73. 美味しいエンドロール【KK】【リリム×カロンハピエン】
女神アメリアの導きで、カロンたちは地上に戻った。
アメリアの天啓通り、教会には智天使プシュケの神託が降りていた。世界の終焉を食い止めた英雄として『神実』と『魔実』、『五感の護り』の功績が伝えられていた。
この度の功績として、カロンには男爵位が与えられ、晴れて貴族の仲間入りを果たした。
謀反の疑いで取り潰しを検討されていたヴァンベルム家は一転、王室より褒章を賜った。
冥界という場所が魂を洗う場所であり、魔王は神と同義の管理者である事実が伝えられたことから、リリムの魔王という立場も名誉職として保持された。
『五感の護り』にもそれぞれ、王直々に褒章が下賜された。
数十年ぶりに現れた『神実』と数百年ぶりに現れた『魔実』、五人揃った守護者『五感の護り』は教会が保護する存在となり、国の宝と位置付けられた。
カロンたちは今後もレーヴァティン魔法学院で研鑽を詰み、国に貢献することを約束して、いつもの日常に戻った。
「女神様の前でむやみに話しちゃダメだなんて、知らなかったね」
「僕も知らなかった。初めて話した時は竜の中だったし、アンドラスもいたから、気にもしなかったな」
冥界で女神アメリアと話した後、軽くレアンに説教された。
女神様や天使様の神託を受ける場合、代表者が言葉を受け取り、返事を発する。
姿を直に見ないよう平伏するのが、しきたりなんだそうだ。
「リリムは闇魔術師で教会には行かないし、カロンは貴族じゃないから儀式的な教会の作法には無縁だろうから、仕方がない」
リリムの言う通り、神界や教会に無縁の二人だ。
知らなかったとはいえ、ガンガン話してしまった。
言われてみればあの時は、カロンとリリム以外ではレアンしか話していなかった。
「アメリア様、緩そうだから、そういうの気にしなそうだけどなぁ」
アメリア自身はよく言えば、おおらかな神様だ。
抱き合っていたカロンとリリムにそのままでいいと言ったのもアメリアだ。
「緩いか? 一見して緩そうだが、あの後の話は緩くなかった」
「あの後って、種の話か。確かに、緩くなかったね」
地上に戻る直前、女神アメリアが告げた信託は、
『カロンとリリムは『神実』と『魔実』として種を選ぶこと。自分の半身となる生涯を共に生きる相手を『五感の護り』の中から一人、選ぶのです』
物語の設定なら、その通りだ。
『五感の護り』は守護者の役割に留まらない。特別な果実を熟れさせるための種でもある。
カロンにとっては大問題だ。
リリムは『魔実』で、カロンと同じように果実だ。
(よくよく考えると、リリムにはまだ好きって言われてない。何回もキスしてもらってるけど、好きって言葉は貰ってないんだよな)
笑顔が好き、なら何度も言われている。
しかし、ちゃんとした告白はされていない。
(大好きなカロン、って言ってくれたけど、あれも結局、笑顔の話だったしな)
嬉しいけど、気持ちがしょんぼりする。
「カロンは、もう決めているのか?」
「え?」
「種に誰を選ぶか、もう、決めてる?」
リリムの目が艶っぽくて、ドキリとした。
「俺は、まだ……」
「……そうか」
「リリムは?」と問い返そうとした口が、戸惑った。
(リリムは俺のこと、本当はどう思ってるんだろう。俺はリリムのこと、ちゃんと好きなのかな)
離れるのは、嫌だと思った。
リリムにサヨナラを告げられて、置いていかれて二日も泣いた。
(だけど、レアンやシェーンやフェリムみたいに強い想いが、俺の中にあるのかな)
この世界に来る前から、夜神利睦が気になった。
この世界に来てもっと、リリムから目が離せなくなった。
誰かにリムを取られるのは嫌だと、はっきり思う。
(でも、それが好きって気持ちかな。生涯を一緒に生きる相手が俺なんかで、良いのかな)
この世界に来る前も来てからも、リリムはハイスペックで、自分なんかが側にいていい相手ではない。
何をとっても平均点で平凡な自分を振り返ると、気後れする。
(思い切って聞いた方がいいのかな。でも、リリムが好きな相手が俺以外だったら、立ち直れないかも。いやでも、俺だったとしても釣り合わな過ぎて怖いかも)
色んな事を考え過ぎて、頭の中がバグった。
「僕らは果実だから。種を、貰うんだよな」
リリムが、ぽそりと零した。
「え? うん、そうだね」
「果実からも種は出ないだろうか?」
「は?」
カロンの心は、きょとんとした。
きっと今、目が点になっていると思う。
「僕は貰うより、どちらかというと、あげるほうがいいかな、と」
リリムが至極真面目に話した。
(リリムが真顔で下ネタ突っ込んで来た! ていうか、リリム。冥界で皆に悪戯されてる時、めちゃめちゃメス顔してたけどね! どう控えめに見ても貰う才能あるけどね!)
