41. カロール村解放戦と壊れた魔道具 後編
「姉さん、昔練習した合体魔法を使うぞ」
「合体魔法? それって魔法の練習も兼ねて遊んでた時に試したやつだよね。でも一度も成功しなかったよ?」
「今は俺も姉さんも格段に魔力操作の精度が向上してるし、理論上は上手く行くはずだから大丈夫だ」
「う~ん、アケィラちゃんが言うならそうなのかな?」
他人の魔力を操作することは難しい。
だがそれならば協力することでお互いの魔力に干渉し合い特別な操作が可能になるのではないか。
そんな思い付きが簡単に実現できるようであれば、すでに誰かが発見していたであろう。
アケィラでさえも、まだ確実に成功するという確信は無いが、現状を打破するにはそれを実現させるしか方法が無かった。
「それより私が転移して伝えに行った方が確実じゃない?」
「あの距離を転移したら姉さん疲労で使い物にならなくなるだろ」
「でもあいつが空間を歪ませてるよって教えられれば良いんじゃない? 私は後ろで休んでるよ。アケィラちゃんの傍を離れるのは嫌だけど」
「たとえそれが分かったとしても、大量の壁に守られていて近づいたら空間を歪ませられるようじゃ、簡単には排除できない。誰かがこっそりと離れた所からあの魔道具を無効化しなければならないんだ」
そしてその誰かの役割をアケィラがやろうとしているのだ。
「どうやって無効化するつもりなの?」
「俺なら簡単に修復して元の魔道具に戻せる」
「でもそれって目の前にあったらってことだよね」
「ああ。だが方法が同じなら、画面を見ながら遠隔で操作しても可能なはずだ」
そこで最初の合体魔法に話が繋がるのである。
「とはいえ、今現地で飛ばしている俺の鳥は移動させる機能しか持たない。新しい機能を持つ鳥を送り込むにしても、俺の魔力量だとどうやっても移動スピードが遅くなってしまう。だから姉さんに超高速でカロール村まで鳥を運ぶ方法を考えて欲しい。そこに俺の魔力を混ぜ込ませて、現地で俺がどうにかしてあの魔道具を無効化する」
超高速移動を姉が担当し、精密操作による魔道具無効化をアケィラが担当する。
それを実現するために合体魔法を使うつもりなのだ。
「分かった。その方が私もアケィラちゃんの傍に居られるから嬉しいよ。やり方考えてみるね」
「頼む。俺はこの通信の宝玉を調査して、遠隔で精密操作する方法を考えてみる」
「は~い」
役割が決まったことで、姉は腕を組み、目を閉じて集中して考え出す。
アケィラは宝玉を手にして、司書に声をかけた。
「これからこいつの空間魔法の術式を調査する。協力してくれないか?」
「もちろん。でも、何を、調査するの?」
「俺は空間魔法について詳しくないんだ」
「そうなの?」
「専門は魔力操作であって、属性では無いからな。そもそも『属性』って何なんだよ」
これまでこの世界の人々を驚かせていたアケィラだが、魔法の全てを解明している訳では無い。むしろ分からないことの方が遥かに多い。
「魔力に付与された別の何かか? それとも属性魔力という単一の存在なのか? 全く分からん」
「それを、今から、解明、するの?」
「いやいや、そんなの一生かかっても分からないわ。今からやるのはあくまでもコレの解析。この通信機能は、空間魔法を使ってお互いに映像を送りあっている。それならこれを応用して、映像じゃなくて俺の魔力を離れた場所に送り届ける方法が分かるんじゃないかと思ってな」
「なるほど、それで、向こうに、魔力を、転送して、精密操作する、ってこと」
「あるいは転送出来なくても、姉さんとの合体魔法で送り届けた俺の魔力を遠隔操作出来るだけでも良い。その方法を一緒に考えて欲しいんだ」
知識量ならばアケィラよりも遥かに多い司書と協力すれば、アイデアが次々と出てくるかもしれない。
残された時間は長くはない。
早速二人は宝玉を視て解析し、活発な議論を始めた。
「よし、これで完成だ」
「お姉ちゃんもいけそうだよ!」
アケィラ達が新しい術式を作り出したのと、姉が超高速で魔力を移動させる方法を思いついたのは偶然にも同時だった。
「試している時間は無い。早速やるぞ」
ぶっつけ本番だが、聖女を守る封印が今にも破壊されそうなため、やるしかなかった。
「それじゃあまずは私から!」
エィビィは己の膨大な魔力を一気に放出し、アケィラ直伝の魔力操作を駆使して一匹の巨大な鳥を作り出した。それはまるで鳳凰と呼べるくらい美しいものである。
「姉さん、これだと戦場で目立って攻撃されちゃうぞ」
「大丈夫大丈夫、向こうに着く頃には小さくなってるから」
「小さく……? ああ、そういうことか、なら俺の魔力は顔の近くに混ぜれば良いのかな?」
「そういうこと! さっすがアケィラちゃん、以心伝心だね!」
