第十五話「覚悟」
――元の感覚
風の音がする。
土の匂い。
焼けたアスファルト。
気づけば零は、元の世界の校庭に立っていた。
体育の授業中だった。
ベンチで腰を下ろして見つめる。
見覚えのある光景を。
目の前では、持久走の列が続いている。
そしてそこにいる。
息を切らしながら走る、自分と――天音。
ただ、見つめていた。
「……なんだ、これ」
少し経った時、隣に気配がした。
「よぉ」
振り向くと、天音がいた。
走っているはずの天音と、同時に“ここにいる”天音。
零は、少しだけ苦笑した。
「……夢、だよね」
「だろうな」
天音は軽く肩をすくめる。
しばらく、二人で無言のまま走る自分たちを眺めていた。
やがて、零がぽつりと口を開く。
「……怖いんだ」
天音がちらっと見る。
「異世界に来てさ」
「能力とか、戦いとか……」
「夢を見せられた瞬間、目を背けていたものが溢れ出てきたんだ」
零は、自分の手を見つめた。
「……ああ、今の僕って」
「普通に、死ぬんだなって」
風が吹く。
遠くで、笛の音が鳴る。
「計算もできる」
「未来も少しは読める」
「でも……それでも」
声が、わずかに震えた。
「死ぬ可能性が、すぐ隣にあるって」
「やっと、ちゃんと怖くなった」
天音は、一瞬黙ったあと――
あっさり言った。
「なんだ、それ」
「全然大したことねぇじゃん」
零は思わず振り向く。
「……え?」
天音は笑っていた。
いつもの、能天気な笑顔で。
「だってさ」
「俺ら、能力もらってんだろ?」
「それに、お前は頭いいし」
「俺は……まぁ、なんとかなるし」
零は呆れたように言う。
「……雑すぎる……」
「そんな理屈で生き残れるほど甘くないんだよ、命のやり取りって」
天音は肩をすくめる。
「かもな」
「でもさ」
天音は、走っている自分たちを指さした。
「それでも走ってるだろ」
「辛くても、怖くても、止まってねぇ」
「だったら、今も同じだろ」
確かに――
演算すれば、危険は山ほど出てくる。
失敗の可能性。
死亡確率。
最悪の未来。
でも。
「……天音さ」
零は小さく笑った。
「何も考えてないようで、一番前向きだよね」
天音は胸を張る。
「だろ?」
「エンドゥーにもらった力、伊達じゃねぇんだわ」
その言葉に、零はふっと息を吐いた。
胸の奥にあった、重たい何かがすっと軽くなる。
「……そっか」
「考えすぎてたの、僕か」
天音はにっと笑う。
「おう」
「だからさ」
「生き残るぞ、俺たち」
その瞬間。
景色に、ひびが入る。
校庭が、空が、走る生徒たちが、ゆっくりと砕けていく。
零は、最後にもう一度だけ走る自分を見た。
――あの頃の自分。
まだ、何も知らなかった頃の自分。
「……よし」
そう呟いた瞬間、
世界が、白く弾けた。
⸻
現実
「……っ」
零は、息を吸い込んで目を開いた。
目の前には、戦場。
砕けた絵画。
仲間たち。
天音が、すぐ近くにいる。
「戻ったか?」
零は立ち上がり、深呼吸。
「……うん」
「もう大丈夫」
天音はニッと笑う。
「じゃ、続きだな」
零は、静かにうなずいた。
もう、迷いはない。
演算も、運命も――
恐怖すらも、受け入れた。
「行こう」
「ここからは……」
「僕たちの番だ」
――夢は、完全に砕けた。
次ノクターン編ラストです