同時に四人を相手にしていたリリムの蕩顔は、カロンでも可愛いと思った。
(けど、俺に対してはいつも攻め顔っていうか、雄の顔してるんだよな。だから、皆に攻められているリリムが可愛くてビックリした、っていうか。リムって、やっぱりリバ?)
驚愕の気持ちでリリムを見上げた。
リリムが不思議そうにカロンを眺める。
(俺はリバでもバイでもNTRでも何でもおいしく食べられる地雷ない系の腐男子だけど。二次元はBL好きで三次元もゲイの自覚があるけど。現実で好きな相手がリバは、どうなんだろう)
そもそもリリムを想うこの感情が恋なのかも、よくわかっていない。
リリムの手が、そっとカロンの手を握った。
「僕はまだカロンに、大事な気持ちを告げていない。本当はもっと早くに言うべきだったけど、タイミングがわからなくて」
握った手を持ち挙げて、リリムがカロンの手の甲にキスを落とした。
「今なら二人きりだし、言えると思う。僕はカロンが……」
「待って! ちょっと、待って、一回、待って!」
手を握られたまま、カロンは大声でストップをかけた。
(今はリリムの部屋で二人きりで、お誂え向きなシチュだけど。俺の心の準備ができてない)
学院の休日にリリムの部屋で二人、しかも、いつもの如くベッドに並んで座っている。
(これは、あれか。このまま流れで、致す感じか? そんなの、BL漫画で五億回読んだシチュだけど! まさかそんなのが自分の身に起こるなんて思わないじゃん!)
慌てすぎて、カロンの脳内は腐的な混乱を極めた。
「俺、ゲイだけど経験ないし、自分がタチかネコかもよくわかんないし、ネコ希望だけど、後ろって自分でうまくできないから感じたことなくて、だから」
「タチ? ネコ? カロンもネコが好きなのか? 僕は錆猫が好きだ」
「サビ、ネコ?」
リリムが、こくりと頷いた。
「ウチは両親が猫好きで生まれた時から常に三匹くらいは家に猫がいて、キジトラとか黒猫とかシャムとか、ロシアンも一匹いた。僕に一番、懐いていたのが錆のミケだったんだ」
「そう、なんだ……。だから黒竜の名前、ミケにしたんだね。リリム、ネコ、好きなんだね」
リリムが動物の猫の話をし始めた。
「うん、好きだ。けど、ラスを飼い始めてから犬も好きになった。僕の意向を組んでロウは猫に変化してくれるらしい。だから、錆柄をお願いしたけど、上手く伝わらなくて。この世界には錆猫はいないようだ。結局、黒猫になった」
「悪魔を飼うって。でも、そっか。それは、残念だね」
「そうでもない。黒猫も好きだから」
「そっか。良かった」
何となく会話が止まって、沈黙が降りた。
「……カロン、僕は」
「あのね! あのね、リム!」
カロンはリリムの手をぎゅっと握った。
「先に俺の話、聞いて。それからリムの話、聞くから。……お願い」
「わかった」
リリムがカロンの手を握り返した。
自分の手が汗ばんでいるのがわかって、ちょっと恥ずかしい。
「俺、さ。元の世界では普通の高校生で、多分、物語とかなら確実モブの学生でしかなくて。だから、皆の人気者の夜神くんと仲良くなれて、嬉しかったんだ」
この世界では、なるべく前の世界の、特に自分の話はしないようにしていた。
何となく、それがルールのような気がしていたから。
けど今は、伝えておきたかった。
「モブでしかない俺が、この世界で主人公に転生して、最初はレアンと恋愛できるって浮かれてたけど、この世界は俺が知ってる『魅惑の果実』じゃなくて。悪役令息のはずのリリムは皆の人気者で、俺のポジ、全部持ってかれてるって思った」
「僕は人気者では……」
カロンは激しく首を振った。
「人気者だったよ。皆が目覚めないリリムを心配して集まってた。レアンやシェーンやフェリムだけじゃなくて、ルカやカデルも、心配していた」
「なら、カロンを……、陽向を落胆させたのも、この世界の設定を変えたのも、僕だな」
