7. 剣の訓練はお休み
次の日、目が覚めると、すっきりしていた。
昨日の眩暈や頭痛は何だったのかと思う程だ。
一先ず、リリムは剣技の練習場に向かった。
この時間は学院の授業としてカデルと剣の稽古を入れている。
練習場では、カデルが準備運動を始めていた。
「遅くなって、すまない。僕も準備運動から始める」
普通に体を動かし始めたリリムを、カデルが慌てて止めた。
「待て待て、リリム。昨日、倒れたんだろ? 急に頑張り過ぎなんだよ。少しは休めって」
レアンかフェリムに聞いたのだろうか。
カデルが心配しきりな顔をしている。
「昨晩、たっぷり寝たから平気だ」
「ダメだ。今日は練習中止だ。俺は付き合わねぇぞ」
カデルが被せ気味に押してきた。
「そもそも、お前が記憶を失くした原因が俺との打ち合いなんだ。また同じになったら、どうすんだよ。今度はレアンやフェリムにまで文句言われるだろ」
「カデルのせいではないが。何故、レアンやフェリムに、文句を言われるんだ?」
首を傾げると、カデルが盛大に息を吐いた。
「お前が昔に戻ったって一番、喜んでんの、フェリムなんだよ。昨日、話したんだろ?」
「あぁ……。話した。少しだけ、昔を思い出した」
自分の過去なのか、リリムの過去なのか。
そもそも自分がリリムなのか。
感覚として未だに、よくわからないが。
(一つ、確かなのは、リリムは元々怠惰なわけではない。能力も低くない)
少なくともフェリムにとっては、格好良いヒーローだった。
(勤勉で真面目なフェリムが憧れるヒーロー足り得た、それが本来のリリム。リリムは何故、怠惰で傲慢な男になってしまったのだろう)
小説を読んでいた時には、気にもならなかったリリムの過去が、気になった。
「リリムー! カデル! 練習中に、すみません」
声が聴こえて、振り返る。
フェリムが小走りに歩み寄った。
「良かった。顔色も良いし、元気そうですね」
フェリムが安堵の笑みを浮かべた。
「昨日たっぷり寝たから、すっかり元気だ。昨日はフェリムに迷惑をかけて、すまなかった」
ぺこりと頭を下げる。
フェリムがやけに恐縮した。
「いいえ! 迷惑だなんて、そんな。リリムが今のリリムのままでいてくれて、嬉しいから、それでいいんです。あの……、今日も勉強、しますか? するなら、カフェの個室を取っておきますが」
フェリムが遠慮がちに問う。
「いや、また調子が悪くなると迷惑をかけるから、今日は僕の部屋でもいいだろうか。フェリムが嫌でなければ、なんだが」
「それなら、具合が悪くなっても、すぐに横になれるし、いいかもな!」
カデルが強めに賛成してくれた。
「それじゃ、午後一でリリムの部屋に行きます」
「ありがとう。気を遣わせて、すまない。フェリムは年上なんだから、僕をもっと、こき使ってくれていい」
フェリムが怯えた顔をする。
しまったと思った。
「急に、そうはできねぇよ。お前は覚えてねぇだろうが、つい二週間前と今のリリムは、まるで別人の変わり様なんだぜ。正直、いつ元に戻るだろうって、俺はまだ思ってるぜ」
カデルが冗談めかして笑う。
こういう話をしてくれるようになった辺り、少しは仲良くなれているのだろう。
「あ、いたいた。おーい! リリムー!」
声の方に目を向ける。
ルカが手を振りながら走り寄ってきた。
「あのね、お茶会しない?」
目の前に立つと、ルカがニコリと笑う。
他の皆より少しだけ、視線が低い。
カデルもレアンもフェリムも、リリムより身長が高いから、新鮮な感覚だ。
「お茶会? 嬉しいが……」
「連れて行っていいぜ。俺との練習は今日は休みだから時間が空くだろ」
カデルがリリムの肩を掴んで、ずいと前に出す。
どうあっても剣の稽古は、させたくないらしい。
心配してくれているのだろうが、少し悲しくなる。
「僕の体は軟弱だな。たった二週間程度の鍛錬で根を上げるとは。基礎体力がないのだろうか」
「そりゃぁ、仕方ねぇぜ。ずっと何もしなかったのに、急に頑張ったんだから、無理が祟る」
カデルの台詞に、フェリムとルカが蒼褪めた。
「それもそうだ。一朝一夕でカデルのようには、なれないな。やはり大事なのは基礎だな。せめて準備運動は毎日やろう」
拳を握って、再確認する。
その姿をルカが感心した顔で眺めた。
「へぇ、皆が言ってるリリムが別人レベルで変わったって、本当なんだね。ますます興味が出てきちゃったなぁ」
ルカの遠慮がない言葉が、かえって分かり易い。
「皆というのは、ここにいる皆だけではなく?」
リリムの問いかけに、ルカがはっきり頷いた。
「学院中の噂だよぉ。授業中、ノート見せてくれたとか、本を運ぶの手伝ってくれたとか、探し物見付けてくれたとか、色々噂になってるよ」
「そういうのは、なんというか、普通というか」
どれも生徒会長として、してきた仕事だ。
リリム夜神にとっては特別ではない。
ルカが、やはり感心して呆けている。
その隣でフェリムが、何となく嬉しそうな顔をしているように見えた。
「カデルの許可も貰ったし、行こうよ。シェーンが準備してくれてるよ」
「シェーンが?」
そう言えば、シェーンには礼儀作法を学び直したいからと、レッスンをお願いしていた。
お茶会は良い機会かもしれない。
「カデルとフェリムは、いかないのか?」
気になって二人を振り返る。
「俺は練習を続けるから、今回はパスな」
「私も、この後すぐに授業が入っていますので、またの機会に」
「じゃ、決まり。行こ」
ルカがリリムの腕を引く。
カデルとフェリムに手を振られて、リリムはルカとカフェテリアに向かった。