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天のかけら地の果実(全年齢版)  作者: 群乃青
天のかけら 第三章
16/20

16.爆発、そして生還




「ひどいわ、成光さん!」


 甲高い声が飛び込んできた。

 目に入ったのは、女性の足。

 ストッキングに包まれたそれは、ちいさな爪の一つ一つに真っ赤なネイルが塗られている。


「話が違うじゃない!」


 見上げると、着衣も髪もすっかり乱れ、なぜか靴を履いていない母が肩で息をしながら叫んでいた。


「種付けに成功したら、今度こそ私と結婚するって言ったくせに!」


 子どものように地団駄を踏んで、筒井をなじる。


「なんでこんなのといちゃついてるの?ありえないわ!」


 こんなのと、瑛を指さした。

 母が、自分を、こんなのと。

 あっけにとられてただただ母を見つめているうちに、先ほど大我を拘束した男たちが慌ててやってきて母を取り押さえた。


「すみません、先生。この女がいきなり逆上して暴れ出して・・・」


 母の行動は予想外だったのだろう。

 ちっと筒井は舌打ちした。


「せっかく興に乗ってきたところだったのに台無しだ。さっさと連れて行け」

「はい」


 一礼して母を引きずり出そうとするが、彼女はまるで何かにとりつかれたように暴れた。


「離しなさいよ!」


 スカートの裾がめくれて太ももが露になるのも構わずがむしゃらに手足を振り回し、さすがの男たちもつい手を滑らせた。

 解放され勢い余って床に転倒したが、すぐさま瑛のそばまではいずって来て瑛を睨みつけた。


「瑛、あんた何なの。いつまでもこんなバカみたいな格好して男を誘ってんじゃないわよ」


 母が、自分を罵っている。

 まるで浮気現場に乗り込んだ女のような顔をして。

 母と、母の記憶や思いの何もかもが、がらがらと音を立てて崩れていく。


「おい、何をしてる!」


 筒井がいきなり瑛の足を掴んで抱き寄せ、正座した膝の上に載せたため自然と両足を開いて跨いでしまい、まるで春画に描かれた女のような有様になってしまった。


「あ・・・っ」


 無理な姿勢をとらされているのに乱暴にされ、手錠の金具に止められた手首と足首が強くこすれて、あまりの痛みに思わず声を上げる。


「いやっ、やめて、汚らわしい!」


 母は悲鳴を上げ、そばに脱ぎ捨ててあった筒井のシャツを瑛の背に投げつけた。

 そして、後ろから容赦ない力で瑛の頭と髪を掴む。


「ばけものめ・・・」


 ぎりぎりと、音が聞こえた。


「あんたの相手はあっちでしょ。さっさとあれと交尾しなさいよ!」


 あんた。

 ばけもの。

 あれ。

 交尾。

 髪が抜けるかと思うほどの力。

 そして、痛み。

 あっという間に筒井の膝から引きずり降ろされ、横倒しになって床に転がる。


「ふざけるな、このメス豚が!」


 激高した筒井が今度は母にとびかかり、容赦ない力で拳を頬に叩きつけた。

 どごっっと、鈍い音が聞こえる。

 血の匂い。


「いたぁい・・・。ひどおい・・・っ」


 床に這いつくばり、顔を覆って泣きじゃくる母。

 彼女の口から血があふれ出す。

 開いたシャツもそのままに、筒井は部屋の真ん中で仁王立ちになって怒鳴った。


「こいつを今すぐ始末してしまえ!」

「はっ!」


 男たちが慌ててまた母を排除にかかる。

 彼らが彼女を無造作に引きずると、赤い線が床にのびていく。

 なんだこれは。

 この、醜悪な今が、現実だと?




 身体を拘束されて、虫のような姿のまま暴行されて意識を失っている大我。

 正気を失った母。

 おぞましい姿をさらし続ける、男。

 瑛に子供を産ませるために仕組まれつづけた日々と。


 オメガバース。



「もうたくさんだ―――――っ!」



 叫んだ瞬間、何かが爆発した。




 かなしい。

 かなしい、かなしい、かなしい、かなしい・・・・っ!