カロンはリリムの手を強く握った。
「最初は、そう思ったよ。だけどリリムは、リムは、俺のキスで目覚める御姫様で、俺に再会して喜ぶ王子様で、この世界に来ても俺はやっぱり、リムと仲良くなれて嬉しかった」
リリムは最初からずっと、陽向を真っ直ぐに見ていた。
どんな時でもリリムの目にはカロンが映っていた。
リリムを思い返すたびに、その気持ちが何処に向いていたのか、気付かされる。
「異世界に転生したのに、憧れのレアンでも、告ってくれたカデルでもなくて、リリムにばっかりドキドキしていた。『神実』の覚醒のキスの時からずっと、この世界で、リリムしか見えてなかったんだ」
大好きな小説の憧れのキャラたちに会えた喜びより、リリムの中の利睦に求められるのが嬉しかった。
「自分の気持ち、わかんなかったし、正直、今もちゃんと、わかってない。だけど、リリムが他の人にとられるの嫌だし、俺以外を視てるのも嫌だ。俺のリリムでいてって、思う」
カロンは俯いた顔をちょっとだけ上げた。
「これって恋かもって、思う。だから俺、リムが……」
リリムの腕が伸びて、カロンの体を押し倒した。
ベッドの上に倒れたカロンの手を掴んで、リリムが上に乗った。
「……え? リム?」
「陽向と話したいから、小説を読んでた。陽向が笑うから、楽しかった。今は、カロンがリムと呼ぶたびに嬉しくて、鼓動が速くなる。カロンがもっと、欲しくなる」
リリムの性急な唇が、カロンの唇を塞いだ。
息が出来なくて、体が熱くなる。
「ん……、ふぁ、ぁ、ん……」
絡まるリリムの舌も熱くて、溶けてしまいそうだった。
「……も、無理、リム、好き」
「我慢できないくらい、好きだ」
同じ言葉が重なった。
見詰め合った目が柔らかく笑む。
言葉もなく唇を重ねて、当然のように舌を絡める。
唇を食んで、舐めて、境界線が無くなるくらい、交わる。
リリムの腕がいつの間にかカロンを抱き寄せて、体が浮いた。
リリムの首に腕を絡めて、必死に抱き付いた。
「僕の種をカロンの中に注ぎたい。僕がカロンの種になりたい。ダメ?」
「ダメじゃない。リムの種が欲しい」
リリムの首筋にキスをする。
吸い付いて噛みついたら、リリムの体がピクリと震えた。
(果実同士で種が付くのか、よくわからないけど。女神様にはダメって言われるかもだけど。今はそんなの、どうでもいい)
どうでもいいくらい、リリムが欲しい。
今度はリリムがカロンの首に噛みついた。
「ぁんっ……」
肌が痺れて、胸が甘く締まる。
「カロンの全部が、可愛い。全部、僕のモノにしたい。僕の頭の中にはいつも陽向しかいなくて、気が付いたら全部、カロンだった。これからも、カロンだけを見ていたい」
リリムの手が、服を捲って素肌を滑る。
ゾワゾワして、気持ちがいい。
「ぁ、はぁ……。もっと触って、リム」
服の上からリリムの鎖骨を食む。
服が開けた素肌に、リリムが舌を這わせた。
「もっと、カロンを食べさせて。誰よりも美味しい果実。僕だけの、カロン」
素肌を這う舌も、吸い上げる唇も、全部が嬉しくて気持ちいい。
雄みを帯びた艶っぽい目に囚われて、動けない。
(やっぱりリリムが俺を見る目は、雄だ。しかも最高にイケメン。俺が大好きな、夜神くん)
主人公カロン=ラインが愛した相手は、悪役令息で闇堕ちラスボスのリリム=ヴァンベルム。
小説なら有り得ない展開だ。
(だから、いい。だから、面白い。この先の物語は、俺とリリムで作るんだ。俺たちしか知らない、俺たちの物語だ)
この先に待ち受ける災禍も、トラブルも困難も試練も、何があっても構わない。
リリムと二人でなら、乗り越えられる。
いつものリリムからは想像もできないような激しい愛撫を受け入れながら、カロンは今の快楽と未知の未来に期待を膨らませていた。
【リリム×カロン ハピエン 完】




