目覚め
森の静寂を破るのは、自分の呼吸だけだった。息を深く吸って辺りを見渡す。土の匂いがした。そこにあるのはただ暗い森。
森は暗かったが、不思議と視界は鮮明だった。
「………ここは、どこだ…?」
声を出す。森の奥で鳥が飛び立ち、木々が揺れた。少し不気味だった。
自分がなぜここにいるのか分からなかった。名前すら思い出せないが、俺は現代日本で確かに暮らしていたはずだった。詳しいことは思い出せないし、何も分からないがただ一つ、確信めいたものがある――俺は転生したんだ。
足元の苔を踏み締めながら歩く。心には焦りに似た何かが渦巻いていた。何か、何か大切なものを忘れているような…。
とここで、木々の間に何かが潜んでいる気配を感じた。風の音でも、葉の揺れでもない、胸の奥がざわついていた。
その瞬間、茂みが波打つように動き、闇が滑り出した。
灰色の霧のような影。形は定まらず、おおまかに人間の姿を借りたようだった。特に気味が悪いのは、その頭にある瞳の部分。深すぎる闇、見ているだけでも吸い込まれそうな二つの穴があった。
逃げ出そうとする前に、瞳が熱くなった。痛みも、苦しみも無かった。体の中から、光が、力が溢れるのが分かる。それと同時に、影は悲鳴のような音をあげて森の奥へと逃げていく。
勝ったわけじゃない。ただ瞳の光が、魔物をひるませたことは分かった。
「なんだよあれは……。」
体は疲労していた。体の内にあるエネルギーがごっそりと無くなったような感覚。
意識が途切れた。
目が覚めると、森はすっかり明るくなっていた。昨日の不気味な印象はもう無かった。
少し歩くと整備された小道が見つかった。嫌な気配は感じない。小道に沿って歩くと大きな一本道が見えてきた。道の向こうから馬車が近づいてくる。馬車の横には大剣を携えた大柄の男が馬に乗っていた。
しばらくすると、男が大声をあげて俺に話かけに来た。
「お前、こんなところで何してんだ? 1人で、しかも武器も持ってねえ。」
馬に乗って近づいてくる。スキンヘッドの男だ。顔に大きな傷がある。燃えるような赤い瞳をしていた。すぐ近くまで来て、目が合ったところで、スキンヘッドは凍りついたように俺の目を見つめた。
「……よけいなお世話だったみてぇだな。
その感じだと、どうも高位冒険者だろ。邪魔してすまねえ。」
男は背を向けて去ろうとした。
「待ってくれ。俺は記憶が無いんだ。」
男の動きが止まる。
「記憶がねぇ?」
スキンヘッドの男が振り返り、眉をひそめる。
「まさか希人か?………着いてこい、街まで案内してやる。あそこなら探索者登録もできるし、飯も食える。」
男についていき、小さめの丘を超えたところで街の輪郭が見えた。木造の建物が並び、遠くには城壁と見張り塔。人々のざわめきや馬車の音が風に乗って飛んでくる。
男はガルドと名乗った。この街で冒険者をしていて、商人の護衛依頼中だったらしい。
「言っておくが、見たところかなりの魔力だぞ、お前。俺は長年探索者をやってるが、お前みてえな銀の瞳は見たことが無い。探索者になった方がいいぜ、俺が紹介してやる。」
正直かなり胡散臭い男だが、記憶が無い以上、こいつの言うことを聞くくらいしかできることが無い。
街に着くまでの間、ガルドにこの世界のことを教えてもらった。
この世界は瞳に魂が反映される世界。精霊や魔物が存在し、科学よりも魔法が発展している。瞳の色や輝き、強さはそのまま、持つ魔力の性質や人格を表しているらしい。
「いいか、魔物は人間の瞳が持つ力を求めてんだ。俺みたいな限られた上級冒険者やお貴族様のような強い瞳の持ち主は、瞳の力だけで魔物をひるませるらしいがな、それ以外のやつにとってはすげえ脅威だ。」
ガルドは星3のB級探索者だという。正直どれほどすごいのかは分からないが、相当な自信家なのは間違いが無かった。
「たまに神様がな、別の世界からすげえやつを呼んで来るんだ。珍しいことだが、めったに無いことじゃねえ。それが希人だ。記憶が無いっていうのはあんまり聞かねえけどな。」
街に入ると、すぐに探索者ギルドの建物が見えた。大きな扉と、板に貼られた沢山の依頼一覧が目に入る。ふとそこで、1番上に掲げられた一際古びた、大きな依頼が目に入った。
魔王討伐、A級以上の探索者求む。
「気になるか?」
ガルドだ。
「魔王……?」
呟く。大事なことのような気がしたからだ。
「そいつはもう5年も前の依頼だ。当時の最高峰の探索者が集められて、魔物の親玉を獲りに行ったんだ。」
「結果はどうだったんだ?」
ガルドは参加できていないのだろうが、聞いてみた。
「惨敗だ。俺でも手が届かないほどのパーティーだったんだ。それでも返り討ちにあう、化け物がこの世界にはいるんだ。それに参加して生きて帰ったやつは1人しかいねえ、光の勇者でさえ帰って来てねえんだ。」
処女作です(^^)
ここまで読んで下さり、ありがとうございます。好評でしたら続き書きたいです。