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天のかけら地の果実(全年齢版)  作者: 群乃青
天のかけら 第三章
17/20

17.嵐のあと


「瑛!」


 視界が突然ひらけた。

 最初に見えたのは、眼を見開いて覗き込む蜂谷の、顔。

 これほど近くて。

 これほど切迫した蜂谷の顔を見るのは初めてだ。


「・・・どうしたんだ?」


 見回すと、がらんどうの部屋の中にいた。

 ふと身体を見ると腕ごと白い布にくるまれて、床に座る蜂谷に横抱きにされていたと気づく。


「これは、いったい・・・」


 つぶやくと、蜂谷に強く抱きしめられた。


「よかった・・・」

「蜂谷」

「・・・おかえり、瑛」


 やさしい声で低く囁かれ、鼻の奥がつんと痛くなった。


「・・・うん」


 蜂谷は、あたたかくて。

 いつもの、蜂谷。

 やさしい声で低く囁かれ、鼻の奥がつんと痛くなった。


「・・・うん」


 蜂谷は、あたたかくて。

 いつもの、蜂谷。






「ずいぶんと派手に暴れたね」


 見上げると、宮坂がいつの間には二人を見下ろして立っていた。


「まあ、こうなるほどに怒らせる方もどうかと思うけど」


 膝をついて瑛の顔を覗き込む。

 ゆっくりと瞳を見つめた後、ふわりと笑った。


「うん、もう大丈夫だね。じゃあ、とりあえずこれを着て」


 服を差し出されて初めて、自分が全裸だったことを思い出す。


「あ・・・、俺、手錠をはめられて・・・」


 こんな、まっすぐに身体を伸ばせない状態だったはずだ。


「ああ、そんなんだったんだ。うん、大丈夫。俺たちが到着した時にはそんなもんつけてなくて、ビシバシ筒井達に制裁を加えていたよ」

「え・・・」


 全く記憶にない。


「もしかして、ここって・・・」

「うん。瑛が監禁されたマデリアホテルのスウィート。最上階全部貸し切られていたんだけど、瑛が怒ってぶち抜いちゃったみたいだよ。でも、特別仕様の窓ガラスはぜんぜんなんともない点だけはすごいね!」


 宮坂はあっけらかんと笑い飛ばしたが、笑い事ではない。


「・・・俺が、やったってことですね」


 記憶にないが、自分しかいないだろう。

 改めて周囲を見回す。

 高級そうな内装は無残に床に散らばり、あったはずの壁もなくなってだだっ広くなった気がする。

 さーっと血の気が引いた。


「ああ、うん。まあそうなんだけど大丈夫。引き受けたのはホテル側だし、今日この下はがっつり空き室にしていたし、これくらいの弁償、保険屋とかでなんとかしてくれるから」


