69. 女神アメリアの復活
突風が広間を覆い尽くす。
黒竜の頭が突っ込んだ。
「ミケ、急にどうしたんだ?」
ツッコんできた竜の頭をリリムがヨシヨシと撫でた。
「ミケって、まさかその竜の名前?」
「うん。昔、家で飼っていた猫に懐き方が似ているから、同じ名前を付けた」
カロンの問いかけに、リリムが普通に頷いた。
もはやそれ以上、ツッコむ気にならない。
ミケがあんぐりと口を開けた。
「よっこいしょっと」
竜の口の中から、女の人が出てきた。
あまりにも普通に出てくるので、驚くのを忘れた。
「アメリア様。封印が解けましたか?」
リリムが呼んだ名前に、カロンはリリムと女性を二度見した。
「えぇ、やっと自由になりました」
普通に問い掛けたリリムに、アメリアが普通に返事した。
レアンを始めとした全員が、その場に傅いて女神に平伏した。
「え? ぇぇ……」
状況が呑み込めなくて、只々呆然とする。
動こうとしたリリムをアメリアが制した。
「リリムは辛いでしょうから、そのままで。カロン、リリムを支えてあげてください」
「はい……」
アメリアの気遣いに返事をするのがやっとだった。
「お心遣い、ありがとうございます」
リリムが強めにカロンに抱き付いた。
急に照れた心持になる。
そんなリリムとカロンを眺めて、アメリアが微笑んだ。
「女神アメリア様の復活を心より祝福いたします。我等が『神実』と『魔実』の尽力により、大天使メロウは堕天して一度死に、悪魔となりました。今はリリムの従魔です。虫食いは消滅し、アメリア様の命を奪う愚物はこの世から消えました」
レアンが代表して、状況を説明してくれた。
「ご苦労でした。『五感の護り』も、『神実』と『魔実』を守り、よく頑張ってくれました。上手に纏めましたね、レアン」
どうやらレアンの巧妙な誘導に、アメリアは気が付いているらしい。
(竜の中にいたのなら全部、見てたのかな。レアンが悪魔と天使に契約させた鬼畜な誘導とかも)
「総ては神のお導きのままに」
傅いたまま、レアンが答える。その顔には無害な笑みが張り付いていた。
純白でしかないレアンの笑顔の裏に、黒い本性が透けて見えるようだった。
「無事に堕天使になれて、良かったですね、メロウ。殺されても文句は言えませんでしたよ」
アメリアの目がメロウに向いた。
カロンは内心、びくりとした。
(これって、一触即発なんじゃ。メロウはアメリア様を幽閉した謀反天使なわけだし。悪魔になっても、お叱りとかお咎めくらい、あるよな)
メロウがラスを腕に抱いて悦っている。
ビクビクするカロンより、ずっと堂々としていた。
「アメリア様が中々、解雇してくれないので、強硬手段に出たまでです。恨むならご自分の決断力のなさを恨んでください。私は一向に後悔しておりません」
悪びれないどころか、当然のように言い放ったメロウに、カロンは感心した。
「熾天使に匹敵する実力を持つ大天使を堕天使になど、出来るはずがありません。本当に困った子です」
アメリアの呆れ顔がリリムに向いた。
「こうなった以上は仕方ありません。リリム、よろしくお願いしますね」
「承知いたしました。ラス共々、僕が飼い馴らします」
リリムがカロンに抱き付いたまま、ぺこりと頭を下げた。
「はぁ⁉ アメリアが復活したんだから、我は従魔卒業でしょ? 滅亡の悪魔に戻るけど⁉」
ラスが本気でメロウの顔を押し退けた。
本当は退けられるんだな、とカロンは秘かに思った。
「敵はまだ、残っているのよね、カロン?」
アメリアがカロンに笑顔を向ける。
「敵……」
呟いて、思い当たった。
(そういえば、夢野先生がメロウは中ボスって言ってた。本当のラスボスが、この世界にもいるのかな)
原作者はまだ、主人公がメロウと対峙するくだりすら書き上げていない。
キャラ設定すらされていないラスボスは、きっとこれから生まれる。
