幻国奇譚
「近頃よく死人が出ているらしい
ああ、恐ろしい。きっと鬼の仕業だろう
戦でたくさんの死人が出ているというのに
鬼の仕業とはなんと恐ろしいことか」
高光は戦の勝利の後、遊女を座敷へ招き2人で酒を飲んでいる。
遊女の名前は栃という。
とても長いきれいな黒髪を頭に結い、切れながの目をしている美人である。
栃は高光の盃へこんこんと酒を注ぐ
「このお酒は幻国楼という地元で有名なお酒です。
少し強いですが良い香りがいたします」
そして栃はくつくつと笑う
高光はグイっと盃をあおり一気に飲み干した
「うむっ、これはうまい酒だ!香り、味もよし」
部屋の外からは宴の声が聞こえてくる。笑いあう声や楽器の音色。
皆、戦の勝利に酔いしれているようだ。
最近は戦が絶えない。
天井が回り始める。視界がゆがむ。
「う~む、少し疲れが出ておるかな?」
「あらあら、もう酔ってしまわれたようで
この酒は強いお酒ですからね」
どれほどの時がたったのか、わからない。
意識がぼんやりと目覚める。
土の地面から顔を起こす高光。袴のまま地面に伏して寝ていた。
起き上がり周りを見回す。
桜が咲き乱れている。周りには誰の姿もない。
「ここはどこだ?私は座敷にいたはずだが・・・」
太陽の光はなく周りは薄暗い。昼であろうか、夕方であろうか。
見たこともない風景ではあるが桜の木がたくさん並んでいた。桜はどの木も立派な大木で見事に満開である。
風が吹くたびに桜の花びらが空を舞う。
少し桜並木を歩く。
「くつくつくつ、くつくつくつ」
遠くから妙な笑い声がする。その笑い声のほうへと近づいていく高光。
大きな切り株のあたりに黒い影が見える。霧のようにも影のようにも見えるがはっきりとしない。
しかし、その影はたちまちのうちに人らしきものへ形を変える。
浅黒い肌、口元には大きな牙、その額には2本の太い角、鋭い両の目
鬼だ、鬼がいる。
鬼は切り株に座り、ぼりぼりと腹を掻く
「今宵もまた、迷い人がこちらへ来た。何人目だろうか?
右へ左へ右往左往
人間は本当に弱い生き物だ。歩いては帰り、帰りては戻り
迷い、悩み、苦しむ。
いったい何がしたいのか?
まあ、鬼の食い物の考えていることなどどうでもよい
酒の肴は人間の魂がよい
くつくつくつ」
目の前に対峙する鬼を見る高光。
「お前は鬼か?この世のものではないな。ここで何をしておる?」
「お侍、とても強そうなお侍。はて、何処かで会ったような」
鬼は右手に酒瓶を持っておりそれをグイっと口に運ぶ。
ゴクリゴクリと喉を鳴らして酒を飲む。
「迷い人はもう帰れはしない。帰るところなどない。帰しはしない」
その刹那、風が吹いた。鬼はひゅっと切り株から姿を消す。
一瞬で高光の目の前に現れた鬼。6尺6寸はあろうとても大きな鬼である
「人間を襲っておるのか?ここへ迷い込んだ人間をお前は襲っておるのか?」
「此度の肴は少し強いか、魂の味はいかほどか」
ぎょろりとした眼が高光を見下ろす。
高光は抜刀した。目の前の鬼の左腕を刀で切り落とした。
右足を続けて切り落とす。そして鬼の首へ向けて刀を横へと一閃した。
体を斬られて倒れた鬼は血しぶきではなく黒い煙が傷口から溢れる。
転がった鬼の首はくつくつくつ、と笑う。
そしてすべての体が黒い消し炭となって消えた。
意識が回る、覚醒する
目を開けた高光。上半身を起こす。ここは意識を失う前の座敷のようである。
向かいには遊女の栃がいた。
そしてくつくつくつと笑っている
「そうか、鬼の正体はお前か栃。その酒で飲んだ者の魂を鬼の住む異界へ放ち、魂を鬼に食わせる。魂を食われたものは死人となってしまう。
近頃の騒動はこの者の仕業ということか」
「さすがは名のあるお侍様、これまでの雑兵とは違いましたか、
くつくつくつ」
高光は幻国楼という名の酒瓶をたたき割った。そして抜刀し、刀を鬼の首へと一閃した。
先ほどの桜の大木の景色は夢かうつつか?
わからない
しかしこの遊女に化けた鬼が、人間を襲っていた。
倒れた栃は黒い煙に巻かれて消えていった。
鬼は退治した。鬼は黒い煙とかして消えていった。
高光というお侍は古文に出てきた藤原高光をモデルとしております。
楽しんで頂けたら評価を切にお願いします。
今回の作品は修正したものを再投稿いたしました!