「こら抱き着くな!集中して操作しろ!」
ただでさえ膨大な魔力の塊が狭い室内にあることで猛烈な圧迫感を感じるのに、その魔力が少しでも揺れようものなら不快指数が更に上昇してしまう。
「よし、なら俺の魔力を混ぜ込むぞ」
昔ミスをした時には、この混ぜ込みが甘くて途中で分解してしまった。だが超精密操作が可能となった今のアケィラであれば、姉の魔力に確実に絡ませることが可能なはずだ。
だが今回はただ混ぜ込むだけではなく、そこに新たな術式を設定しなければならない。移動中にそれが破壊されてしまったら元も子もなく、より難易度の高い作業が求められる。
「…………」
神経を研ぎすませ、集中させ、どれほどの衝撃があろうとも振りほどかれないようにと念入りにガチガチに固める。
「あっ、アケィラちゃん(の魔力)が私の中に入ってくる……」
「変な声出さないでもらえます!?」
普段は集中していれば周囲の声など入って来ないのだが、ついツッコミを入れてしまった。それは姉だけが特別だからというわけではなく、単に作業が終わったから。
「全く。もう準備は完了したから、さっさと村に向けて飛ばしてくれ」
「はーい」
鳳凰の翼が開き、宙に浮く。
そんなことをしなくても飛べるのだが、気分的になんとなくそうしてみただけ。
室内に膨大な魔力が吹き荒れる酷い結果になったが、アケィラは注意はしなかった。こういうノリもまた、魔法を上手く制御するためには重要だと知っていたから。そして特に姉が気持ちと魔力制御が強く結びつくタイプであるということも知っていたから。
「行くよ! 衝撃に備えて!」
アケィラと司書は反射的に伏せて頭を下げた。
「いっけええええええええ!」
その瞬間、あまりに眩しい光にアケィラは目を瞑った。
いや、実際は何も光っていないのだが、魔力の激しい爆発に閃光が発生したのだと錯覚したのだ。
属性も何もない、ただの魔力を弾けさせたところで、物体には何ら影響はない。だが、アケィラは死んだかのような気持ちになり汗だくだった。
「ぐっ……姉さん?」
ここまで酷いことになるなら先に言って欲しいと姉に抗議したくはあったが、姉が超集中モードであったためまだ声はかけられない。
アケィラは鳳凰に混ぜ込んだ自分の魔力を通じ、何が起きているのかを確認する。
「やっぱりロケット方式か」
「うう……ロ、ロケット?」
頭を押さえながら遅れて立ち上がった司書が、アケィラの言葉を聞いて疑問を漏らした。
「俺がいた世界の移動方法の一つだ。大量の燃料、この世界では魔力だな。それを爆発させて加速させ、使い切った魔力を徐々に捨てて本体を軽くして更に推進させる。姉さんはそうやって超加速を成し遂げたんだ」
魔力の鳳凰は猛烈な爆発を続け、身体を小さくさせながら前進している。このペースであればカロール村まで一時間もかからないであろう。規格外な魔力を体内に有しているエィビィだからこそ可能な芸当だった。
「俺の魔力もまだ術式を維持したままだ。この調子なら大丈夫そうだな」
なんて言葉がフラグになるようなこともなく、鳳凰は無事にカロール村にまで到着した。その体は小鳥ほどに小さくなっていて、戦場の誰も気付いていないだろう。
「姉さん、あいつの上空に移動させてくれ、でも降ろしちゃダメだ」
「分かったけど、降ろしちゃダメってのは? 少しでも近い方が作業しやすいでしょ?」
「教会側に魔力を感知したら自動で迎撃する結界が設置されてる。もし察知されたら撃ち落とされてしまう」
「え!? それじゃあアケィラちゃんの魔力も中に入れられないじゃん!」
「大丈夫。あの結界については知っている。俺程度のうっすい魔力なら、空気中に漂う微弱な魔力と同じと判断されるから迎撃はされない」
それなら問題は無いだろう、とはいかない。
「でもアケィラちゃん、上空から魔力の糸をあそこまで降ろして操作する気なの!? ただでさえ慣れない遠隔操作なのに、更に遠くから精密操作するなんて無茶だよ!」
「無茶でもやるしかないんだって」
長さが数十メートルもあるメスを使って手術をするようなもの。扱うものが魔力であるため意味合いは多少異なるが、超絶難易度であることには変わりはない。
「そろそろ聖女の封印が危ない。どうやら中で聖女が抵抗しているみたいだが、長くはもたないだろう。さっさと作業するぞ」
アケィラはソファーに座り、全身全霊で集中をし始めた。
姉と司書は、ほんの僅かでさえも集中を途切れさせないように離れた場所へと移動し、こちらも集中して存在感を消しながらアケィラを見守った。本当は傍で支えてあげたいところだが、今のアケィラのためにはこうすべきだと分かっていた。
「…………」
最初の難関は、新しい術式が成功するかどうか。
上空からの映像を見ながら、術式を発動させて魔力を送り込もうとする。
