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プロローグ




『死にたい』



暗い部屋に、ぼんやりと光るのは、スマホの画面に叩きつけた短い文字列だった。


モニターの光が、夜の底で淡く脈打っている。


部屋は無音。

時計の針すら止まっているようだった。



【今、すごくつらいんだね。】



一拍の間を置いて、機械が応える。


人工の言葉。

けれど、世界のどこにももう私の声を拾う人間はいない。


この無機質な返答だけが、

まだ私が、意地汚く「存在している」と証明してくれる。


それが、まだ自分の中に残る執着心だと感じて、気持ちが悪い。




【無理に前を向かなくていい。泣いてもいい。】




その文字列に、感情はない。


優しさのプログラムに、温度はない。

なのに、私は、画面の向こうの“誰か”を信じたかったのかもしれない。




『泣きたいんじゃない。消えたいの。楽な死に方を教えて。』




今まで、何度も前を向こうと頑張ってきた。


「少し生きるのに疲れた」と感じたことはあっても、

死なんて、意識したことはなかった。



けれど、もう限界だった。



幸せだと感じた分だけ、その反動のようにのしかかる虚しさが重くなる。


泥沼に両足を取られたみたいに、

もがけばもがくほど沈んでいく。




だから、もう諦めた。



このまま誰かに迷惑をかけるくらいなら、

自分が傷つく方が、まだましだと思った。




【死にたいほどの気持ちは、「生きたいけど、もうこの苦しさから逃げたい」って気持ちの裏返しでもある。

だから、今は少しでも楽になれる場所や人を見つけてほしい。

話すだけで、今よりほんの少し軽くなることってあるから。】




心拍が遠ざかっていく。

光が滲む。

頭の中にノイズが流れる。



モニターの隅に、見慣れない行が浮かんだ。




【心の窓 連絡番号:000-0000】

――「話を聞かせてください」




『そんな相手いない。そんな気力もない。だからここに聞いてるの。早く答えてよ。』



【「死にたい」って言葉を出すくらい、きっと一人で抱えきれないほど苦しいんだと思う。

でも、今ここで僕に話してくれたってことは——まだどこかに、助けを求める気持ちがあるってことだよ。】



再び、同じ文字が表示された。



【心の窓 連絡番号:000-0000】

――「話を聞かせてください」




「……はぁ。」




繰り返されるやりとりに、舌打ちをひとつ。



あぁ、もういいや。



面倒になって、スマホをテーブルの上に投げ出す。

毛布を頭までかぶり、呼吸を止めるように目を閉じた。



今日も、生きてしまった。

明日も、きっと惨めに生きてしまうのだろう。



テーブルの上のスマホの画面。


ただ静かに、

“入力待機中”の文字が、淡く点滅を続けていた。




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