2. 貧乏男爵とからくり箱
「ふわぁあ、眠い」
今日も今日とて閑古鳥が鳴いているオープナー・フルヤ。
いつものように眠そうにカウンターに突っ伏す。
先日のカミーラのやらかしで冒険者ギルドは蜂の巣をつついたような騒ぎになってしまった。本来であればダンジョンの奥深くで発見される災害級モンスターが封印されたままとはいえ地上に出て来てしまったのだから当然の反応だろう。
邪神のかけらは人のいない荒野で解放されてカミーラが撃破した、とアケィラは風の噂で聞いたが、彼にとってはそんな話より、カミーラからぶんどった多額の解錠料によりしばらくお金に困らなくなったことの方が大事だった。
客が来ないことを心配せず安心してスヤスヤ出来るのだから。
「あいつは出禁になったし、これで平和な毎日を送れるぜ」
昼まで寝て、店を開け、飽きたら色街へ向かう。
アケィラとしては最高の怠惰な生活を、あるいは周囲から見れば最低な怠惰な生活を送れるのである。
「うし、そうと決まったらいつまでも店なんて開けてないで色街へ……」
まだ陽が高いが働く気など全くおきないアケィラは、早速店を閉めて遊びに街へと繰り出そうと考えた。
だがそんな彼の耳に、楽しい予定をぶち壊しにするカランカランというベルの音が飛び込んで来た。
「ふむ……本当にここが例の店なのか?」
なんと一人の男性客が入って来たのだ。
そのためノリで扉につけたベルが盛大に鳴ったのである。
「マジかよ……ご新規さんが来るなんて何か月ぶりだ!?」
ほとんど常連しかやってこないオープナー・フルヤ。
そこにやってきたのは見たことのないお客様。
常連相手ならばいなす方法を知っているものの、わざわざ来てくれたご新規さん相手に、遊びに行くから今日はダメだ、などと蔑ろにすることは流石のぐうたらアケィラにも出来ない。
「い、いらっしゃいませえ……」
がっかりする気持ちを隠せずに、気の無い挨拶をするしかなかった。
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「この店は開かない物ならなんでも開けてくれると聞いたが」
「はい。その通りです」
そう答えてアケィラは一つ疑問に思った。
てっきりふらっと街を歩いていたら見つけたから興味本位で入ってみた、的な感じかと思ったのだが、どうもこの客は、この店が何の店なのか誰かに聞いてやってきたようだ。そうなると気になるのは誰に聞いたのか、ということ。
「あの、もしよろしければ、当店について誰に聞いたかを教えて頂けませんか?」
カウンターごしに男性客と相対するアケィラ。相手は三十代か、あるいは四十代前半くらいの中年男性。全体的にやせ形で、髪は短く、少し高そうな貴族風の服を着ているが、あくまでも『風』であるため本当に貴族なのかは分からない。良く見るとその服は少しくたびれているようにも見えるため、一般人が見栄を張って少し高価な服を着ているような印象だった。
「冒険者ギルドで、カミーラという名の女性に勧められたのだよ」
「(あのクソお嬢め!)」
出禁になって安心したと思ったら、遠距離からぐうたらの邪魔、ではなく支援をしてくるのは予想外だった。
「そ、そうですか。それで、一体何を開けたいのでしょうか」
こうなったらすぐに仕事を終わらせてしまえ。そう思ったアケィラはさっさと話を聞いて開けて終わらせることにした。
「その前に、費用を教えてくれないか」
「費用ですか?」
「うむ、申し訳ないが手持ちが少なくてな」
男性客の全身からは、どことなく貧乏そうなオーラが漂っている。アケィラは最初から儲けられるとは思っていなかった。
「費用は内容次第です。解錠難易度が高ければ高くなりますし、容易であれば安くなります」
「……まぁそうだろうな。だがせめて目安を教えてくれないだろうか」
確かに高い安いと言われても、基準が分からなければどの程度なのか判断しようがない。しかもこの店は棚に何も置かれておらず値札もなく、金額を推測するための情報源が皆無なのだ。せめて飾りつけでもされていれば、その飾りの内容で店の格や価格感を大まかにでも判断出来るのだが、飾りなど何もない殺風景なこの店では何も分からない。
「目安ですか……ならこうしましょう。価格はお客様が決めてください」