「…………よし」
己の魔力が鳳凰へと転移し、鳳凰の口から転移した細い魔力を生み出すことに成功した。
次はそれを少しずつ下方向へと伸ばして魔道具の場所まで到達させる。
その途中で魔法自動迎撃結界に触れそうになる。
「っ!」
「!!」
姉と司書が緊張に身体を強張らせるが、アケィラの魔力の糸は何ら抵抗されること無く結界内部へと侵入した。
敵に察せられないように、結界に感知されないように、あくまでも細い糸を垂らす。目立たないようにそっと静かに移動させ、戦場の混乱に紛れ込ませる。
糸が、敵の顔の高さまで辿り着いた。
「…………」
より一層集中させ、細心の注意を払って敵が手に持っている魔道具へと進ませる。いつの間にか敵は魔道具を手のひらの上に置いていたのだ。
急がなければ聖女の封印が破壊されてしまうが、急ぎすぎて気付かれてもアウトだ。
「…………」
画面を見ながらの操作に、遠近感が狂いそうになる。辛うじてズームの術式も用意できたため遠目からの操作にはならなかったが、それでもきついことには変わりはない。
「…………」
糸は無事に魔道具まで到達したが、ここからが本番だ。
相手はその場に立っているが、身体は常に揺れている。そんな相手が手で持っている魔道具もまた、こまめに揺れている。その動きに対処しながら、魔道具の術式にアクセスして修理しなければならない。もしも相手が少しでも歩いたならば、また狙いを定め直さなければならず、作業もやり直しになってしまうため、タイミングを見計らった迅速な作業が必要だ。
これまでのアケィラの開錠の中でも、最高難易度のもの。
「…………」
アケィラの額から汗が流れる。
それが顎まで到達し、ポタポタと床に垂れる。
姉も司書もそれを拭ってあげたい。
ミュゼスゥの呪いを解いた時に、カミーラがやってあげたように。
だが今回はその時よりも遥かに高い集中力が求められる。拭うという行為が集中力を妨げるかもしれないと思うと、それすらも出来ない。
二人はアケィラを信じ、ただひたすらに存在感を消して見守る。
「…………」
瞬きをすることもできず、目は血走り画面を凝視する。
脳が焼き切れそうな程に熱くフル回転し、逸る心を必死に抑えて魔力を操作する。
「…………!」
アケィラの様子が僅かに変化した。
僅かに目を見開いて全身に力を入れたのだ。
画面を確認すると、アケィラが生成した糸が魔道具に絡みついていた。
そしてそれがまるで生きているかのように魔道具の術式に干渉している。
術式の壊れた部分を特定し、消去し、移動し、追加し、手際よく修正する。
手元にあれば一瞬で修復可能なその操作も、遠隔操作のためどうしても時間がかかってしまう。
「っ!」
もう少しで終わる。
その時、魔道具の持ち主が近くの誰かに怒鳴ったらしく、大きく動いた。
だがアケィラは超集中モードを切らさず、その動きに見事に追随してみせた。
それにより作業がやり直しになるということもない。
「…………」
「…………」
常人には不可能な神業に、姉と司書は息を呑んだ。
アケィラの凄さは理解していたはずだが、その理解がまだまだ浅かったのだと思い知らされた。
異世界人だから凄いのではない。
あくまでもアケィラの技術。
この世界に来た時から魔法に興味を抱き、異世界の常識にとらわれず試行錯誤と修練を積み重ね、魔法操作に磨きをかけて来たが故の実力。
今のアケィラを見て、誰がぐぅたら店主だと思うだろうか。
「ふぅ」
「アケィラちゃん!」
「危ない!」
突然、アケィラの身体がぐらりと揺れ、座ったまま前に倒れそうになった。
姉と司書は瞬間移動したのではと思えるほどに全力で走り、アケィラを支えた。
「ありがとう」
「どういたしまして。それとお疲れ様」
「凄かった、本当に、凄かった」
画面の向こうでは魔道具を持った男が困惑していた。
いつのまにか魔道具の筒の蓋が完全に開いてしまっていたのだ。
魔道具を発動しても自分の魔力を出し入れすることしか出来ない。
当然、空間の歪みを発生させることも出来ない。
「最後におまけだ!」
アケィラはもう一度術式を起動し、ミニ鳳凰から魔力の糸を吐き出させる。
今度は精密操作など必要ない。
力任せに大空を泳がせ、巨大な文字を作り出した。
『問題は排除した』
そのクソデカ魔力文字に一早く気付いたのは勇者だった。
どうやったのかとか、この場に居ないはずなのに何故だとか、彼を妄信している勇者が疑問を抱くはずもない。
あんなことをするのはアケィラしかありえないと即断した勇者は、その言葉を信じて突撃し、その行動に対して空間の歪みが発生しないことに気付いた王国軍は勢いを取り戻した。
その結果、聖女の封印が破壊される前に、王国軍は教会軍を撃破したのであった。




