3. 勇者と強力な呪い 前編
「ふわぁあ、眠……」
「アケィラ君はいるか!?」
「!?」
今日も今日とて暇な午後。
いつものようにカウンターに突っ伏して惰眠を貪ってから街へと繰り出そうと思っていたら、その眠気を吹き飛ばす勢いで誰かが入って来た。
「お前は、いや、お前達は!?」
入って来たのは四人の人物だった。
先頭の人物は銀髪超絶イケメンで伝説的な名前でもつけられてそうな豪華な装備に身を固めている。
追って入って来たのは、巨大なとんがり帽子を被り杖を持った、見るからに魔法使いと思わしき女子。クールビューティーそうな冷たい視線をアケィラに向けている。
その次に入って来たのは顔まで隠した全身鎧の人物。鎧の胸部が少し盛り上がっていることから辛うじて女性であることが分かる。
そして最後の一人、をアケィラが確認する前に、超絶イケメンが物凄い勢いで土下座した。
「ごめんなさい!」
「勇者君!?」
勇者。
それが彼に与えられた役割であり、圧倒的な強さを持つ。その勇者とアケィラは知り合いのようだが、土下座させるような関係なのだろうか。
「おいおい、いきなり来たかと思ったら、なんで土下座なんかしてるんだよ」
「僕が君にやったことを考えれば許せないことは分かっている。今更こんな風に頭を下げるだなんて、しかも困ったから君に助けてもらうためにこんなことをするだなんて都合の良いことだとは分かっている。でも……僕にはもう君しかいないんだ。学校でのことは謝る。何だってする。だからお願いだから助けてくれ!」
額を汚れた床にこすりつけるようにして必死にそう願う勇者。その姿は勇ましさからは程遠く、惨めさすら感じられる程のものだった。隣に立つとんがり帽子の女性は、歯を食いしばり顔を歪めて何かに耐えている様子だが、勇者がそんな姿を見せることが耐えられないのかもしれない。
唐突な勇者の謝罪。
それを受けてアケィラは冒険者学校での出来事を思い出した。
その上で彼が下した判断とは。
「いや、俺別に勇者君に何も嫌なことされてないぞ」
「え?」
「え?」
「え?」
勇者、とんがり帽子、全身鎧。
三者から揃って間抜けな声が返って来た。
「だからそんなことしてないで立ってくれ。それに中に入って扉を閉めてくれ。勇者に土下座させてる姿なんて外の人に見られたら、どんな噂を立てられるか分かったものじゃない」
「あ……ああ、すまない」
確かにその通りだと思った勇者は慌てて立ち上がり、仲間達と一緒に部屋に入った。
「全く、一体なんだってんだ」
厄介ごとはごめんだとでも言わんばかりにアケィラは面倒臭そうな顔をして彼らを迎え入れた。
「それはこっちの台詞よ」
これまで勇者に任せて何も話していなかったとんがり帽子の女性が、ここで口を開いた。
「久しぶりだなイナニュワ。相変わらず勇者君と一緒にいるんだな。そろそろ告って女にしてもらったか?」
「な…………!相変わらずデリカシーのない奴!」
真っ赤になって怒るイナニュワだが、怒りよりも照れの割合の方が多いことにアケィラは気が付いた。
「おお、昔だったら全力で否定したのに。そうじゃないってことはマジで告ったのか。結婚式には……面倒だし呼ばなくて良いや」
勇者の結婚式など多数のお偉いさんが出席するから肩が凝るだけだと、すぐに興味を失った。
「こいつ……そ、そんなことよりさっきのは何よ!嫌なことが無かっただなんて強がっちゃって!」
「そうだ。僕は君にあんなにも酷いことをしたじゃないか」
「例えば?」
勇者とイナニュワが悪事の存在を主張するが、アケィラはやはり心当たりが無さそうな雰囲気だ。
「僕が君を敵視してしまったせいで、君は学校で孤立してしまったじゃないか!」
勇者という肩書は絶大だ。
誰もがお近づきになりたく、心証を良くしたいと全面的に協力する。
そんな勇者が敵だと認めるということは、学校中の生徒達から敵視されることと同意である。
本来であればそうなる前に勇者が周囲を止めなければ無かったのだが、彼はそれをしなかった。
「僕はあまりにも愚かだった。君の力に嫉妬して、勇者を上回る君の存在をどうしても受け入れることが出来なかったんだ。そのせいで君に肩身の狭い思いをさせてしまった。心無い言葉を何度も投げかけられただろう。謝って許されるようなことでもないが、本当に……本当にすまない」
勇者の表情からは心の底から悔いている様子が見て取れた。学校を卒業し、外の世界を知ることで成長し、己の至らなさを知ったのだろう。