「なんだって?」
「開けることにどれだけの価値があるのか。それが分かるのはお客様自身です。ですので、お客様自身で判断するのが自然なことでしょう」
「それは商売として良いのか?」
「ダメでしょうね。ですが、幸運なことに現在お金に困っていませんし、お客様はこう言われたら真摯に考えてしまうタイプでしょう?」
「…………ふふ、面白い」
これが踏み倒すような悪人相手だったらアケィラもこのようなことは言い出さなかっただろう。相手が良性な人物であることを分かっているからこその提案だった。
人の善し悪し。
アケィラの眼はそれすらも見通すことが可能なのだ。
「それで、結局何を開ければ良いのですか?」
値段の話が終わったことで、改めて最初の問いを繰り返す。
すると男性は懐から一つの凹凸が激しい真っ黒な箱を取り出した。
「からくり箱ですか」
基本は立方体なのだろうが、全方向にランダムに細い直方体が飛び出しているため持ちにくそうだ。
「なるほど、これはギルドでは開けられないですね」
冒険者ギルドには解錠スキルを持つ者がおり、有料で鍵のかかった物を解錠してくれるサービスがある。だが解錠スキルはあくまでも『鍵がかかった』物が対象であり、からくり箱はからくりによって開かないだけであり鍵をかけていると判断されないのだ。
「どうだ。開けられそうか?」
アケィラは手袋をしてからくり箱を受け取った。すると衝撃で長方体の一部が立方体の中に押し込まれ、それに連動して別の面から直方体が飛び出すような作りになっていた。
「飛び出している個所を押すと、別の面から飛び出して来る。でもそれが反対側の面とは限らないだなんて、面白い作りだな」
向かって右の直方体を押し込むと、向かって上から飛び出して来る。一体なぜこのような不可思議な作りになっているのだろうか。
「開けるかどうか調べる前に、お客様についてと、これについて詳しくお話してもらえませんか?」
「…………必要なことなのか?」
「はい。これが開けて良い物かどうなのかを判断しなければいけません。個人が大事に仕舞っていたものを盗み出して開けようとしている、なんて可能性もありますから」
「確かにそうか。だが、私が説明したところでそれが真実かどうかは分かるのか?」
もしかしたら盗人が嘘を言っているかもしれない。
客の言葉を正しいと証明するには、時間をかけた調査が必要であり、ただ箱を開けてもらいたいだけなのにと不満を覚える客が出てくるだろう。
「分かります」
だがアケィラは話を聞くだけで嘘か真か分かると断言したでは無いか。
そのあまりにも堂々とした答えに、客の男性は面食らうように目をパチパチさせて驚いた。
「ふっ……そうか、分かるか。なら分かった。元より隠すような話でも無いからな。説明しようでは無いか」
アケィラの言葉を客が信じたのかどうかは分からない。だが少なくとも興味を持ってはもらえた様子だ。
客は自身についてとその箱について説明をはじめた。
「私はイジモ・ソゥバという者だ」
「御貴族様でしたか!? 大変失礼致しました」
この世界では名字があるのは基本的に偉い人ばかりだ。それは貴族とは限らないのだが、アケィラは服装から貴族だと判断した。というより、元より貴族の可能性があるとも考えていたので、丁寧に対応していたのだった。
「(くそぅ、マジで貴族だったか。貴族なんかと関わりたくないのに、どうしてこうなった)」
権力者と関わるだなんて面倒なことこの上ない。ぐぅたらで平穏な生活を望むアケィラにとって、絶対に関わりたくない相手の一人だった。
「気にせずとも良い。普通に対応してくれ。貴族と言っても貧乏飛沫男爵で君達と何ら変わりはないさ。いや、あるいは君達よりも貧乏かもしれないかな。はっはっはっ」
「そ、そうですか……」
貧乏貴族ジョークというやつなのだろうか。
だとしても愛想笑いをして良いものかどうなのか迷うアケィラだった。
「まぁもう笑えるような状況では無いのだがな」
豪快に笑っていたイジモが突然真面目な表情に戻ってしまった。やっぱり罠だったかと恐れるアケィラだが、恐らく愛想笑いしても怒ったりはしなかっただろう。
