第三十五話「間」
ーー何も起きない日
街道沿いの小さな宿屋。
夕方、日が傾き始めたころ——
「……平和だな」
天音がぽつりと呟いた。
焚き火の前では、カノンが鍋をかき混ぜている。
湯気の向こうで、鼻歌交じりに手際よく料理を進める姿は、もう完全に“旅の料理担当”だった。
「今日は野菜多めだよ。連戦続いてたし」
「うお、助かる……」
早乙女が即座に反応する。「昨日の保存食、正直きつかった」
「贅沢言うな。文句言うなら作れ」
九条が淡々と突っ込む。
その九条は、——
次の瞬間。
「……あ」
ドンッ!!
何もないところで、地面をえぐるほどの衝撃。
「ちょっ!?」
「またかよ!?」
メガ進化の名残か、力加減を完全に失っている九条は、座ろうとして床を半壊させていた。
「……すまん。椅子の耐久値を誤った」
「椅子どころか床もだよ!!」
零が即ツッコミを入れる。
「もう少し制御できないの?」
「理屈では分かっている。だが身体が言うことを聞かない」
「それ、戦闘以外で一番困るタイプの強さだからね?」
そんなやり取りをよそに——
「ねえ天音」
カノンが小皿を差し出す。
「味見、お願い」
「お、任せろ」
一口食べた瞬間、天音の目が見開かれる。
「……うまっ」
「えへへ、よかった」
その様子を見て、早乙女がニヤニヤしながら近寄る。
「いやー、カノンちゃん。旅してるうちに完全に嫁力上がってるよね?」
「……え?」
「俺なんて毎日感動してるよ?この出会いは運命――」
スパァン!!
「いった!!」
早乙女の頭に、天音の投げた木の実がクリーンヒット。
「調子に乗るな。料理中だぞ」
「なんで俺だけ!?」
「いつもだから」
全員の声が綺麗に揃った。
しばらくして、料理が完成。
円になって座り、湯気の立つ鍋を囲む。
「……なんか、普通だな」
天音がぽつりと笑う。
「魔王だの、セクステットだの、色々あったのに」
「こういう時間があるから、次に進めるんだろ」
九条が珍しく穏やかに言った。
カノンは湯気の向こうで微笑む。
「……この時間、好きです」
その言葉に、少しだけ空気が柔らぐ。
遠くで風が吹き、焚き火がパチリと鳴った。
今はまだ、何も起きない。
けれど——
この平穏が、長く続かないことを。
誰もが、心のどこかで分かっていた。
ひと休憩ー




