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天のかけら地の果実(全年齢版)  作者: 群乃青
天のかけら 第一章
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1.はじまり


  今は昔、竹取の翁といふものありけり。

  野山にまじりて竹を取りつつ、よろづのことに使ひけり。

  名をば、さぬきの造となむいひける。

  その竹の中に、もと光る竹なむ一筋ありける。

  あやしがりて、寄りて見るに、筒の中光りたり。

  それを見れば、三寸ばかりなる人、いとうつくしうてゐたり。

                  (『竹取物語』冒頭より)




「彼女と目が合った瞬間分かったんだ。これが、運命だと」


 ドラマか漫画のセリフかと笑い飛ばしてやりたかった。

 だけど、口から出たのは月並みな返事で。

「・・・そうか。仕方ないな。それが運命なら」

 目の前の男は、それはそれは満足げにため息をついた。

 記憶の中にある限り、一度も見たことのない顔をして。

 興奮して光る瞳と滑稽なくらい上ずった声がいたたまれないほど醜く、辛い。

 ・・・これは、いったい。

「そうなんだ。彼女は完璧なんだ。まるで俺の体の一部のようにぴったりだった」

 言っていることが全く頭に入ってこない。

「・・・ごめんな。お前とは身体の相性も良いし、結構気に入ってた。だけど、もうどうすることもできない。これは俺の宿命なんだ」

 運命とか、宿命とか。

 そして、相性とか。

 並べ立てられるほど、どんどん薄っぺらになっていく。

「彼女に出会って、俺が生まれた意味がようやく分かった」

 三日前、一晩中俺の身体をさんざん貪りつくした、その唇で。

「彼女を愛してる」

 他人への愛をぬけぬけと語るお前。

「誰かをこんなに愛したのは、これが初めてだ」

 いったい誰だよ、お前。

「・・・よかったな。おめでとう」

 他に、どう言えばいい?

 ありったけの力でやわらかな声を絞り出し、うっすらと微笑んで見せた。

「・・・どうぞ、お幸せに」


 これで最後。

 もう、会うこともないから。

 せめて。


「ありがとう。お前ならそう言うと思った」

 胸の、深い部分に刃を突き立てられたかと思った。

 時が、止まる。

 今、俺はなにを。

「・・・そうか」

 それでも、せいいっぱい平気なふりを続けた。

 黙っていきなり消えるよりまだ誠実だ。

 嘘偽りのない言葉をありがたいと思え。


「さようなら」


 これが最後なら。

 綺麗に終わりたい。


 終わる?

 ならば。

 いっそのこと、この瞬間に世界が終わってしまえばいいのに。



「・・・(えい)。聞いてる?」


 耳元で声がして、我に返った。


「・・・悪い。なんか一瞬、飛んでた」


 今、自分がどこにいるのかを思い出し、あわてて意識をかき集めた。


「だろうとも」


 背後で深々とため息をついた後、同僚が近くの椅子を寄せて隣に座った。


「どこに飛んでいたかは聞かないでおいてやるよ。武士の情けで」


 冗談めかしてはいるが、鼈甲に光を当てたような明るめの茶色の瞳が眼鏡越しにじっと自分を見ているだろうことがわかっているだけに、いたたまれなくて顔を伏せる。


「・・・すまない」

「どういたしまして」


 さらりと返して、彼は目の前のスケジュール画面の片隅を指さした。


「来週の木曜日に訪問予定していたこの会社なんだけど、担当者急病で延期だってさ。引継ぎを終えて体制が整ったらまた連絡するって」

「あ、そうなのか・・・」


 いったん手元のメモにペンで記入してから管理画面の入力を始めると、ふっと笑われたのを頬に感じた。


「・・・なんだ」

「いや、瑛らしいなと思って。絶対アナログにも記録残すよね。そういうところ、俺好きだなあ」

「な・・・っ」


 思わず振り向くと、机に頬杖ついてにやにやと笑う男と視線がぶつかった。


「うん。そういう、むきになるところも可愛くて好き」


 絶対、面白がってる。


「・・・っ。そういう、なんでもそういうの、やめろって言ってるだろ」


 頬が熱い。


「瑛、言ってることわけわかんないよ。まあ、俺はなんとなくわかるけど」


 そう。

 この男は何でもお見通しだ。

 なんせ、とほうもなく長い付き合いだから。


「わかるならもう言うな蜂谷」

(かおる)って呼んでよ」


 唐突な要求。

 声は、甘くて優しくて、柔らかい。

 だけど、本能で感じる。


「薫って呼んでって、ずっと言ってるのに」


 もう二十代も半ばなのに、子供のように唇を尖らせて見せても様になるこの男は危険。


「かわい子ぶるな」


 なのに、ずっとそばにいる。




「はいはい、離れてそこ」


 頭上でぱんっと手を叩かれて振り仰ぐと、極上の微笑みが目に入る。


「君たちが仲良しなのはよくわかっているけどね。ここ、まだ仕事中だから」


 空間のざわめきが今になって耳に入ってくる。

 キーボードをたたく音、電話の鳴る音、コピー機が作動している音、打ち合わせしている人たちの声。

 けっして騒がしいわけではないが、複数の人たちと空間と時間を共有している事に今更気づいた。


「あ・・・。すみません」


 椅子を回転させて姿勢を正し、慌てて頭を下げる。


「うん。まあどうせうちの会社は個人の裁量で動くのが基本だから、本当はどうでもいいんだけどね」

「どうでもいいなら、邪魔しないでくれます?」


 蜂谷は椅子にふんぞり返ったまま、装い造形ともに完璧としか言いようのない美しい男をねめつけた。


「ははは、ムリ。だって、面白いんだもん」


 ここは蜂谷と瑛が働いているオフィス宮坂。

 企業や飲食店などのコンサルタントや企画立案などを行ういわゆるブランディング・プロデューサーという業務を主に営んでいるが、そのほとんどが国内外問わず必ずヒットしたため仕事の依頼がひっきりなしに入り、収益は右肩上がりで繁盛していた。

 自分たちは大学生へ入学して間もなく先輩のつてでたまたまアルバイトに入り、卒業後はそのまま正社員に採用され、社内ではもはや中堅になりつつある。

 そして今、二人の目の前で優雅に笑みを浮かべているのは社長の宮坂誉(ほまれ)だ。


「あの、そもそもそんな仲良しってわけでは・・・」


 瑛は反論を試みた途端に頭をわしづかみにされ、まるで犬を可愛がるようにぐしゃぐしゃと雑に撫でまわされた。


「うわ・・」


 いきなり宮坂は両手で瑛の頬を包みながら顔を寄せ、鼻と鼻がくっつきそうな距離でとろりと囁いてくる。


「・・・瑛?」

「・・・はい」

「僕さあ。瑛のこと見てると時々、まるっと食べちゃいたくなるんだよね」

「・・・は?」


 ふと、瑛の鼻腔を独特の香りがかすめた。

 香水?

 いや違う。

 いや、違わない。

 ベルガモット、ウッディ、クマリン、…。

 昔聞きかじった芳香の名前が意味もなく頭の中に浮かんでくる。


「ちょっと、宮坂さん・・・」


 蜂谷の声がどこか遠い。

 また、だんだんと、意識がどこかに飛んでいきそうだ。


「瑛?」


 桜貝のような色を刷いた艶やかな唇がにいと吊り上がるのが目に映り、瑛はなんとかそれに集中しようとする。しかし、どこか夢の中にいるように頼りない。


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