(アメリア様はこの世界で唯一、虫食いを認知している存在で、俺や夜神くんや原作者を呼べる女神様だ。知っていても、変じゃない)
夢野迷路をカロンに引き合わせたのは、アメリアだ。
原作者から直接、話を聞いていても不思議ではない。
「もしかしたら、メロウより強くて質が悪い敵が、これから発生するのかも、しれない」
カロンの言葉に、皆の顔が引き攣った。
気持ちはわかる。カロンも同じだ。
あれだけ強かった魔王リリムを秒で拘束して瀕死にしたメロウより強い敵なんか、退治できる気がしない。
「だからアンドラスには、もう少しの間、リリムの従魔でいて欲しいのです」
「なんで⁉ 約束と違う! これだから神界の存在の言葉って信用できないんだよ! 悪魔のきっちりした契約、見習ってよ!」
離れそうになったラスを、メロウが抱き寄せた。
「リリムの従魔でいる限り、ずっと一緒だ、ラス。愛を育もう」
「お前と育む愛なんかないよ」
ラスが押す退ける手を抑え込んで、メロウが抱く腕を強める。
もはや格闘技に見える。
「そうか、メロウを従魔にするなら、名前を付けないとな。メロ、か、ロウ、だな」
「相変わらず、名前を半分に切る発想しかないんだね、リリム」
ラスがリリムに素早くツッコんだ。
「それがダメなら、ミケ……、は魔窟の竜につけたから、タマ、ポチ、マイケル、ミミ、トラ、あたりから選んでもらえれば」
どれも猫を想定した名前だなと思った。
「どれも呼びたくないよ! 相変わらずセンスないな!」
ラスが間髪入れずに突っ込んだ。
気持ちはわかるなとカロンは思った。
メロウが感動した顔でラスを見下ろした。
「私の名を呼ぶ状況を想定してくれているんだね。ラスが呼びやすい名前で良い。ラスが選んで良い」
「何にでも喜ぶなよ! 我がタマを選んだら、お前はタマになるワケ?」
「タマでいい」
メロウの返事に迷いがない。
愛が深すぎて、色んな意味で勝てる気がしない。
「もういいよ、自分で好きなの選べよ」
怒り疲れたのか、ラスが先に折れた。
「メロとロウの二択なら、ロウじゃないの?」
仕方なく、カロンは口を挟んだ。
このまま全員でボケ倒したら、話が進まない。
「カロンが言うなら、ロウにしよう。どうだろうか?」
「ご主人様がいうなら、ロウでいい」
疲れて動かなくなったラスを、メロウが嬉しそうに腕に抱く。
「血の刻印はさっき、唇に付けたから、契約成立でいいな」
「Yes, My Lord。ラスが側にいる限り、私はリリムに従う」
メロウがリリムに対してやけに従順だ。
すんなりラスを引き渡した挙句、お触り許可を出したリリムに、すっかり懐いている。
「仲が良くて、何よりです」
その光景を眺めて、アメリアが笑った。
このやり取りを笑顔で眺められる女神様も大概だと、カロンは思った。
「リリムの従魔を選んだロウをもって、此度の謀反は不問としましょう」
「え? いいんですか? メロウがしたことって、結構な大事だったと思うけど」
とんでもなく寛大な女神様のご配慮に、カロンは思わず問いただした。
「これから起こるであろう、今回以上に大きな災禍に備えるため。メロウ……、いえ、ロウの力は助けになりましょう。失うには、惜しい戦力です」
アメリアの顔から笑みが消えた。
「今回、尽力してくれた『神実』カロン、『魔実』リリム、『五感の護り』の五名。全員の力が必要になる時が、きっと来ます。それまで各々が自らを鍛え、その時に備えてください。女神アメリアからの願いです」
アメリアが手を合わせて目を伏した。
「女神アメリア様の天啓に従い、我等は研鑽を重ね、災禍を迎え撃ち、必ずや打ち破ると誓いましょう。総ては女神様の御心のままに」
レアンが深く頭を下げる。
それに習って、全員が平伏した。
カロンとリリムも、出来る範囲でぺこりと頭を下げた。
「信じています、私の可愛い子供たち。さぁ、地上にお戻りなさい。今頃、智天使プシュケの神託が教会に降っているでしょう」