 地に座り込み、天を見上げて泣き叫ぶ。

 



『準備は整った』


 灰色の、ヘドロの塊たちが囁き合う。

 彼らの真ん中にあるのは、写真。

 広げられた高校生のころの国語のノート。

 そして、黒い手がゆっくりと丁寧にカードに文字を入れる。


『 大我へ

   桜がもうすぐ咲く。

   見に来ないか。

            瑛 』


 仕上げにカードと封筒にスプレーでまんべんなく何かを吹き付けたあと、密閉容器に封入した。

 黒い漣が海を越え、遠い遠い大陸へと飛んでいく。



『くそっ』


 一人の男がジャケットを床に投げつけ、いらいらと部屋を歩き回る。


『ひどい女だね。ついこの間までお前の子どもを産みたいと言っていたくせに、ゴールドから声がかかった途端、邪魔者扱いして』


 傍にいる男がさも同情しているかのように慰めた。


『何様なんだろうね。あの女の方が君よりずっと格下なのに』


 シルバーの男はプライドが高い。

 そして、我慢が効かない。


『ちょっと思い知らせてやらないか』


 そんな男ほど扱いやすい。

 とくに、悪事を働くには。


『なあ、今度のパーティで・・・』


 数日後、大勢のオメガがテロで殺された。

 犯人と目されるシルバーのアルファは遺書を残し、銃で頭を撃ち抜いて自殺した。




 とある高級ホテルのベルボーイは滞在客の一人が気に入らなかった。

 白人専用のフロアのはずなのに、我が物顔で滞在している黄色人種。

 モデルだか何だか知らないが支配人たちももてはやして、更には白人の上等な女たちが出入りしているのも気に入らなかった。先月はなんと美女として名高いピアニストのニーナが何日も泊まっていた。

 消えてしまえ。

 殺意が芽生えた。

 そんなある日、パブで意気投合した男から不思議なことを持ち掛けられた。そのイエローを追い出す手立てがあるぞと。


『このジップロックの中の手紙を渡すだけだ』


 消印の押された未開封のエアメール。

 注意点は渡す直前まで袋から出さないこと、素手で触らないこと、新しい手袋で取り扱うこと。

 それだけで、そいつはこのホテルから出ていく。

 半信半疑だったが、面白そうなのでさっそく実行した。


『ミスタータイガ、貴方にお手紙が届いています』


 効果は抜群だった。

 手紙を渡して数時間後。

 イエローはコンシェルジュに飛行機を手配させ、チェックアウトした。


 ベルボーイもこの世から消えた。




 そうして彼らは、『新しい女王蜂』を作った。

 二十数年の年月をかけて造ったオメガ。

 ようやく収穫の時が来たと、彼らは舌なめずりをしていた。


『夏川瑛』。


 最下層として見下され続けたアルファたちのための子宮。




 誰かが「ばけもの」と言った。

 風と光が怒ってる。

 罵りも、悲鳴も、悪意も、たくらみも、なにもかも。

 ぜんぶ、ぜんぶ、なくなった。

 こわして、こわして、なくした。

 ひとりだ。

 誰もいない。

 なにも、ない。

 このまま、この苦しいまま、消えてしまいたい。




 ごうごうと風が吹いて。

 光の中に溶けてしまえば。

 そうすれば。

 もう。



「えい」


 音が、聞こえる。


「えい。えい、えい・・・」


 ぽろん、ぽろん、ぽろん、と、あたたかなしずくがおちてくる。



 あたたかい。

 やわらかい。

 あまい。

 やさしい。

 ・・・いいにおい。



「瑛」


 これは、声だ。

 ことば?


「だいじょうぶ」


 めが、とけてくる。

 なにか、ながれて。

 ほおを、あついものが。



「瑛、大好きだよ」



 胸の奥に響いて、全身に広がる。

 あたたかくて、

 せつなくて、

 あまい。



 ・・・はちや。


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