31. 宮廷魔術師長と魔力の穴
「見事に知り合いばかりだな」
王城の一角、武骨な魔法修練場にアケィラと何名かの高レベルの魔法を使える者が集まっていた。空間の歪みを他の人も直せるように指導するためだ。
指導される人は先代、勇者、イナニュワ、ミュゼスゥ、トゥーガックス、宮廷魔術師長、それと他数名。ノリィ王女も見に来ている。
「本当はもっと多くの人が参加を希望していたけれど、貴方が嫌がるからこうして知り合いを多めにしたんじゃない」
苦々しい表情でそう告げたのは宮廷魔術師長。相変わらず見た目が若く、アケィラに対する態度は厳しいものだ。
「(あれで四十代とか嘘だろ。どんな魔法使ってるんだよ)」
本当の年齢はノリィ王女が教えてくれた。しかも彼女は魔法を使わず化粧だけで若さを演出しているようで、女性の化粧技術の恐ろしさを実感するアケィラであった。
「それに余計な質問は禁止とか、何様のつもりよ」
「陛下に依頼をされた重要人物のつもりだが」
「ぐっ……なんてムカツクやつなの」
相手は本来であればアケィラが下手に出るような大物なのだが、いくら平民のアケィラ相手とはいえ個人的な攻撃を何もしていないのに自分勝手なひがみで敵意をむき出しにされたら礼を尽くす気にもならなかった。その結果が、カミーラと同レベルの扱いである。
「こっちは教えるために来てるんだ。余計な政治的な質問とかされても時間がかかるだけで面倒だ。そもそもそういう質問は陛下の『指導する』って依頼とは直接関係ないわけで、陛下の依頼の邪魔をしているとも受け取れる。国家反逆罪にならないよう気を使ってあげてるんだよ」
「ぐうっ……」
もちろんシンプルにただ面倒なだけだ。
この場のアケィラの知り合いは皆、気付いていた。
「ということでさっさと始めるぞ。今日のテーマは魔力を正確に視ることだ。どうやら空間の歪みに混ざった魔力をはっきりと視れない人が多いらしいからな」
これはアケィラが謁見の間で説明したことを元に、魔法を使える者が試した結果だった。それっぽい物が視えた人はいたが、どうもぼやけてしまうらしい。その原因を探るためにアケィラは図書館で調べ物をしていたのだ。
「んじゃまぁとりあえずこれだ」
アケィラは指先から魔力の線を生成し、一つの花を形作らせた。
「綺麗なお花!」
「正解です、ノリィ王女」
ノリィが目をキラキラさせてそれを見ている。どうやら魔力の線を使った立体絵が気に入ったらしい。
「じゃあこれ、勇者君はちゃんと視えるか?」
「僕?」
勇者は真剣にその花をじっと見る。
「花ってことは分かるけど、ぼやけてるかな」
「そうか、じゃあこれならどうだ」
「…………全然形が分からなくなった」
「ならこれは?」
「凄い!こんなに精緻な花だったんだ!」
「どうやら視えているようだな」
図書館で仕入れた知識を元に試してみたが、どうやら正解だったらしい。
「最初のぼやけている花は無属性、形が分からなくなったのは闇属性、最後に視えるようになったのは光属性の魔力なんだ」
「まさかあなた全属性を使えるの!?」
説明にいきなり食いついてきたのは、宮廷魔術師長。アケィラは眉を少しひそめ、軽く息を吐いた。
「気になるのそこかよ。関係ない質問だが……まぁそのくらいなら良いか。属性っていっても微かに付与しただけだ。魔法として発動できないレベルなら誰だってあらゆる属性を使えるだろ」
「それは……そうかもしれないけど」
苦手な属性の魔法を使おうとすると、その属性の魔力を集めることは出来るのだが、それを魔法として形に変換することが出来ない。今は各種属性の魔力を集められるだけで十分だった。
「はいはいはーい!私にも見せて!」
「トゥーガックスは分からん」
「なんでさ!」
「だってお前、得意な属性が多すぎるからどれで試せば良いんだよ」
勇者の場合は光属性が得意だと分かっていたから、無属性と得意な光属性と光の対極の闇属性で試してみた。しかし優秀な魔法使いであるトゥーガックスはどの属性を選択すれば良いか分からない。
