40. カロール村解放戦と壊れた魔道具 前編
「あそこに聖女が封印されているのかな?」
教会軍の背後。
カロール村の歪みとの境界線付近に、見るからに聖なる雰囲気を感じさせる魔力のドームがあった。よく見るとその中に聖女らしき人物がいることが分かる。
「そういえばアケィラちゃん。聖女に聖力を供給したって聞いたけど、あんなに教会軍がいるのにどうやって供給したの?」
「無属性の魔力を上に投げて着弾させた」
「は?」
「冗談で言ったらあいつらマジでその方法でやりやがったんだよ」
正面がガードされていても、上空はノーマークだった。
ゆえに王国の魔法使い達が遥か上空を経由させて補給する魔力を放ち、それを聖女の封印の場所へと滝のように落としたのだった。
「今は上からの攻撃も警戒されてるからもう出来ない芸当だけどな。聖女の聖力が切れる前に決着がつくと良いが」
聖女が夢に出てきた後、慌てて追加で聖力の補給をしたが、それ以降は出来ていないとアケィラは聞いている。普通に考えれば十分足りる量ではあるはずだが、教会が逆に聖力を奪い取ったりする可能性も考えられるため油断は出来ない。
「でもこのペースなら大丈夫そうだな。勇者君が無双状態だ」
王国軍と教会軍。
広大な歪んだ土地を背に、激しい戦いが行われていた。
武器を振るうことで甲高い金属音が鳴り響き、様々な属性の魔法による爆発音が絶え間なく続き、そしてなによりも怒声のような人々の叫びが至る所から飛び出している。尤も、映像では音声まで届かないためアケィラ達には聞こえていないが。
その戦場で特に目を惹く活躍をしているのは勇者であろう。
戦場を疾風のごとく駆け、雑魚を無視して強者のみを狙い次々と撃破してゆく。
「相手、多分、教会の、暗部、だと思う」
「白いローブを着てるくせに見た目がなんか禍々しいもんな。厄介な罠とか攻撃とかしてきてるし。でも勇者君には全く効いてなくて瞬殺されてら。あそこまで何もやらせてもらえないと可哀想になってくるな」
それは勇者に限っての話では無かった。
勇者の仲間も、カミーラ達も、宮廷魔導士長も、騎士団長も、誰も彼もが勇猛果敢に攻め、教会軍を壊滅へと追い込んで行く。
「教会軍だって弱い訳じゃないんだけどね。私でも油断したら危ないって人が何人もいるし」
「姉さんまさか戦ったことあるの?」
「ううん。でも強そうな人を見たことはある。教会の武力をアピールするためなのか、そういう人が各国の大都市を巡って演説することがあるの。表に出て来る人があのレベルなら、暗部はもっとヤバいんだろうなって思ってた」
「そんな連中を相手に圧倒しているんだが、この国の軍隊ってそんなに強かったのか」
戦場での一方的な展開を見ると教会軍が強いとは全く思えなかった。
「多分、モチベーションの、違い、かな」
「モチベーション?」
「うん、王国軍は、やる気が、ある。教会は、焦ってる」
「確かにメンタルの差は比べようもないか」
王国民の心のしこりになっていたカロール村をついに解放できそうで、しかも人々を困らせていた醜悪な教会を倒すことも出来る。更に勇者達はアケィラの力になれると感じて普段以上の力が出てそうだ。
一方で教会軍の上層部はこのまま敗北したら断罪粛清されてしまうと恐れ戦いている。兵士の中には、教会に対する疑念と今後の不安に苛まれ、本当に教会をこのまま信じてよいのかと戸惑っている人もいるだろう。
「でも焦ってるってことは、必死で抵抗してきそうなものだがな」
「偉い人は、そう。でも、普通の人は、どうかな」
「なるほど、だから焦ってヤバイことをやるかもしれない連中を先に仕留めてるのか」
王国軍は教会軍に向けて武器を降ろせと伝え続けている。教皇は神の言葉を騙る者であると。上層部は己の低俗な欲のために神の言葉を利用しているだけなのだと。神を信じるのであれば、戦うべき相手は自ずと分かるだろうと。
その言葉に全く揺さぶられず、敵対の意思を見せようものならすぐに目をつけられて斬り捨てられる。
何もかもが王国軍の思い通り。
しかしアケィラは戦場の様子に違和感を覚えた。
「こんなに圧倒的なのに、どうしてまだ終わらないんだ?」
一気に王国軍が押し切ってしまいそうな勢いであったにも関わらず、まだ教会軍は崩れていない。時間の問題だと思ってから、どれだけ時間が経っても戦場の雰囲気が変わらないのだ。
「多分、あの子達のせいじゃないかな」
「あの子達って、見るからにビビってて戦争に向いて無さそうな連中のことか?」
「うん。どう見ても教会を心から信じて参加してるって感じじゃなさそうでしょ」
戦場を確認すると、そのような雰囲気の連中が沢山いた。