カロンとリリムは顔を見合わせた。
「元冥界の魔王であるハデスが、神界に冥界の動きを繋いでくれました。神界は此度の皆の功績を把握しています。地上に戻ったら、全員が英雄ですね」
アメリアが嬉しそうに笑った。
リリムが納得した顔をした。
「ハデス様が……。だから、冥界にいらっしゃらなかったのですね」
「ハデス様って、前任の魔王様なのに、神界に行けるんだ」
何となく、冥界と魔界、神界は仲が悪いのだと思っていた。
「冥界は魂が穢れを落とし清め、次の世に旅立つ場所です。反目する関係ではありません。だからこそ、アンドラスはリリムに冥界の魔王を勧めたのでしょう? ハデスは優しい神ですものね」
アメリアが訳知り顔でラスに視線を向ける。
ラスが気まずそうに目を逸らした。
「たまたま席が空いているのが、冥界の魔王だっただけだし。魔王なら何でも良かったし」
「ハデス様は神様なのですか?」
リリムの問いに、アメリアが頷いた。
「正式な名称は、冥府の守護神ハデス。冥界の魔王は二つ名です」
「神も悪魔も変りないと、アメリア様は前に話されていましたが、そういう意味だったのですね」
リリムがとても納得してる。
カロンには、よくわからなかった。
「冥界は魔界に近いし、神界より悪魔寄りだから! 冥界は魔王管轄だから! 神ッて名称は便宜上でしかないから!」
ラスが必死に説明しているが、何が違うのか、わからない。
「そうですね。真の魔性が集う魔界は、冥界の遥か底にある。魔界と神界なら、多少の反目はありますね」
アメリアがニコニコと同意しても、ラスは納得できない様子で不貞腐れている。
神様と悪魔の関係性が、二人の表情に表れている気がした。
「リリムも、地上にお戻りなさい」
「良いんですか?」
アメリアの指示に、リリムが驚いた顔をした。
「冥界をこれだけ良い場所に整えてくれた魔王様を解任はできませんが、貴方はまだ若い。学びを深めて魔術の研鑽を詰んで、いずれ冥界にお戻りなさい。それまでは、ハデスが代理を務めます」
「しかし、ハデス様は持病の腰痛がありますし、拗らせたら大変です」
リリムが悩んでいる。
「え? ハデス様って、腰痛で魔王引退したの?」
驚くカロンに、リリムが神妙に頷いた。
「そうなんだ。最近は、僕が造ったスパで腰も良くなって、五百歳は若返ったと言っていたけど。確かに白髪もなくなって、昔の筋肉が戻ったらしいけど、無理したらまた悪化してしまう」
何となく、おじいちゃんを心配する孫の絵だ。
「ハデスなら大丈夫だよ。五百歳どころか、千歳は若返ったんじゃないの? 現役の頃より元気だよ。ハデスに任せて、リリムは地上に戻れば? 地上のほうが我も仕事しやすいし。人間、誘惑できるし」
ツンツンした顔でラスが零した。
不貞腐れた小さいレアンのようで、ちょっと可愛い。
「じゃぁ、僕は、カロンと一緒に地上に戻れるんだ」
リリムがぽつりと呟いた。
「カロンと一緒にまた、学院で学べるんだ」
「え? ぅあ! リリム!」
リリムがカロンを強く抱く。
首に口付けられて、触れた肌が痺れた。
「また、カロンと一緒にいられる。皆と勉強できる。良かった」
とても嬉しそうなリリムを見ていたら、カロンまで嬉しくなった。
「一緒に帰れて、良かったって、俺も思うよ」
リリムの髪に、遠慮がちに口付ける。
嬉しそうに笑んだ唇が、カロンの頬に触れた。
一度はサヨナラを告げた唇が、戻ってきてくれた。
それだけで、胸がいっぱいに満たされた。
※エンディングの分岐があります※
どのエンドも冒頭に400字程度の同じ文言が含まれます。
●じれじれ両片思い三角関係エンド→70.71.72
レアン×リリム×カロン
●リリム×カロン ハピエン→73
●皆でお茶会エンド→74.75
お好みのエンディングをお楽しみください。