「それに一人ずつやるの面倒だな。ならこうするか。今からこの花の属性を色々と変えるから、視やすい属性を見つけてくれ」
アケィラが指先の魔力花に様々な属性を順に付与すると、そこら中から『ううむ』やら『おお!』やら声が漏れてくる。思いつく一通りの属性を試すと、全員が得意な属性を見つけられたようだ。
「人は視れる属性に得意不得意がある。それは分かったけど、それが何だと言うの?」
自分も興味深そうに花を見ていたくせに、攻撃的な態度は変わらない。アケィラが絶対に関わりたくない面倒な性格だったが、仕事なので対応するしかない。
「大事なのはそこじゃない。誰も無属性の魔力を正確に視れなかったということだ」
空間の歪みを修正するには、まずそれを視れなければ話にならない。つまりそれを視れるようにするということが最初のステップとなる。
「その原因は恐らく、魔法の練習法にあるんだろうな」
「練習法?」
「ああ。初心者向けの本を確認したところ、どの本にも『まずは得意な属性を見つけてみましょう』と書いてあった。魔法を覚えたての頃から属性に触れることで、無意識のうちに最初に覚えた属性を付与して魔力を生み出そうとしてしまう。そしてその属性付き魔力を眼に纏わせて魔力を視ようとするから、その属性以外の魔力を正確に視ようとしてもぼやけてしまうんだ」
つまり完全に無属性の魔力を生成していると思っていても、実際は不純物が混じってしまっているということになる。
「な……! それが確かならアレやアレの不具合にもつく……いいえ、それだけじゃない。アレが成功しない理由も、どうしてもアレの失敗が出てしまう原因にもなる……そんな……そんな理由だっただなんて……」
自分の世界に入って勝手に驚愕している宮廷魔術師長。アケィラ的には静かになったなら良いやと思う気持ちと、質問が何でもありだったらガンガン質問されてそうなので事前に拒否しておいて良かったという気持ちが半々だった。
「ということで今日は完全無属性の魔力を生み出して、この魔力の花をくっきりと視えるように練習しよう。自分の魔力に属性が付与されてるって意識できたなら、それを取り除くだけ。ここにいる連中なら直ぐだろ」
それだけ優秀なメンバーが集まっている。
そしてここに居ない人達には、このメンバーが教えてあげれば良い。
今日のアケィラの仕事はそれで終わりのはずだった。
「あの、すいません。俺達って何で呼ばれたのでしょうか」
だがアケィラは一つ忘れていたことがあった。
知り合いと宮廷魔術師長以外に何名か、アケィラの知り合いで無い人がこの場にいたのだ。しかもそれはアケィラが呼んだ者達だった。
「おお、悪い。忘れるとこだった。体内の魔力量は高いけれど、魔法を使えない人達だよな」
「はい」
「ちなみに、さっきの花を視れた人はいるか?」
そう質問すると、ほぼ半数が手を挙げた。
「それじゃあ、まずは今手を挙げた人達に面白いことをやってもらおう。前に出てあの的の方を向いてくれ」
ここは魔法の修練場であるため、魔法を当てるための的が遠くの方にある。
「さっきの花を見て、自分が得意な属性が分かったはずだ。ならその属性を使った魔法を使ってもらう」
「あの、私達は魔法を使えないのですが」
「いや使える。使い方を分かってないだけだ」
「え?」
魔力はあるのに魔法を使えない。
そのことが劣等感となっていた彼らにとって、魔法が使えるというアケィラの言葉は大いに効いた。
彼の次の言葉を聞くまでは。
「目から魔法を放ってみろ」
「馬鹿にしてるんですか!」
希望を持たせておいて揶揄っているだけだった。
しかも彼らが最も嫌がる、魔法を使えないことを馬鹿にするやりかたで。
激怒するのも当然のことだろう。
だがアケィラは彼らの怒りを受けても全く動揺していなかった。