だがそんなことを言われても、アケィラは何も気にしていなかったので困るだけだった。
「何か勝手に反省してるみたいだけど、むしろ俺は感謝してるんだぜ」
「は?」
「だって勇者君と関わったら厄介なトラブルに巻き込まれるって決まってるからな。実際、王族絡みのトラブルとか、魔族が攻めてきたりとか色々あったじゃん。もし仲良くしてたら俺まで胃が痛い思いをするかもしれないところだったわ」
自分勝手に自由に生きたい。
痛い目に遭うかもしれない戦いなんて以ての外。
そんな考えだからこそ、勇者の方から距離を置いてくれたことは、むしろ最高の状況だったのだ。
「それに全員からガン無視されたわけでもないしな」
カミーラやトゥーガックスを始めとした何人かが勝手に絡んできてくれたから孤独感に悩まされることもなかった。
「勉強に集中できたし、やりたいことばかりできたし、おかげさまで最高の学校生活だったよ。感謝はしても怒ってなんかないって」
「は、はは、僕のことなんか最初から眼中に無かったというわけか……」
眼中に入れてみたら面倒そうだから逃げたかった。
というのが正しいところだろう。
「だから言ったじゃない。悩むだけ無駄だって。こいつはそういう奴なのよ」
「いや、だからといって謝らなくて良いってわけじゃない。悪いことをしたのは間違いないのだから。本当はこんなことになる前に謝りたかったけれど、君の居場所が分からなくてね……」
勇者はアケィラに何か依頼があってやってきたようだ。
本来はその前に単に謝りたかったのだろう。依頼のついでに謝るなど、依頼を受けてもらうために仕方なく謝罪したと受け取られてもおかしくなく、謝罪にならないと思っていたからだ。
だがそうでもしなければならないトラブルが彼の身に降りかかった。
「そうそう、それ気になってたんだよな。誰からこの店のことを聞いたんだ?」
「カミーラさん」
「またあいつか!まさかあいつ、ギルドで俺のことを宣伝してやがるのか?くそ、出禁にしたらしたで面倒なことしやがって!」
そうやって仕事を押し付けないと暇で色街へと遊びに行ってしまうと不安だったから、という彼女の意図にアケィラは気付かず、ただのありがた迷惑な嫌がらせだとしか感じていなかった。
「僕にとっては僥倖だったけどね。おかげで仲間を助けられる可能性が繋がったんだから」
「それってやっぱり、ミュゼスゥのことか?」
それは勇者君の仲間の最後の一人。
一番後ろに立っている、白いローブを着た女性のこと。
表情が虚ろで、立つのもやっとな感じでゆったりとふらついていて、まるで魂が抜かれてしまっているかの様子だ。
「頼む、アケィラ君。ミュゼを治してくれないか」
その依頼にアケィラは顔を顰めた。
勇者のことが苦手だから依頼を受けたくない、というわけではない。
彼女もまた同級生であり、出来れば治してあげたいとも思う。
それでも難色を示した理由は一つ。
「勇者君、ここが何の店か知ってるのか?」
「もちろん。オープナー・フルヤ。何でも開けてくれる店だと聞いている」
「見た所、彼女は呪いにかけられている様子だ。だったらうちじゃなくて、ギルドの解呪師か教会にでも依頼するのが筋ってもんだろう」
呪いを解くのはこの店がやることではない。
そもそも専門の店があるならそちらに依頼した方が確実に解呪してくれるはずなのだ。勇者がわざわざここに来る必要性はない。
「もちろんギルドには行ったが、呪いが強すぎて解呪できないって断られてしまったよ」
「マジかよ。じゃあ教会は?」
「…………」
教会ならばかなり高度な呪いであっても解呪可能な人材がいるはずだ。
だがそれでも勇者がここに来たと言うことは、教会でも解呪出来ない程の超高度な呪いなのか、あるいは。
「もしかして寄付金が物凄い金額とか?」
教会で状態異常を治して貰うには寄付金が必要だ。しかも一般的病院での怪我や病気の治療費とは比べ物にならない程に高い。
「あいつら強欲だからな。でも勇者パーティーなら金なんてすぐに工面できるだろ。レアな装備の一つか二つ売ればすぐだ」
ダンジョンの奥深くまで潜り貴重なアイテムを入手するか。はたまた、難易度の高い依頼をこなして高額報酬をゲットするか。あるいは国のお偉いさんを助けて彼らに援助してもらえるようになったなんて可能性もあるかもしれない。
金が必要と言われても、払う手段はある。
その想像は間違っていなかった。
間違っていたのは、教会が勇者に望んだのは金では無かったということだ。
アケィラの問いに歯を食いしばるだけの勇者に変わり、イナニュワが代わりに答えた。
