第二十五話「脳よりも速く」
―― 決着
歪んだ空間が、静かに軋んでいた。
音が遅れ、視界が揺れ、感覚だけが先行する――
まるで世界そのものが、噛み合っていない。
「どうした? 動きが鈍いな」
ディソナンスが薄く笑う。
「君の攻撃は単純だ。
力を込める、踏み込む、殴る――」
指先を鳴らす。
「その“順番”を、少しズラすだけでいい」
次の瞬間。
九条の体が、意思に反して前へ滑った。
「……っ!」
拳が空を切り、遅れて衝撃が腕を打つ。
自分の力に、自分が殴られたような感覚。
「大丈夫ですか!?」
カノンの声。
だが、踏み込もうとした瞬間――
「動くな!」
零が叫んだ。
「ここ、完全に相手の土俵だ!」
ディソナンスは愉快そうに肩をすくめる。
「その通り。
君たちは“考えてから動く”」
「だから、私の世界では――遅い」
九条は歯を食いしばる。
「……くそ……!」
何度も前に出ようとしては、ズラされる。
攻撃の軌道、重心、反動――すべてが噛み合わない。
その様子を、零は静かに見ていた。
(……ズレてる)
(時間じゃない。空間でもない)
(“思考”と“行動”の位相そのものだ)
零は、そっと一歩踏み出した。
「零、来るな!」
九条の叫びも構わず、彼はディソナンスへ近づく。
「おや? 賢そうなのが自殺志願かい?」
ディソナンスが指を鳴らす。
だが――
「もう、計算は終わってる」
零の足元が、淡く白く輝いた。
「――《アリスモス・クリオス》」
次の瞬間。
周囲、半径一メートルの空間が――凍った。
「……なに?」
空気が、音が、動きが。
完全に“停止”する。
「……これは……!」
ディソナンスが動こうとするが、
思考が体に伝わらない。
「一瞬だけだ!」
零が叫ぶ。
「今だ、九条!!」
九条は、迷わなかった。
考えない。
狙わない。
ただ――
「うおおおおおおお!!」
理性を捨て、前に出る。
メガ進化。
理屈を捨てた、意志だけの突進。
ディソナンスの能力が、間に合わない。
「――しまっ……!」
拳が、腹部を貫いた。
空間が、砕ける。
「が……は……」
ディソナンスの体が浮き、ゆっくりと崩れ落ちる。
「……なるほど……」
かすれた声で、彼は笑った。
「考えない力……
それが、私の“外”か……」
そう言い残し、
不協和音は、静かに消滅した。
――空間が、崩れ始める。
カノンが駆け寄る。
九条は息を荒げながら、苦笑した。
「……ああ。やっぱ、制御できてないな……」
零は肩で息をしながら、静かに言った。
「でも……ちゃんと当たってたよ」
二人は視線を交わす。
その瞬間、空間が完全に崩れ落ち――
元の空間へと、引き戻されていった。