「馬鹿になんてしてないさ。なんなら俺がやってみせよう」
アケィラは的の方を見ると、目に魔力を溜めだした。
「フレイムアイビーム、なんちゃって」
「はぁ!?」
そしてなんと目から炎のレーザーを生み出して的に直撃させたではないか。
本当に目から魔法を放たれ、激昂していた男達は茫然とすることしか出来ない。
「な、出来るだろ。君達も出来る筈だ。何故なら魔力を視れるということは、目に魔力を纏わせているということ。それは目から体内の魔力を外に放出しているということに外ならない。魔力を外に出せるなら、後はそう難しいことじゃない。出来ると信じて強くイメージしてやってみな」
「そ……そんなこと言われても……」
未だ動揺から立ち直れない男達。
しかしその中の一人が意を決したように前に出た。
「や、やってみる」
表情は不安そうだが、腹は括ってそうだ。
緊張しているのか胸を手で抑えながら、彼は目に魔力を溜める。
「も、燃え尽きろ!」
やけくそのような詠唱と共に、目から炎のレーザーが生成される。しかも体内の魔力量が多いからか、アケィラのものとは太さも威力も段違いで、魔力耐性が付与されていた的を轟音を立てて貫いた。
「おおー、やっぱり魔力量があると違うな」
「で……できた……魔法を使えたああああああああ!」
軽い感想を口にするアケィラと、それとは対照的に膝から崩れ落ちて号泣する男。魔法を使えなかったコンプレックスが解消されたことは、それほど彼にとって大きな出来事だったのだ。
「な……何よそれ……目から魔法だなんて常識外れにも程があるわ……」
そしてその様子を見た宮廷魔術師長はこれまた驚いていた。驚きすぎていつものようにアケィラに食って掛かるのを忘れる程だった。
魔力量は多いけれど魔法が使えない者を、どうにかして魔法が使えるようにという研究は国を挙げてやっていた。その成果は芳しくなかったのに、アケィラがあっさりと解決してみせたのだから当然だろう。
「お、俺も!」
「私もやってみる!」
他の者達も試してみると、それぞれ得意属性のビームを眼から放つことが出来た。
そして最初の者と同じように崩れ落ちて感激する。
一方で悔しいのは、魔力を視ることすら出来なかった人達だ。
アケィラは彼らの元へと向かった。
「心配するな。あれは遊びで面白いからやらせただけで、全員普通に手から魔法を放てるようになる。もちろん君達もだ」
「本当ですか!?」
他の誰から言われても信じられないだろう。これまで何度もチャレンジして失敗したのだから。
だが自分と同じく魔法が使えないと思われていた人達が魔法を使ってみせた荒唐無稽な光景を見せられたら信じる以外の選択肢などあり得ない。
「じゃあ君、利き手を出して」
「は、はい」
アケィラは一番近くにいた男性の手を取り、そこに己の魔力を纏わせて何かをした。そして同時に目にも手をかざし、同じく魔力を纏わせて何かをした。
「はい完了。それじゃ次の人」
そこにいる全員に同じことをしたら、目からビームを出した連中を呼んだ。
「君達は手だけね」
そして手に何らかの処置を施したら、例の魔力の花を生み出す。
「今までこれが視えなかった人達、目に魔力を纏わせるイメージをしてこれを視てごらん」
「…………視えた!」
「本当だ視えた!」
「こんな凄い物があったのね!」
全く視えなかったものが視えるようになった。
そのことに彼らは一喜一憂し出すが、アケィラはそれを止めさせた。
「こらこら、喜ぶのはもっと後にしなさい。今はどの属性が得意なのか確認すること」
花に属性を付与させ、最もくっきりと視える属性を各々に理解してもらう。
それが終わったところで、目からレーザー組を含めて全員を一列に並ばせ、的の方を向けさせる。
「もう手から魔法を放てるようになったぞ。得意な属性の魔法で使ってみたかった魔法を使ってみると良い」
「…………」
「…………」
「…………」
そんな馬鹿な。
手に少し触れただけじゃないか。