「教会のエロジジイ共。私を差し出せって言って来やがったのよ」
「わぁお、マジか」
イナニュワは美少女だ。しかも凹凸がしっかりしていて男の肉欲をそそる体つきでもある。
金ではなく女を要望する教会は確実に腐っていた。
「……イナニュワは大切な仲間だ。彼女だけじゃない、三人とも差し出せる訳が無い」
重く苦しい言葉が勇者の口から洩れた。
最悪そうしなければ仲間を助けられないかもしれないという事実が、彼を苦しめているのだ。
「それで藁にも縋る思いで俺の所に来た、と」
「藁だなんて思っていない!アケィラ君なら助けられると信じてるんだ!」
「いや一方的に信じられても。俺はオープナーであって解呪は専門じゃないんだが……」
アケィラとて助けてあげたいとは本気で思っている。
だが中途半端に手を出して、より最悪な状況になってしまったらと考えると、やはり専門家に依頼した方が良いと思ってしまうのだ。
そんな躊躇するアケィラの心を動かしたのは、全身鎧の女性だった。
「あ、あのあの、アケィラさん」
「おお、イゼさんが話しかけてくれるなんて、凄いレアだ。旅をして成長したのかな?」
イゼは極度の恥ずかしがり屋で、人前に顔を晒すことすら恥ずかしいくらいだった。自分から誰かに話かける姿などアケィラは見たことが無く、素直に驚きだった。
「それとも勇者君に女にしてもらって変わったのかな?いいなぁハーレムいいなぁ」
「にゃ!にゃにゃ!にゃにを!」
「え?その反応マジなの?勇者君まさか三人とも手を出しちゃったの!?」
「…………」
勇者は気まずい感じで視線を逸らし、無言で肯定してしまった。
アケィラとしては冗談のつもりだったのだが、本当にハーレムパーティーだった。
「俺、勇者君のこと嫌いになったかも」
「そんな!?」
「なんてね、半分冗談だよ」
「ふぅ……って半分!?」
アケィラは本心からハーレムを志望している訳では無いが、女の子と仲良くしてイチャコラしたいとは思っている。美少女たちとイチャラブしている勇者が羨ましくないわけがない。
「君にはカミーラがいるじゃないか」
「俺、勇者君のこと全部嫌いになったかも」
「何で!?彼女はあんなにも美人で、しかも君のことを慕っているじゃないか!」
「トラブルメイカーはごめんです」
戦いには無縁な世界でひっそりと幸せにイチャコラしながら生きるのが、アケィラの目的だ。
近いうちに間違いなくS級冒険者になるだろうと言われているカミーラなんかと結ばれたら、どう考えてもトラブルに巻き込まれることは目に見えている。それが無くても彼女はトラブルを持ってくるタイプであり、冒険者学校ではたっぷり困らされたのだ。
「あ、あのあの!」
「ああ、ごめんごめん。話の邪魔をしちゃったな」
話が逸れそうになったところで、全身鎧の彼女、イゼが大声で割って入って来た。
それが出来るのも成長したのだろうなと、何故か親のような気持ちでアケィラは感慨深げにしている。彼女との接点など殆どなかったはずなのに。
そんなアケィラの内心になど気付いていない彼女が、彼の心を動かす一言を放った。
「あ、あのあの、ミュゼさんはオールロックの呪いにかかってるんです。ロックされてるなら開錠ということで、オープナーの仕事にならないかな……なんて」
「…………」
呪いといっても種類は様々だ。
たとえば体力や魔力が永遠に減少するとか、正体不明の体調不良になるものなどがよくある症状だ。
それらは状態異常や病気に近しい症状であるため、『開け閉め』とは関係無いだろう。
だが封印系の呪いならばどうだろうか。
魔法が使えない。
武器が使えない。
アイテムが使えない。
何かを使えなくなるように封印するということは、それに見えない鍵をかけたというのと同じことでは無いだろうか。鍵があるならばそれを開けるのはオープナーの仕事だろうと、イゼは言う。
いやいやそれは強引すぎる解釈では無いか。
そう反論されてもおかしくないし、正論だったとしても、それでも解呪専門の人に任せた方が良いことは間違いない。
だがしかし。
「へぇ……なるほど。言われてみれば確かにそうだ」
イゼの言葉に、アケィラの心に火が灯る。
「何でも開けられると言ってんのに、単なる鍵開けすら出来ないなんてみっともない真似出来るわけないよな!」
まったくやる気がないアケィラだが、仕事そのものには高いプライドがあったのだった。
あるいは助けるための程よい口実が見つかって喜んでいるだけなのかもしれないが。
 




