディはただ肩をすくめる。
「気まぐれだと思ってくれて構わない」
「ただ一つ言えるのは――」
一瞬だけ、意味深な笑みを浮かべる。
「君たちは、“触れちゃいけない線”に足を踏み入れ始めてる」
次の瞬間、空間が歪む。
「じゃあね。答えは……その時が来たら」
そう言い残し、ラプソディの姿は霧のように消えた。
――沈黙。
誰も、すぐには動けなかった。
「……終わった、のか?」
早乙女が呟く。
「……たぶん、ね」
零はそう答えながらも、眉をひそめていた。
(……確実に何か知ってる)
天音は拳を見つめる。
まだ、熱が残っていた。
「……よく分かんねえけどさ」
「助かったのは、間違いないよな」
その言葉に、皆が小さく頷く。
だが、誰も気づいていた。
――“危機が去った”のではない。
――“先延ばしにされた”だけなのだと。
そして遠く離れたどこかで。
ラプソディは一人過去を思い出し、空を仰ぎながら呟いていた。
「……。まさか、な。」
その声は、誰にも届かないまま、風に攫われていった。
第二位は倒せませんでしたー