そう反論するよりも、今の彼らには期待の方が上回った。
「燃え盛れ!」
「凍り付け!」
「痺れろ!」
「大地よ貫け!」
「風よ斬り裂け!」
彼らの手から様々な魔法が生み出され、しかも全力でやろうとしたものだから、魔力量が大量ということもありとんでもない地獄の光景になってしまった。
「うははは、こりゃすげぇや」
どうやらアケィラはこうなることが分かっていてやったらしい。
本当に普通に魔法が使えて喜び呆然とする者達。
アケィラなら当然だと妙な彼氏面をする者達。
やりすぎだろ馬鹿と苦笑する者達。
まさに修練場はカオスであった。
そんな中、やはり彼女は黙っていられなかった。
「きいいいい!ありえない!ありえない!ありえない!ありえない!一体どんな魔法を使ったのよ!」
宮廷魔術師長だ。
魔法の扱いについては世界で有数の実力者であるとの自負があり、そんな自分ですら成し遂げられなかった偉業をあっさりとやってのけたアケィラに対し、プライドがズタズタであり半狂乱になっていた。
「企業秘密だ」
「ふざけないで!こんな重要なこと隠して良いわけがない!」
「どうしても知りたいなら、陛下にお願いしてみたらどうだ。まぁ王命だろうが言うつもりはないがな」
「な!?」
これはアケィラにとって生命線である技術だ。
魔力量が少ないアケィラにとってこれがあるからこそ身を守れるし技術で食っていける。もしこれを公開してしまったらそのアドバンテージは大いに失われてしまうだろう。
「(魔力を体外に排出するには、身体を覆うとある膜に穴が開いていないといけない。多くの人は手や目の付近にその穴が開いているが、どうやら中にはそこに開いていない人がいるらしい。魔力を体外に排出できず、魔法を使えないのはそれが理由だ。俺はその膜に穴を開けてやっただけのこと)」
その話だけならば、世間に公開しても問題なさそうに思える。
だがアケィラはそれを利用して相手の魔法を封じる術を身に着けた。それを無効化されないためにも、この話を教える訳には行かなかった。
「(膜の穴を魔力で塞いでしまえば、相手は魔力を体外に排出できず魔法が使えなくなる。この技でこれまで何度も危機を乗り越えられた。悪いがこのアドバンテージを失う訳にはいかない)」
相手の魔力量がいかに多くともそれを輩出する穴はそれほど大きくない。そこをアケィラの少ない魔力でピンポイントで埋めてしまうことが、アケィラの魔力封じの方法だった。爆弾魔の魔人の魔法を封じたのもこの方法である。
膜の存在が知られてしまえば、同じことを考える人が出てきたり、この方法の対処法までもが広まってしまうかもしれない。面倒ごとに巻き込まれまくってキナ臭い状況で、大事な手札を公開するつもりはなかった。
「(オープナーとしては膜で閉じられているのを開くのは真っ当な仕事なんだがな)」
個人的に相談に来たならば対処するのも良いだろう。
だがそれを他人が出来るようにするつもりは今のところ毛頭なかった。
たとえ魔法が使えない人がアケィラの元へ殺到する事態になったとしても、だ。
「さて、なんか面倒なことになってきたし帰るか」
「帰るな!説明しろ!」
「煩いなぁ。勇者君ならもう無属性使えるようになったよな」
「はい!」
「さっすが。じゃあ後は頼むわ。あっちの喜んでる連中も教師役になれるよう鍛えてやってくれ」
「はい!」
何故アケィラがわざわざ魔法を使えない連中を使えるようにしてあげたのか。それは教師役を増やすこと。そしてもう一つのとある理由のため。
「それとこれも邪魔だから抑えてくれ」
「はい!」
「これとか言うな!おい勇者やめろ!私はまだあいつに話がある!行くな!説明しろ!くそおおおお!」
今日の予定を終えたアケィラは背後の叫びに押されるように、修練場から去って行く。
なお、その後をノリィ王女がついていったので、アケィラはまだ解放されず会話の相手をさせられるのであろう。




