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天のかけら地の果実(全年齢版)  作者: 群乃青
天のかけら 第三章
15/20

15.醜い男


「本当は、そいつに抱かれている最中に交代するつもりだったんだがなあ。坊ちゃんは腑抜けすぎて、待ちくたびれたよ」


 にいい、と異様に白い歯を剥いて笑われても、爬虫類が舌なめずりをしているようにしか見えない。


「意外と有効な手段なんだよ?そうすればこちらは無駄な労力を使わなくて済むからね。生物の世界ではよくあることだ」


 川魚や爬虫類の世界では体格がものを言う。

 大きくて強い者にしか受精の権利はない。

 小さくて弱い者は淘汰されるのが摂理だ。

 しかしある時、産卵の瞬間にこっそり小型のオスが滑り込み、卵の上に精子を振りまき受精に成功した。

 以来、同じ手口で子孫を残す小型種が存在するようになったのだ。


「お前・・・は、いったい・・・」


 まだ力の入らない身体を起こそうともがく大我の腹に、筒井は音が響くほどの強い蹴りを入れた。


「ぐ・・・っ」


 大我は身体を丸めてうめき声をあげる。

 そこへ、いきなり見知らぬ男たちがずかずかと部屋に入り大我の腕を後ろに回して拘束具を手早く装着し、頒布のバンドのようなものでぐるぐると巻いてから、足から引きずって部屋を出ようとする。


「いや、待て。気が変わった。そのまま置いておけ」

「しかし・・・」

「いいから」


 どうやら彼らは筒井に長い間雇われているらしい。

 すぐそばで手足を固定されひっくり返されたカエルのような姿をしている全裸の自分には目も向けず、一礼してあっという間に去っていった。


「・・・どういうことだ」

「こういうのは観客がいたほうが燃えるに決まってる」


 不気味な笑いはそのままに、筒井はジャケットを脱ぎ捨て、ネクタイを大我の顔に向かってに投げた。


「私はね。あれの伯父でね。はらわたの煮えくり返ることに」

「そんな・・・嘘だっ」


 ごほっと咳き込みながらも、大我が叫んだ。


「俺は・・・っ、俺はお前なんか知らない・・・っ」

「そうだろうとも!」


 筒井は怒鳴り返し、先のとがった革靴で何度も何度も大我を蹴る。

 拘束されている大我になすすべはない。

 ただただ蹴られるままでやがて意識を失ったのか、動かなくなった。


「私はお前と違って、生まれた時にどこかの藪医者にベータと診断された途端お前の祖父母に捨てられて、孤児院で育ったんだよ!」


 興奮が治まらないのかいらいらとシャツを脱ぎ、床に叩きつけて吠える。


「・・・捨てられて、孤児院…?」


 瑛が思わずつぶやくと、とてもうれしそうに筒井は頬をゆがませた。


「そうだよ、瑛。私は君と同じだ。出生時にバース検査で陰性を診断された。シルバーの両親に死んだことにされてベータに育てられ、成人後に欠員が出たゆえにアルファに変転できた」