「(貴族と言ってもほぼ平民に近い相手か。なら権力もそんなに無さそうだし、俺の平穏が脅かされる可能性は低いかもな)」
面倒で無いのならばただの客だ。アケィラは当初の通りに普通に丁寧に対応することにした。
「今回も金策でこの街に……というのはさておき、この箱だったな。この箱は家出した娘が残したものなんだ」
「家出ですか?」
「恥ずかしながら我が領は万年金欠でね。それでもどうにかやりくりしていたのだが、十年前に大規模な飢饉に襲われて領の存続危機に陥った。私は寝る間も惜しんで金策に励み、領民を飢え死にさせないようにと毎日必死だった。だがそれゆえ、もっとも遊び盛りな年頃の三女の相手をすることが出来なくなってしまったのだ」
幼い子供とはいえ、自分が置かれている立場や周囲の環境の変化というものは察せられるものだ。恐らくは父親が働かざるを得ない状況に陥っていることも、そしてそれはどうしようもないことだということも理解していたのだろう。それでも子供としての本能が親を求めてしまう。
「いつも明るく笑顔を絶やさない娘が、久しぶりに会った時に別人のように暗い顔をしていた。目を合わせて貰えず、私を意図的に避けていると気付いた時はショックでどうにかなってしまいそうだったよ。だがそれも私の至らなさの故。家族を蔑ろにして仕事に打ち込んでしまった罪の結果」
だがそれが領主というものだ。領民の命を背負っているからこそ、己の家族を最優先に出来ないことだってある。貴族としての責務が、家族関係を壊そうとしている。そのような話はこの世界では何処にでもあることだった。むしろいかに幼くとも貴族の娘として領民のために家族を支えるべきだと娘を非難する者すらいるだろう。
「そして五年前。娘はついに私達家族に愛想をつかし、家を出てしまったのだ。その時に娘の部屋に残されていたのが、これだった」
「…………」
まるで懺悔するかのようなイジモの言葉を、アケィラはからくり箱を弄りながら聞いていた。その顔からは何を感じ、何を考えているのかが読み取れない。
「ちなみに、娘さんの名前を聞いても良いですか?」
「トゥーガックスだ。トゥーガックス・ソゥバ」
「そう……ですか……」
からくり箱をあけるのにどうして名前が必要なのか。
反射的に答えてすぐに疑問に思ったイジモだが、その疑問が口から出る瞬間、アケィラがからくり箱をカウンターに置いてきっぱりと答えた。
「この箱は、私が開けてはダメです」
「なに?」
開けられませんでもなく、開けられます、でもなく、開けてはダメ。
「それは一体どういう意味だ?」
その予想外な答えに、イジモは眉を顰めて訝しそうにアケィラに問いかける。
「娘さんの部屋に、この形で置かれていたのではないでしょうか」
「何?」
箱のでっぱりは、手に持つだけで動いてしまい、元の形からはすでにかけ離れた状態になっているはずだ。だがアケィラはどうやってか、トゥーガックスが部屋に残した形に復元した。
「いや……そうだったか……覚えて無いな」
トゥーガックスがそれを残したのは五年前だ。その箱の正体を探ろうと何度も弄るうちに、元の形を忘れても仕方ない。
「では改めて正面から見てください。何か分かりませんか?」
「んん?」
イジモは言われた通りにその箱を眺めた。だが凸凹しているだけで、何もひらめきそうにない。
仕方なくアケィラはヒントを出すことにした。
「娘さんにとって、一番の思い出は何だったか。分かりますか?」
「娘にとっての思い出だと?」
イジモは目を閉じて娘のことを思い出そうとする。
生まれた時は、家族総出で祝ったものだ。
誕生日が来るたびに、貧乏ながらに盛大に祝っていつも笑ってくれていた。
だとするとやはりポイントは誕生日だろうか。
だがそれでは箱とは繋がらない。
それ以外の特別な思い出と言えば。
「ピクニック?」
それはトゥーガックスが五歳の頃の話。
久しぶりに仕事に余裕が出来たソゥバ家は、領の端にある小さな池までピクニックに行ったのだ。その時のトゥーガックスのはしゃぎっぷりは今でも思い出せるくらいだった。
改めてそのピクニックのことを思い出しながら箱を見る。
「…………こ、これはまさか、あの池の形か!?」
その池はその箱のように角ばってはいない。