「多分、何らかの理由で無理矢理戦わせられてるのよ。王国軍も戦争とはいえ虐殺したいわけじゃないし、やりすぎたら神様を持ち出して非道な行いだとかなんとか難癖付けて来るつもりじゃないかな」
「肉壁ってわけか、ひでぇな」
その大量の壁のせいで、王国軍は攻めあぐねていた。特に最重要人物の周辺には壁が大量に用意されていて、いくら勇者と言えども彼らを傷つけずに突破するのは容易ではない。
「でも難しくて時間がかかるだけで、このままなら王国軍が余裕で勝てそうだな」
いわゆるフラグが立ったということなのか、それとも単なる偶然か、教会軍のとある動きをアケィラは察知した。
「あれ……まさかあいつら!」
「どうしたの?」
「?」
そのことに司書も姉もまだ気付いていない。
広大な戦場を上空から俯瞰して見ているため、一か所の小さな異常にすぐに気付くのは難しいからだ。
「聖女の封印を壊そうとしてやがる!」
「え!?」
「え!?」
封印に向けて何らかの魔法を唱えている怪しい人物をアケィラは見つけた。
「あの術式は間違いない」
「この距離で術式が見えるの!?」
「驚くところそこじゃないだろ」
どうにか対処しなければ、村を守り続けている聖女が封印から出されてしまう。もしも聖女がそのことに驚き村の隔離を止めてしまったら、村人達も王妃も歪みの中に放り出されて全滅してしまう。
自分なんかのことよりも、そっちの方が遥かに大事だろうとアケィラは言いたかった。
「まさか、聖女を、殺す気?」
「何!?」
「待ってよ二人とも。そもそも村も聖女もダメにしちゃったら、人質が居なくなって結局教会はこの国に粛清されちゃうよ。どうして教会がそんなことするの」
教会がこの国で好き勝手出来たのは、あくまでもカロール村という人質があったため。追い詰められているとはいえ、それを自ら手放す意味がエィビィには分からなかった。
「う~ん……世論も教会を非難する流れになっているからもう無理だと諦めて王国への嫌がらせ……そんな破れかぶれな理由じゃないか」
教会の上層部としては、人質が無くなったとしても糾弾されず生き延びたいはず。
「神様の、言うことを、聞かなかったから、天罰が、下った、とかって、脅す、とか」
ゆえに教会の言うことを聞きなさい。
私達は間違っていないし、神の声を本当に聞いているのだ。そう主張して世論を説得したいのだろうか。
「でも今の流れだと、そんなこと言っても信じて貰え無さそうだけどな」
もしそれが通じるのであれば、この場には教会を疑っていない信者がこの場にもっと沢山いなければおかしい。その程度の言葉では動かせないほどに、信者たちの心は教会の上層部から離れてしまっているのだ。
つまり天罰が下ったなどと主張することは全く意味がない。
意味があるとすれば、本当に天罰が下ったのだと思わせる程の何かが起きた時。アケィラが未知の道具や知識を公開したように、それと同等以上のインパクトのある何か。
その答えは戦場にあった。
「あれは!?」
「空間が歪んでる!?」
突如、戦場の一部の空間が歪み、周囲はパニックに陥った。
「おっ、やるな。イナニュワがすぐに直したぞ」
「でも中の人は即死……あ、蘇生魔法で復活させたみたい」
村を修復するために、空間の歪みを修復可能な人物がこの戦場には何人もいる。カロール村のような巨大な規模の歪みならまだしも、一部の小さな歪みであれば個人の力ですぐに直せる。
そして直した直後に後方で待機していた優秀な回復部隊が、遠距離から蘇生魔法で巻き込まれた人物を蘇らせた。蘇生魔法は魔力を大量に使うが、死んでから時間がかかりすぎなければ高確率で蘇生が可能な魔法である。
「今度はあっち!あっちにも!」
次々と空間の歪みが発生し、王国軍はその対処に追われることになってしまった。
「やはり教会は意図的に空間の歪みを発生させられるのか。だが一体どうやって……」
「アケィラちゃんまずいよ。魔法を使わないことで歪まなくなったけど、教会側からはどんどん魔法が飛んできちゃう」
「しかも、わざと、壁を、歪ませて、直させて、邪魔してる」
「外道共が……!」
空間の歪みは魔法の暴走によるものであるため、魔法を使わなければ歪まない。そのため王国軍は魔法の使用を即座に止めさせる素早い対処をしたのだが、そうなると教会軍から一方的に魔法攻撃を受ける形になってしまう。
それをどうにか躱して物理で攻撃しようにも、今度は脅しか何かで無理矢理参加させている人々をわざと歪ませて、歪みに巻き込ませようと牽制する。しかも王国側はその人々を見捨てたくないと思っているから、敵側であっても可能な限り蘇生させざるを得ない。
大半の攻撃を封じられ、歪みに巻き込まれた人々の救出に人手が割かれ、完全に形成が逆転してしまった。