 大股で瑛の元に戻ると足元に座り、囁く。

 すでに六十近いであろう筒井の両方の胸板の上に、青い刺青が見えた。


「これは・・・」


 バース特性の印と解るのは、刺青自体は手のひらほどで大我に比べて小さいがやはり皮膚の上で色が不自然に浮き沈みしているからだ。

 しかし、その模様は壁のいたずら書きのようにどこか歪で稚拙に見え、なぜか嫌悪を感じる。


「そう。私はね。二十代になってブロンズになったんだよ。とある国の政変で大量に人が死んだから」


 世界は争いに満ちている。

 多国間戦争、部族闘争、過激派による大量虐殺、テロ・・・。

 人は突然、思わぬことで死ぬ。


「惜しいことにその時のアルファの欠損はたいしたことがなかったようで私はブロンズどまりだが、君に関してはありがたいことにゴールドになった」


 足の爪をゆるゆると撫でられて、ぞっと寒気が走る。


「オメガが、たくさん、たっくさん死んでくれたおがけだねぇ?」


 撫でさすりながら、歌うように恐ろしいことを言われた。

 無邪気にはしゃがれても、気味悪さが増すだけだ。

 腐った匂いのする息が胸元まで這い上がり、吐き気が何度もこみあげてくる。

 筒井は、興味深げに指先で瑛の金色の印をなぞっている。

 今はまだ足首のあたりを執拗に撫でまわして楽しんでいた。

 触られるだけで終わりでないのは、彼の身体を見れば明らかだ。

 だが、これほどまでに大掛かりな仕掛けを見過ごすことはできない。

 大我、筒井、大勢の男たち、そして母。

 首を巡らすと、部屋の隅にカメラも設置されているのが見えた。

 少なくともここに連れてこられた時から、別室で監視されているのだろう。

 いつまでもこんな無様な姿のままでいるのは屈辱だが、今更だ。


「・・・どういう意味だ」


 知りたい気持ちの方が勝った。


「アルファとオメガが死んで、そしてあんたは何に浮かれてる」


 問わねばならない。

 終わらせる前に。


「・・・瑛。君は鈍いね。鈍すぎる」


 呆れ果てたように筒井は深々とため息をついた。


「この期に及んでわからないの?それとも焦らしているのかい?」


 心から不思議そうに首を傾げられ、一瞬で殺意がわく。


「は?」


 しかし、怒りをあらわにしている瑛を置き去りに筒井はまるで酔ったようにぺらぺらと喋り出す。


「それとも、遠回しに誘っているのかな。そうだよね。ようやくオメガの、しかもゴールドになれたのにこんな格好のまま種付けしてもらえなくて、焦れているのは君の方だよね。ごめん、私が悪かった。すぐに挿れてやる。そして、君の中にたくさん出してあげるよ」


 答えながら、筒井が自らのベルトを外し始めた。


「待て、話は終わっていない」

「話なんて必要ないよ」


 そして、にいいと唇だけ笑う。


「君は私の子どもを今から孕めばいいんだ」


「な・・・・っ」


 全身の毛穴から冷たいものが噴き出す。

 あまりのおぞましさに瑛は絶句した。


「かわいい瑛。私はね。君を待っていた。ずううっと、ずうっとね・・・。途中でブロンズの成り損ないにかっさらわれないかハラハラさせてくれたけど、それもまた一興だね」

「待て、ブロンズの成り損ないって」

「あの、蜂谷とかいう男だよ。最初はブロンズのようだから道具にしようと思ったのに、ベータに戻ってしまった使えないやつさ」

「蜂谷が・・・」


 名前を口にした途端、匂いの記憶がよみがえる。

 針葉樹のような清々しい、気持ちいい香り。

 違う。

 蜂谷は、きっと。

 思うだけで、じわりと胸が熱くなった。


「そんなこと、もうどうでもいいさ。君は私のものだから」


 ぺろりと、筒井は舌を出して己の唇を舐め始めた。

 ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ・・・。

 不快な水音が虚しく響き渡った。

 紫色の舌は、何度も何度も往復する。


「うれしいなあ」


 彼のよだれが腹の上に落ちた時、ようやく彼というイキモノを理解した。



 子供のころ、病院に行くと必ず筒井医師が担当だった。

 懇切丁寧に診察する、親切なおじさんぐらいにしか思っていなかった。

 どこかアンバランスな四角い顔。

 離れ気味の、ぎょろっとした目が時々爬虫類のようで気味悪いと感じたけれど、両親が絶対的信頼を寄せている先生にそんなことを考えるなんて、自分は悪い子だと反省した。

 節くれだって爪が異様に小さくて短い指が何度も何度も意味深に身体を触るのも、ただ健康を気遣ってくれているのだと思おうとした。

 だけど、それは。



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