第三十話「早乙女」
―― 深層意識
―暗い。
どこまでも、暗い。
早乙女は、冷たい床の上に仰向けで倒れていた。
「……あー……」
天井も見えない。
上下の感覚も曖昧。
「また、ここかよ……」
自嘲気味に笑うと、どこからか拍手が聞こえた。
ぱち、ぱち、ぱち。
「いやー、相変わらず余裕ぶってるね」
声の主が、暗闇から歩いてくる。
――自分だった。
でも、表情が違う。
笑っているけど、目が笑っていない。
軽薄で、投げやりで、どこか諦めきった顔。
「どうだい? ヒーロー気取りは楽しいか?」
「……うるせぇな」
早乙女は起き上がる。
「お前、俺だろ」
「そ。だから言ってんだよ」
影の早乙女は肩をすくめた。
「無理してんだろ?」
「怖いくせに、軽口叩いてさ」
「死ぬのが嫌で、仲間が死ぬのも嫌で」
「でも、どっちも直視したくないから、笑って誤魔化してる」
胸が、きゅっと締め付けられる。
「……違う」
「違わない」
「天音に言われてもまだ、自分の深いところでは残ってる。」
「結局さ、背中は押してもらえても最後は自分で変わらなきゃいけない」
影は一歩踏み込む。
「お前は逃げてる」
「シリアスになったら、壊れそうだから」
「だから、冗談言って、茶化して、距離を取ってる」
「それで守ってる“つもり”なんだろ?」
早乙女は、拳を握る。
「……じゃあ、どうしろってんだよ」
「正面から向き合えって?」
「そんなん、できるわけ――」
「できる」
影が、静かに言った。
「だって、お前は」
「怖いって分かってても、逃げなかった」
「今も、そうだろ?」
―そうだ。
さっきまで、自分は確かに戦っていた。
足が震えても、
勝てる保証なんてなくても、
それでも前に立っていた。
「……俺は」
影が、にやりと笑う。
「ビビりで、臆病で」
「でもさ」
「逃げないんだよな」
「それが、お前の一番厄介なとこだ」
影が手を差し出す。
「いい加減、認めろよ」
「怖くても立ってる自分を」
早乙女は、少しだけ迷って――
その手を、掴んだ。
⸻
ーー 覚醒
瞬間、視界が白く弾けた。
胸の奥が、熱くなる。
「……はは」
「なんだよ、これ」
「俺、案外――」
「かっこ悪くないじゃん」
影と自分が、重なって消える。
その代わりに残ったのは、
“逃げない”という信念。
⸻
ーー現実へ
「……っ!」
早乙女が、地面を蹴って起き上がる。
身体は重い。
だが、心は不思議と澄んでいた。
「悪ぃ、待たせた」
吹っ飛ばされた天音とカノンの方を見て、軽く笑う。
「……俺さ」
「逃げるの得意だと思ってたけど」
「どうやら、違ったらしい」
視線の先には、第二形態のパウゼ。
圧倒的な圧。
だが、目を逸らさない。
「なぁ」
「次は、ちゃんと前に立つから」
「……一緒に、やろうぜ」
その背後で――
まだ倒れたままの、零の指が、わずかに動いた。




