第三十三話「紡がれたもの」
ーー彼らの真実
戦いが終わり、崩れた城の残骸に、静寂が戻ってきた。
焦げた石の匂い。
魔力が抜けた後の、妙に澄んだ空気。
零たちは、倒れたままの体を起こしながら、互いの無事を確かめ合っていた。
そのとき――
「お前たち、これからどうするんだ?」
「……一緒に来ないか」
天音が言う。
「まだ戦いは終わってない。魔王もいる。力、貸してほしい」
沈黙。
3人が、顔を見合わせる。
そして――三人は、ゆっくりと首を振った。
「……それは、できない」
「俺たちは、もう“進めない”んだ」
天音の眉がわずかに動く。
「どういう意味だ?」
はるとは一歩前に出て、深く息を吸った。
「……10年前に街が滅びたって話、あれは嘘だ」
「本当は――もっと、ずっと昔だ」
空気が、重くなる。
「俺たちの街は、何百年も前に滅びた」
「そのときに……もう死んでいるのよ」
言葉の意味が、すぐには飲み込めなかった。
「……は?」
戸惑う天音に、そうすけが続ける。
「“アドマ・セーレマ”って禁術がある」
「魂を縛り、目的を果たすまで肉体を保たせる……禁忌中の禁忌だ」
「俺たちは、それで“残った”」
ゆなが、微かに笑った。
「ディソナンスとパウゼを討つためだけにね」
「復讐でもない。使命でもない」
「……ただ、終わらせるために」
天音は言葉を失った。
もう、とっくに死んでいたなんて。
「でもさ」
はるとが、穏やかな声で続ける。
「君たちと会えてよかった」
「最後に、ちゃんと“誰かと一緒に戦えた”」
「それだけで、俺たちは救われたよ」
光が、彼らの足元から零れ始める。
粒子のように、淡く、暖かい光。
はるとは言った。
「それにさ、街のみんなにも伝えてやらないと、
…終わったよって」
天音は何も言うことができなかった。
「ありがとう」
「未来を、託す」
「……生きてくれ」
その言葉を最後に。
三人の体は、風に溶けるように光の粒子へと変わっていった。
誰も、引き止められなかった。
ただ――
「……っ」
天音は歯を食いしばり、拳を握り締める。
「絶対に、無駄にしない」
「お前たちが繋いだもの……必ず、最後まで行く」
風が吹き、光は完全に消えた。
零達も、その様子を静かに見ていた。
その場に残ったのは、静寂と、確かな決意だけだった。
ーー再び、歩き出す者たち
朝の空気は、ひどく静かだった。
砕けた石壁と、焼け焦げた地面。
つい先ほどまで命を削る戦いがあったとは思えないほど、世界は何事もなかったように息をしている。
だが――
その場に立つ者たちは、確かに“何か”を背負っていた。
天音が最初に立ち上がった。
視線の先には、もう誰もいない。
はると、そうすけ、ゆな。
三人がいた痕跡は、光の残滓すら残さず消えていた。
「……行こう」
小さな声だったが、はっきりとした意志があった。
その言葉に、他の面々も動き出す。
九条は、ゆっくりと拳を開き、閉じた。
――力は、もう暴走しない。
パウゼとの戦いで覚醒したあの瞬間。
恐怖に飲まれるのではなく、力を“受け入れた”感覚。
今も、その感触だけが手のひらに残っている。
「……俺は、大丈夫だ」
誰に向けた言葉でもなく、ただ自分に言い聞かせるように。
零がそれを聞いて、わずかに目を細めた。
「無理はしないで。もう、ひとりで背負う段階じゃないから」
「わかってる」
九条は短く答えた。
それ以上は言わない。
言葉よりも、行動で示すと決めたから。
――
カノンはその場に膝をつき、祈るように目を閉じていた。
「……ありがとう」
消えていった三人に向けた、静かな感謝。
「あなたたちがくれた時間、無駄にはしない」
立ち上がると、その瞳には迷いはなかった。
――
早乙女は深く息を吐き、軽く笑う。
「まったく……重すぎるんだよ」
「でもさ」
帽子を目深に被り直し、前を向く。
「それでも行くんだろ? 俺たち」
天音は答えなかった。
ただ、歩き出した。
それが答えだった。
ーー道
街道を進む中、誰も口を開かなかった。
だが沈黙は重くない。
それぞれが、胸の中で同じものを抱えていた。
――失われた命
――託された想い
――そして、これから向かう先
零がふと、空を見上げる。
「……次は、もっと厳しいだろうね」
天音は頷いた。
「わかってる」
「でも、だからこそだ」
足を止め、仲間たちを見る。
「俺たちは、もう逃げない」
「覚悟は……できてる」
九条が一歩前に出た。
「俺もだ。もう力から逃げない」
「守るために使う。それだけだ」
カノンも、静かに頷く。
「一人じゃない。みんなで、ここまで来たから」
その言葉に、全員が小さく笑った。
――
遠く、地平線の向こう。
黒く、歪んだ影がうっすらと見える。
――魔王城。
そこに待つのは、すべての元凶。
アゴン。
天音は、胸の奥で静かに燃えるものを感じながら、歩みを進めた。
「……行こう」
「終わらせに行く」
仲間たちは、迷いなくその背中についていく。
物語は、ついに――




