第三十四話「封印」
ーー選ばれた二人
焚き火の火が、静かに揺れていた。
仲間たちはそれぞれ休息に入っている。
――その時だった。
「……ん?」
天音が、ふと違和感を覚える。
風の音が、消えた。
焚き火のはぜる音も、虫の声も、すべてが唐突に途切れる。
次の瞬間。
視界が、白に塗りつぶされた。
「……っ!?」
足元の感覚が消え、重力すら曖昧になる。
反射的に身構えた天音の横で、同じく転移した零が息を呑んだ。
「……ここは……」
どこまでも続く、白。
床も、空も、境界がない。
音すら吸い込まれるような、静寂の空間。
そして――
「驚かせてしまったかな」
聞き覚えのある声が、背後から響いた。
振り返ると、そこに立っていたのは。
「……エンドゥー」
神を名乗る存在。
だが今は、どこか“人間らしい”顔で、二人を見ていた。
「安心して。向こうでは時間流れてないから」
「これは、君たち二人にだけ話す必要があったから呼んだ」
零が、静かに問いかける。
「今回は最初と同じところなんだね」
「……他のみんなには、聞かせられない話ね」
エンドゥーは、わずかに笑った。
「話が早くて助かるよ」
ーーアゴン
エンドゥーは歩き出す。
白い空間に足音だけが響く。
「ディソナンスとパウゼを倒した」
「それは、確かに大きな前進だ」
「だが……君たちは、まだ知らない」
天音が眉をひそめる。
「何をだよ」
エンドゥーは振り返り、はっきりと言った。
「魔王アゴンは、“倒せない”」
一瞬、空気が凍る。
「……どういう意味だ」
「文字通りさ」
エンドゥーは淡々と続ける。
「アゴンは、個体じゃない。存在の形式そのものだ」
「憎悪、終焉、破壊衝動――それらが集まって形を成したもの」
「斬っても、潰しても、必ず別の形で蘇る」
零は黙って聞いていたが、やがて口を開いた。
「……封印かな?」
エンドゥーの目が、わずかに見開かれる。
「察しがいいね」
「そう。倒すんじゃない。封印するんだ」
天音は拳を握りしめた。
「……その方法があるんだな」
「ある」
エンドゥーは指を鳴らす。
白い空間に、古代遺跡の幻影が浮かぶ。
崩れかけた石柱。
禍々しい紋章。
そして、中心にそびえる祭壇。
「《封鍵の遺跡》」
「ここに、アゴンを封じる術式が眠っている」
零は冷静に問う。
「代償は?」
エンドゥーは一瞬、言葉を選ぶように間を置いた。
「……小さくはない」
「命ではないが、“何か”を失う」
「それが何かは、使う者によって違う」
沈黙が落ちる。
天音は、しばらく黙ったあとで言った。
「……それでも、やるしかないんだろ」
「この世界を終わらせないためには」
エンドゥーは、微かに微笑んだ。
「その通り」
――
そして、最後にこう告げる。
「君たち二人には、特に期待している」
「天音。君の力は“破壊”ではなく“終焉を閉じる力”だ」
「零。君の演算は、運命すら観測できる域に近づいている」
「だが――」
視線が鋭くなる。
「アゴンは、強いだけじゃない」
「仲間を信じられなくなった瞬間、負けだ」
――
光が、ゆっくりと薄れていく。
「時間だ」
「仲間のところへ戻りなさい」
「次に会うときは……運命の分岐点だ」
白が、崩れる。
――そして。
――
天音と零は、焚き火の前に戻っていた。
時間は、経っていない。
まるで、夢だったかのように。
だが。
二人の胸には、はっきりと残っていた。
「……なあ、零」
「なに?」
「これから先、ヤバいな」
零は小さく笑った。
「そうだね。でも――」
「逃げる気は、ないでしょ?」
天音は頷いた。
「当たり前だ」
焚き火の火が、強く揺れた。
――封印の旅は、もう始まっている。