 平然とされても、脂汗が額にじわりとにじむ。


「本当にこの件に関して瑛に非は一切ないから。ないと、関係各所話し合いで決着したから」

「・・・関係各所って、なんですか」

「えーと、マデリアと、バース財団と、公安と・・・」


 指折り始めた宮坂を見ているうちに意識が遠のいていく。


「あ、ちょっと、瑛!」


 蜂谷に呼ばれて、ちょっとうれしい。

 森の匂い。

 もう、怖くない。





「うわあああ・・・・。ますます美味しそうになって。ほんとに食べちゃいたいんですけど!」

「みっちゃん、本気だね」

「浅利先生、駄目ですよ。瑛に指一本触れないでください」

「やあねえ、冗談よ」

「そんなに全身ぎらぎらさせて、俺を騙せると?」

「まったくもう、やきもち焼きなんだからー。瑛に嫌われちゃうわよ」

「浅利先生!」



 はっと、目が覚めた。

 今度は浅利の診療所のベッドの上だとすぐにわかって、ため息をつく。


「あ、ほら起きたわよ、お姫様が」


 枕元に立つ浅利が楽し気に手を差し出した。


「脈を拝見しても良いかしら?」

「はい・・・」


 素直に手首を差し出そうとして、息をのんだ。


「浅利さん・・・」

「はい?」


 慌てて起き上がり、眼を何度もしばたいた。

 口の中が、乾いていく。


「その手は・・・」


 浅利の指先から手のひらそして手首と白衣に隠れる場所までの全て、金色の模様が走っている。


「・・・ああ」


 ふふっと、浅利は笑った。


「ばれちゃったか」


 ぶわっと、薔薇の香りが立ち込める。

 一瞬にして、浅利のきめ細かな白い肌に金の模様が現れた。

 前に、見たことがある。

 首元から一瞬のぞいた金のしるし。

 蔓薔薇をモチーフに品良く、そして大胆に描かれている

 それは顔全体を覆いつくしたが、瞼からまつ毛まで丁寧に施され、まるで職人に描かせたかのように完璧だった。


「私ね、生まれた時はオメガなんだけど、今はどっちかというとアルファなのよね」

「は?」


 アートとしか言いようのない浅利の顔をまじまじと見る。


「ほら、美津」


 背後から宮坂が浅利にドリンク剤のようなものを渡す。


「ありがとう」


 受け取った瓶のふたを開け、瑛に差し出した。


「ごめんなさいね。まずはこれを飲んでちょうだい」

「・・・なんですか、これは」

「いわゆる抑制剤ね。あなたのオメガフェロモンは私には毒なの。ちょっと今は引っ込めてくれないかな」


 金色に塗られた唇が、蠱惑的な笑みを形作る。


「でないと、あなたを食べたくなっちゃう」


 喉から発せられた音に、瑛はねじ伏せられそうになった。

 強い力。

 先ほどの出来事を思い出す。

 おそらく全身に張り巡らされているだろう、細密な金の文様。

 彼らの話を統合するならば、浅利はゴールド。

 これが格の違いかと、恐れを抱いた。


「・・・いただきます」


 固く目をつぶって飲み干した。


 飲まされた薬剤はどうやら即効性らしく、すぐに浅利の身体から発せられる光は収まった。

 瑛がベッドヘッドに背を預けると枕元に蜂谷が座った。そして宮坂は隣のベッドに陣取り、浅利はタブレット端末を持ってそばにあったスツールに腰かける。


「・・・薔薇の香りなんですね。浅利先生は」

「うん?」

「フェロモン・・・みたいなものなのかな、金色の線が出ているときの匂い」

「ああ、そうなのかな。自分ではあまりわからないのよね。女の子たちに言われたことがあったかも」


 さらりと言われて目を見張る。


「まずは、瑛が知りたいであろうことから報告するわね。お母さんは無事。頬を打撲して口の中を切って鼻血を出して手足に多少の擦過傷もあるけど、まあそれくらいかな」

「・・・そう、ですか」


 ふうーっとため息が出た。

 力が抜ける。


「よかった・・・」


 殺してなくて。


「基本的にね。オメガの攻撃を食らうのはアルファなの。まあベータでも強姦しようとしたなら軽く殺せちゃうけどね」


 バース特性特有の能力だ。

 それがなければ、オメガはたちまちただのメスとして扱われただろう。


「まあ、瑛の能力はちょっと変わっていて、物理的破壊能力を備えていたものだから、ちょっと面倒なことになりそう。でも断然阻止するから安心してね、そこのところは」


 瑛の爆発で被害を受けなかったのは、母と昏睡状態だった大我だけだったという。

 筒井は重体、他に関与した人は別室でもバース特性に関係なく等しく爆風に飛ばされたらしい。


「え・・・」

「工作員として使いたいなーって思う人が出てくる可能性があるわよね。便利だから」


 海外の要人にアルファは多い。

 殺戮能力の高いオメガを送り込むことにより、時流を変えることができるかもしれない。

 そう考える人がいてもおかしくない。


「・・・それって、母さんや筒井先生は知っていたんですか。わかっていたから・・・」


 あんなことを。

 瑛は最後の言葉がどうしても言えなかった。


「いいえ。単純に、彼らにとってのあなたは産む機械だった。最初はたぶん、ブロンズ、よくてシルバー程度だと思っていたんじゃないかな」


 最初は、大我との間に質の良いシルバーを産ませる計画だったのではないかと浅利たちは推測した。

 たとえブロンズでもオメガであればその子が金の卵を産む可能性はいくらでもある。

 大我とうまくいかなかったとしても命尽きるまで、色々なアルファと交わらせ産ませればいい。

 しかし現実として、オメガは強制されて産むことはできない。

 その点を彼らは見落としていた。

 もしくは、知らなかった。

 ベータとして育つと肝心な情報が入らないため、都合の良い絵図を引いてしまう。

 そして瑛を変転させるための引き金役に大我を選び出したのは筒井だ。

 それは、半分生家への復讐だった。

 駒として使ってやることで、日ごろのうっぷんを晴らせると思ったのだろう。

 同じ学校へ入学させれば貴公子然とした大我に瑛が引かれる可能性は高く、その点は思い通りに事が運んだ。

 しかし、いつまでも変転しない瑛に疑問を持ち、別の組織との情報交換しているうちにある可能性が芽生え、色めき立った。


「なぜですか?」

「あなたの血のつながったお父さんはぎりぎりシルバーで、お母さんの身元がいまいちはっきりしなかったからよ」



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