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学徒、異世界転移す。  作者: Harun
第一章「始まりの物語」
33/78

第三十一話「未来の話」

―― 零


――静かすぎた。


音がない。

風も、鼓動も、重力すら感じない。


零は、ゆっくりと目を開けた。


「……ここは……」


足元は、何もない白。

上下の感覚も曖昧で、空間そのものが“未定義”のようだった。


(……違う)


(ノクターンの時とは、まるで……)


あのときは、“夢”に入り込んだ感覚があった。

感情の匂いがあって、歪んでいて、作られた世界だった。


だが、ここは――


「……初めて、来た場所だ」


そう呟いた瞬間、背後から声がした。


「正解だよ」


振り向くと、そこにいたのは――自分自身。


だが、どこか違う。


表情がなく、まるで感情という概念を削ぎ落としたような“零”。


「ここは夢じゃない」


「誰かに見せられている世界でもない」


「君自身の“思考の最奥”なんだよ」


零は息を呑んだ。


「……僕の?」


「そう」


もう一人の自分は、淡々と続ける。


「ノクターンの夢は“他人の心”だった」


「でも、ここは違う」


「君が今まで見ないようにしてきた場所」


「演算の、そのさらに奥だよ」


周囲の空間が歪む。


無数の“可能性”が、映像のように浮かび上がる。


成功する未来。

失敗する未来。

誰かが死ぬ未来。

自分が選ばなかった未来。


「……っ」


零は思わず目を伏せた。


「僕は……」


「止めてきた」


「判断を、感情を、覚悟を……全部」


「間違えたくなかったから」


影が、静かに頷く。


「だから君は“止める力”を得た」


「時間を、動きを、可能性を」


「でもね――」


影は一歩、近づく。


「それは“逃げ”でもあった」


「止めていれば、選ばなくて済む」


「選ばなければ、責任を負わなくて済む」


「そんな願望があったから、手に入れた」


零の拳が、震えた。


「……違う」


「僕は……守りたかっただけだ」


「間違えて、誰かが死ぬのが怖かった」


「だから……」


「だから自分を止めた!」


叫ぶと同時に、世界が揺れる。


だが影は、崩れない。


「なら、聞くよ」


「今、この瞬間も誰かが死にかけている」


「それでも君は、止め続けるのか?」


倒れている仲間たち。

歪む戦場。

迫るパウゼの力。


――止めるだけじゃ、なんにもならない。


零は、ゆっくりと顔を上げた。


「……そうだ」


「止めるんじゃないだ」


「“先に行く”んだ」


影が、初めて目を見開く。


「計算して」


「予測して」


「それでも足りないなら――」


「足りるまで続けるよ」


空間が、音を立てて崩れ始める。


零の足元から、冷たい光が走る。


だがそれは、凍結ではない。


“未来を固定するための座標”。


「これが……僕の答えだよ」


影が、微かに笑った。


「ようやく来たね」


「停止を超えた、“演算者”の領域へ」


次の瞬間――


世界が反転した。



ーー現実


零は、息を荒くして目を開く。


身体は重い。

だが、頭は異様なほど澄んでいた。


視界に映るのは、崩れた戦場と――

暴れるパウゼ。


「……見える」


呟いた瞬間、すべてが理解できた。


次の攻撃。

その軌道。

回避の最短経路。

仲間が倒れる未来。

助かる未来。


「……行ける」


零は、一歩踏み出す。


時間は止まらない。


だが――

自分だけが、その先にいる。

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