「ねぇアケィラちゃん。歪みを直すのも魔法でしょ。それなのにどうしてその魔法を使っても歪まないの?」
「使っているのは無属性の魔法だからだ。歪みの発生は無属性の魔法を使う分には影響が無いからな」
「じゃあ蘇生魔法は? あれって神聖属性の魔法だよね」
「確かに……」
しかも蘇生魔法に使う魔力量は大きく、歪ませられたらかなりの広範囲が歪んでしまうことになるだろう。
「もしかして、距離?」
「なるほど、確かに歪みの発生は一定の範囲に収まっている」
「じゃあその範囲を探せば、歪ませる原因が特定できるね!」
三人は映像を食い入るように見つめ、教会がどうやって空間を歪ませているかを調査した。
「もしかして、あれ?」
「何か見つけたのか?」
「うん、歪みが、発生する、タイミングで、あの人の、胸の、あたりが、光ってる」
魔力の鳥を少し降下させ、その人物に近づける。ローブを着てフードを被り顔も隠しているその人物は、よく見ると他よりも多くの壁に守られている。それだけ倒されたくない重要人物であることが伺える。
「胸のあたり……あれは……魔力充填の筒じゃないか」
「でもそれって、魔力を溜めておくだけの魔道具だよね?」
以前、イナニュワから魔力タンクとなるペンダントをプレゼントされたが、それと同じで魔力を溜めておけるのが魔力充填の筒である。充填可能な量が少ないため価値はそれほど高くなく、入手は容易である。そして大事なことは、魔力の出し入れが可能なだけであり、それ以外の機能は無いということ。
「私の、見間違い?」
「そう結論付けるのは早い。とりあえず見ておこう」
空間の歪みが発生する時に本当にその筒が何かを発動するのかどうか。
アケィラは半信半疑でそれを注視していたのだが。
「なんだと!?」
「今他の人から魔力を吸収したよね!?」
「私にも、見えた」
魔法を唱えようとしていた壁の人物に王国軍の兵士が近づいた時、筒が淡く光り何かが発動したかと思ったら、その魔法を唱えようとしていた人物から無属性の魔力を吸収しようとしたではないか。
そしてターゲットになった人物は、唱えようとしていた魔力と突然体内から出現した無属性の魔力が混ざり合い制御不能になり暴走し、周囲の空間を歪ませた。
「魔力充填の筒に見せかけた別の魔道具……いや、あんな不自然な術式の魔道具なんてあるものか。蓋も中途半端に開いて固まっているように見えるし、あれじゃあまるで壊れ……そうか、偶然あんな風に壊れたんだ!」
「えぇ? そんなことあるの?」
「奇跡的、確率」
自分の魔力を出し入れ可能なだけの機能の筒が、他人の魔力を出し入れする機能に変化していた。
この世界では他人の魔力を操作することは難しく、アケィラであってもそれは同じだ。イナニュワの魔力が充填されたペンダントを受け取った時も、それが喜べない理由の一つだった。
もちろんそれは魔道具でも同じであるのだが、その壊れた魔道具は奇跡的な壊れ方をして他人の魔力を体内から吸収するということを可能にしていたのだ。
「あの筒程度の容量なら吸収されたところで何ら影響はないが、魔法を使っているタイミングに発動したら空間が歪むことに気付いたやつがいたんだろう」
壊れた魔道具の使い道を模索する中で、最悪な使い方を見つけてしまった。それこそがカロール村の悲劇の始まりでもあったのだ。
「それが、本当なら、まずい」
「ああ、あれを止めないと王国軍に勝ち目がないぞ」
「それだけじゃ、ない」
「え?」
「全部、神様の、怒り、って、言えちゃう」
「カロール村を放棄しても、信者達を信じさせる道具になるってことか!」
神の言うことを聞かなかったからカロール村は滅び、聖女も死んでしまった。
その証拠に世界中に歪みが生まれ始めた。助かるには教会を信じ神に許しを請うしかない。
アケィラが持ち込んだ異世界の知識よりも、歪みという分かりやすい恐怖の象徴の方がより信憑性のある超常の力と思われるだろう。
教会はカロール村を使った人質ではなく、恐怖で民衆を支配する方針に舵を切ろうとしていたのだった。
「どうするアケィラちゃん?」
どうにかしてこの話を戦場に伝えて対処してもらわなければならない。
だがカロール村は王城より遠く、果たしてその伝達は間に合うだろうか。その間に聖女の封印が解かれてカロール村が滅びてしまわないだろうか。
アケィラには見ていることしか出来ない。
「二人とも、力を貸してくれ」
「もちろん!」
「当然」
だがそれはアケィラだけだったらの話だ。
ここには頼りになる仲間がいる。
「オープナーとして、あの壊れた魔道具を修理する!」
機能を本来の形に戻し、固まった蓋を普通に開閉可能にするのだ。




