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天のかけら地の果実(全年齢版)  作者: 群乃青
天のかけら 第三章
10/20

10.火真礼


「瑛が拉致された」

「え・・・」


 一瞬、目の前が真っ暗になった。

 瑛の検診が終わるのを仕事の山を捌きながら待っていたがなかなか戻って来ず、やがて浅利から話があるので先日使った会議室で待機してくれと連絡が来た。

 いやな予感がよぎるが、待つしかない。

 しかし、いったん席を外していた宮坂が戻るなり爆弾を落とした。


「間違いなく、犯人は母親だと思う。先客がすでにいるタクシーに乗り込む瑛が目撃されているから」


 たんたんと、彼は事実だけを述べる。

 でも。


「・・・っ!」


 とても聞いていられなかった。

 椅子から立ち上がり、発作的に外へ向かおうとする蜂谷の腕を宮坂が掴んだ。


「蜂谷落ち着いて。行先はすぐに分かるから」

「すぐに…って、それじゃあ遅い」


 今まさに、瑛の身に危険が及んでいるのに。

 振りほどこうとしたが、意外にも彼の力は強かった。


「宮坂さん!」


 焦りだけに支配される。

 身体中が沸騰しそうに熱い。


「ねえ蜂谷。・・・君さあ。前から気付いていたよね」


 漆黒の瞳に強い光が宿った。

 深い闇の、奥の奥から放たれる強い光。


「・・・」


 何を言い出すのか見当はついていてた。

 答えたくない。

 だけど、逆らうことは不可能に近い。

 この瞳の力。

 なぜなら。 


「瑛がゴールドだって」

「・・・あなたがそれを言いますか」


 視線一つでたやすく人をねじ伏せ、意のままに操る。

 これこそが、オメガバース。

 そして。


「阿野家の『火真礼ほまれ』が」


 ゴールドの至宝。



「うわ、久々に聞いたな、そのフレーズ」


 大げさに驚いて見せるあたり、宮坂にとってたいした事実ではないのだ。

 現在、日本のゴールドの頂点は阿野家と言われる。

 アルファもオメガも最高の特質を誇り、アジアの影の帝王とも囁かれ、厳重な警備が張り巡らされ全容は容易に知ることができない。

 ただ、蜂谷でも知っていることが一つだけあった。

『火真礼』は奇跡の子に付ける名だ。

 生まれ落ちたその瞬間から最高級のゴールドだという印。


「まあ、ばれているとは思っていたけどね」


 にい、と薄い唇を吊り上げ、笑みの形を作るが、眼光の強さはそのままだ。


「わからなきゃ馬鹿でしょう。こんなに派手な金色のオーラまとっていて」


 大学の先輩に紹介されてこのオフィスに来て、一目見てわかった。

 宮坂誉は古代から脈々と受け継がれる名家のゴールドだと。

 改姓し戸籍も変えているようだが、阿野家の本筋に違いないとあたりをつけていた。


「馬鹿かあ、そうだよねえ普通」

「・・・大我ですか」

「うん、そう」


 彼は幸か不幸か感度の低いアルファだと思う。

 血統はれっきとしたシルバー。グレードもオーラから見て間違いない。なのに、同族に対する感度が致命的に低すぎる。名門に生まれた安心感からなのか、脇の甘いおぼっちゃんだなとつくづく呆れた。

 未成熟の瑛に気付かないのは仕方ないとしても、宮坂のことも全く気付かなかった。

 そもそも昼間に話を交わして、こちらがオメガバースの情報に精通しているのは宮坂が特性を持っているからに他ならないとなぜ思わないのか、不思議で仕方ない。


「まあ、ベータとどれだけ隔絶していたかよくわかるかな。だから立て続けに振られちゃうし、嵌められたんだろうね、彼は」


 それでも、楽しそうに笑う宮坂の様子にふと引っかかるものがあったが、今はそれどころではない。


「ところで、瑛のことなんだけど」


 蜂谷の様子を察した宮坂は、居住まいを正した。


「はい」

「瑛は大丈夫。覚醒さえしてしまえば、腐ってもゴールドだから」


 母親に拉致された理由は一つしかない。

 このままでは、どこかで大我と強制的に性交させられるのは目に見えている。


「詳しくはまだ言えないけれど、ゴールドの力は絶対だから。とくにオメガはね」

「絶対?」

「欲しい、と思ったら絶対手に入れるし、こいつは嫌だと思ったら命を懸けても拒絶する」


 同じオメガバースでも、各グレードの特性はそれに属した者にしかわからない。

 身分意識の強さが災いして隔絶しているのが理由だが、それが武器にもなるからだ。


「だから、瑛は大丈夫だと?」

「そう。瑛が大我を欲しいと思ったなら話は別だけどね」


 いきなり、ぐさりと胸を突き刺された。

 ・・・どうしてこの人は。


「あ、ごめん。たぶん大丈夫だから。うん。そろそろ美津から回答くると思うし」

「たぶん・・・ですよね」

「うん、いや、絶対?だってね、オメガの怖さは僕も身に染みているからさ」


 この人をもってしても、怖いというのか。


「何が怖いってさ」


 ふいに顔を近づけて囁いた。

「あれとのセックスは恐ろしいよ?貪欲なんてものじゃない。交わったら最後、それしかなくなって、枯れ果ててもさらに搾り取られる」

「・・・っ」

「気持ちよすぎるのも、・・・地獄だよ」


 吐息だけで告げて、宮坂は微笑んだ。



 オメガバースは繁殖のための特異体質だ。

 すべての行動意義は所詮、良い遺伝子を生み出すため。

 アルファは日常生活ではベータを凌駕する様々な能力を発揮し、天界の住人にも等しく思われるが、実情は獣により近い本能に突き動かされ続ける生き物だ。

 心は置き去りに、条件が合致すればつがいとひたすらセックスに没頭する以外ない。

 快楽なんて、神がせめてもの慰めに与えた麻薬に過ぎない。

 そして、長く続く交接は確実に心身にダメージを与える。

 死なんて、珍しくない。

 アルファもオメガもぼろぼろになって、ベータよりも早くに寿命を終える。

 それはまさに、昆虫の交尾そのものだ。



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