だが、その池の大まかな形をデッサンした簡易地図がソゥバ家に飾られており、それは簡易であるが故に角ばって表現されていたのだ。それがその箱の形に類似していることにイジモは気がついた。
「こ、これは一体どういう……?」
「想い出のその場所に何かがあるってことじゃないですかね?」
「!?」
イジモはその場所に向かおうと、反射的に駆け出した。
「恩に着る!報酬は後日必ず払う!」
「待った!待った待った!大事なことがまだあります!」
「え!?」
出入口に手をかけて、今にも帰ってしまいそうだった男を、アケィラはどうにか呼び止められた。
「まったく、これを忘れちゃダメでしょうが」
アケィラはからくり箱を優しく両手で持ち、イジモの元へと向かった。
「あ、ああ、そうだったな。だがこれの謎はもう解けたから不要なのでは?」
その箱は、開けることが目的ではなく、その形が重要だった。
そこまで分かればその箱そのものに価値は無い。もちろん娘の作品なので大事にはしたいが、今はそれよりも一刻も早く娘が示した池へと向かいたかった。
「何言ってるんですか。これも娘さんからの大事なメッセージですよ」
「え?」
「解き方のヒントを教えますから、後は自分で解いてみてください」
「わ、分かった……」
何故ここで開けてくれないのか。
何故ヒントだけで、あくまでも自分で開けなければならないと主張してくるのか。
釈然としないものの、開け方を教えて貰ったイジモは感謝の言葉を告げ、今度こそ店を飛び出して行った。
「報酬お待ちしてます~」
貧乏貴族ならばたいした報酬は無いだろう。
ただ働きに近い案件になるだろうと予感しながら、アケィラは冒険者学校の頃のことを思い出した。
『アケィラ!アケィラ!アケィラ!アケィラ!パズル作って来た!今度こそ簡単には解けないんだからね!』
『はい、解けた』
『何でええええええええ!?』
パズルを作るのが大好きで、それをいとも簡単に解いてしまうアケィラに興味を抱き、新作パズルを作って何度も挑戦して来た騒がしい女の子。
『トゥーガックスの作るパズルはワンパターンなんだよ。もっと発想を変えないと』
『だって発想変えても簡単に解いちゃうじゃん!それに複雑すぎたら他の人が解けないし。むぅ~~~~次こそは悩ませてやる!』
冒険者学校で仲良くしてくれた数少ない同級生。ご飯を食べている時も勉強している時も休憩している時も、どんな時でも笑顔で突撃してくる騒がしい女の子。
「あいつのからくり箱、久しぶりに見たな」
アケィラは一目見て、それが彼女の作品であることが分かっていた。
では何故そのことをイジモに伝えなかったのか。
『あたし冒険者になって、たっくさん稼いで、家族を楽にさせてあげるんだ』
『ふ~ん。でも良く家族がそんな危険なこと反対しなかったな』
『家出してきたから』
『マジかよ。心配させちゃまずいだろ』
『大丈夫大丈夫。ちゃんと書置き残して来たから』
その書置きとはからくり箱の中……ではなく、からくり箱で示した池の、彼女達にとって思い出深い場所に隠してあるのだろう。単なる書置きだと家出した直後にそれが見つかって連れ戻されるかもしれないけれど、家から離れた池に置いておけば時間稼ぎが出来るだろうと考えたのだ。
その話をアケィラは彼女から具体的に聞いていた。いや、強引に聞かされていた。
だから簡単に謎を解けたのだ。
ただし、箱の中に何が入っているかはアケィラも知らない。
家族向けの宝物が入っているとは言っていたが、彼女はそれが何なのか具体的に説明しなかったからだ。
彼女の誤算は、からくり箱の意味を家族が気付いてくれなかったこと。
「馬鹿なやつ。五年も見つからない場所に隠すなんて。置手紙が朽ちてしまってるんじゃないか?」
地面に埋めたのか、石の下にでも敷いたのかは不明だが、長期間自然の中に放置していたら無事かどうかも怪しいところだ。
「いや、あいつ保存魔法が得意だったから五年くらい大したことないか」
冒険者学校で得意の魔法を駆使して周囲を驚かせていた姿を、今でも鮮明に思い出せる。
「あいつの魔法もチート級だったもんな。そろそろすげぇお宝でもゲットして、里帰りするんじゃねーかな」
そしてその時、イジモに盛大に怒られながら家族との幸せな日常を取り戻すのだろう。
 




